王室魔導士長、ウィル・バークレー⑥
ケネスに案内されてたどり着いた大きな木。そこで、ルカたちは王室魔導士に見つかることもなく夜を明かすことができた。
今は、朝。木の葉の隙間から落ちる日差しが何とも気持ちいい。とルカが穏やかな気持ちになっていたら、日差しと共にうめき声が降ってきた。
清々しい朝に似合わない声に、ルカは植物小事典から目を上げて、木を見上げて目を細める。
「……ぅ、あいたたた……」
そこに居るのは、カレンである。
枝と枝の間、枝の付け根と幹の部分に挟まるようにして寝ていた彼女が、眉を寄せながら薄く目を開けている。
ルカは眩しさに目を細めながら、口を開く。
「おはようございます」
「うぅ……おふぁようございまふ……」
欠伸をしながら答えるカレンに、ルカは呆れを含んだ声を投げかける。
「寝心地悪かったでしょう。だから下で寝ればって言ったのに」
「それは、その……」
ちらり、とカレンが見るのはルカの横におすわりしているイグニアだ。イグニアはその視線に気付いたのか、彼女を見上げて首を傾げる。
「んんー?」
薄く開かれた口から出てきたのは、猫か赤子がむずかるような柔らかな声。まずもって、声だけ聴けば竜の発したものだとわかる人間がいないような声だ。
その声にすらびくりと小さく跳ねるカレンは、気まずそうな顔を誤魔化すように周りを見回す。それから、小さく首を傾げた。
彼女が疑問を口にする前に、とルカは答える。
「姉上とケネスなら、昨日の……王室魔導士らしき人達がいたところを調べに行きましたよ」
「そ、そうなんですか」
それで? とルカは小事典を閉じて鞄に入れてから、もう一度カレンを見上げた。
「何でそんなに竜が苦手なんですか?」
その言葉に、カレンは困ったような顔をしてしばらく口を閉ざしていた。
無言を責めるように――いや、ルカにそんなつもりはないのだが――ルカが静かに見つめていると、カレンは降参したような顔でおずおずと薄く唇を割った。
「……わからないんです。わからないんですけど……苦手なんです」
「わからない?」
ルカは立ち上がりながら、どういうことだろう、と首を傾げた。カレンが目を彷徨わせてから、コクリと頷く。
「一度だけ、こんなに怖……苦手なのは変だと思って、竜騎士の方に相談したことがあるんです」
ぽつぽつ話すカレンをルカは黙って見上げていた。
「そしたら、何かトラウマでもあるんじゃないか、って」
「トラウマ……」
ふむ、とルカは顎を撫でる。
「そうだとしても……何かきっかけなのか、とかはわからないんです」
そう言って、カレンは口を閉じた。
「物心つく前に、何かあったのかもしれないですね」
彼女はルカの言葉に、うぅん……と曖昧な声を出して俯いて、それから顔をあげた。可愛らしく整った顔には、不思議そうな表情が浮かんでいる。と、カレンがルカに、小さく尋ねた。
「何でそんなことを聞くんですか?」
その質問にルカはぽりぽりと頭を掻いてから、腰に手を当てる。
「君を降ろすのにイグニアに手伝ってもらおうと思ったもので。ほら、姉上とケネスがいないってなると……僕だけじゃ心許ないでしょう?」
僕、受け止めるだけの力ないですし。
ルカがそう締めくくると、カレンはサッと顔を青くした。
「んー」
イグニアがルカを見て鳴く。ルカは妹分の頭を撫でる。
「あ、あ、わた、わたし、自分で降りますっ!」
そんな二人の前で、カレンは、あわあわと慌てながら幹に手をついて思い切り足を伸ばし始めた。
しかし、どう見積もっても地面まで付きそうもない。
伸ばした足が空を蹴る様に動く。何とか引っかかりを見つけようと必死なのだろうが、ルカにはそれが不格好な踊りにしか見えなかった。
ルカは、彼女が諦めるまで優しく見守ろう、と。そう思いながら腕を組んだ。
幹を蹴る音に重なるように、ピヨピヨ、と鳥の鳴き声が響く。
徐々に蹴る足から力が抜けていく。
「……手伝っていただけますか」
――カレンが諦めるまで、そう時間はかからなかった。