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  雷神竜レビンの祠③

「オレ、レビン! よろしく!」


 闇に輝く雷神竜は、無理やり笑ったような声でそう言った。

 山頂には一瞬静寂が満ちて、それは、降り注ぐ雷の音に破られた。


 これには、さすがのアルヴァも参りそうだった。カレンを支えているから耳を塞ぐこともできず、かといって塞ぐことができればこの轟く雷鳴を遮れるとも思えない。アルヴァは意識して――無駄だとわかっていても――轟音を耳に入れないように、と眉根を寄せる。

 と、そんな彼女に気が付くこともなくモジモジしていたレビンが、突然空中で平べったくなった。


 ――つい最近見た姿だな……。


 アルヴァがそんな風に考えているとは露ほども知らないだろうレビンは、平べったくなったまま声を発した。


「みんな、ごめんなー! オレが、オレが引きこもってたばっかりに! そんで、急に外に出たばっかりに!」


 特にお前! とレビンの声が向くのは年若い雷竜で。


 ――ここからは、謝罪大会だった。

 降りしきる稲妻の中で、トニトゥルスを除く雷竜は、雷神竜その人を門前払いにしてしまった非礼を詫びていて、雷神竜は雷神竜で『オレこんなで幻滅しただろ、ごめんなぁぁ!』と謝り倒している。

 いつまで続くんだろう、と思いつつも口を挟めなかったアルヴァの代わりにこの謝罪大会を終わらせてくれたのは、トニトゥルスだった。


「――レビン様、そのあたりに」


 声音が若干冷たいのは、きっと、早くレベッカの所に戻りたいから。それがわかっているアルヴァは、トニトゥルスの後を継ぐようにして口を開いた。


「レビン様、結界の起動をお願いできますでしょうか」

「そうだった、そうだった。ごめんな、待たせちゃって!」


 その言葉と共に、レビンはアルヴァたちを守っている結界にぬるりと入ってきた。

 と、ここでアルヴァの脳裏に疑問がよぎる。


 ――レビン様が本気を出せば、雷鳴山の結界くらい通れたのでは……?


 アルヴァが思ったままを聞けば、雷神竜はユラユラ揺れながら「反動が雷竜たちに行っちゃうから」と答えてくれた。


「これ、許可なく侵入できないように張られてる結界だから尚更なぁ。オレがもうちょっと器用なら、そういう事も出来たんだけど」


 取り合えず行こうか、と レビンが言う。アルヴァは頷いて、それからトニトゥルスを見た。彼はアルヴァが言わんとしていたことがわかっているらしく、無言のままに地に伏せた。

 アルヴァはトニトゥルスの背に乗ろうと雷の結界を通る。肌がピリッとする感覚に思わず腕を擦って、それから、イグニアを振り返った。イグニアは、気を付けてね、というように一鳴きして、それから翼を畳んでコンパクトにお座りした。


 それを見届けてから、アルヴァはトニトゥルスの背にひょいと飛び乗った。首の根元に腰を落ち着け、それからふっと下を見る。そこには、弟がいた。


「姉上、僕も行きたいんですけど」

「じゃあ、腕を伸ばせ。引き上げるから」


 弟を自分の前に引っ張り上げて座らせ、それからアルヴァはトニトゥルスの首元を優しく叩く。それと同時にトニトゥルスが立ち上がり、アルヴァとルカの視界はぐんと高くなった。星が一層近くなる。


「よし、行こう」


 レビンの声に、トニトゥルスが軽やかに空を舞う。

 向こうに見えていたもう一つの山頂に辿り着いたのは直ぐだった。

 トニトゥルスが降り立った足場はごつごつしており、人の足を拒む形をしている。


「向こうが祠だ」


 トニトゥルスの静かな声の向く方向を見れば、確かに祠と思しき洞穴が見える。アルヴァはこの悪い足場で体を伏せてくれているトニトゥルスに礼を言って、それから、ましな場所を探して飛び降りた。

 周りに比べて傾斜の緩い場所目掛けて飛び降りたアルヴァでさえ、少し滑った。彼女は続いて飛び降りてくるであろう弟を迎えるように腕を開く。と、ルカは素直にそこに飛び込んできた。

 軽い体を受け止めて、それから二人は顔を上げる。少し登ったところに、洞穴がある。


「登れそうかー?」


 レビンの声にアルヴァもルカも頷いて、空に向かって伸び上がる鋭い岩を掴みながら、そして二人は洞穴へと足を踏み入れた。


 洞穴の中は、二人の想像に反して明るく広く――物に溢れていた。

 

「うわぁ……」


 足の踏み場が無い。アルヴァは、そこかしこに転がっている濃厚な雷の魔力を宿して淡く宝石やら何やらを踏まないように気をつけながら、レビンの後を追う。


「これは、……」


 言いかけて言葉を飲んだ彼女に、先手を取るようにルカが口を開く。


「僕の部屋みたいって言わないでくださいよね」

「いや、うーん……うん。言わないよ」


 ルカの言葉にうんうんと頷きながら、アルヴァは、まだルカの部屋の方がましだな、と思った。

 

 ――だって、ルカはアレで何がどこにあるか把握してるけどレビン様は……。


「えーっと、塊、塊……あれぇ、どこに置いたっけ」


 雷神竜レビンは、この乱雑な宝物部屋の物の位置を全く把握していないらしい。

 ちょっと心配になりながら、アルヴァは伺うように光球に声をかけた。


「探すのを手伝いましょうか?」

「いや! 大丈夫! ――あっ、マイムから連絡来てたのか。後でいいや。それより塊……あった!」


 青緑のまん丸が、似た色の魔力塊をどっこいしょ、と持ち上げてアルヴァたちの前へと置いた。


「よし、今から結界起動するからな!」

「よろしくお願いいたします」


 アルヴァとルカは、静かに跪いて成り行きを見守った。


 難しい声で唸る雷神竜が瞬くのと同じタイミングで、魔力塊が輝きを強くする。やがて眩むほどに光を放った魔力塊は、その光を凝縮させるようにしてその身の奥に閉じ込めて、最後はほんのり柔らかく輝いて優しくアルヴァたちを照らした。


「出来たぞ! これでもう、あそこの結界から雷は落ちないからな」


 アルヴァは、隣で弟が感嘆の息を吐いているのを聞きながら雷神竜に深く深く頭を下げる。


「ありがとうございます、レビン様」

「あー! 頭を上げてくれって! ――あ、そうだそうだ! これもな、一応お前らに渡しとく!」


 朗らかな声と共にアルヴァたちの目の前に浮かび上がったのは、雷雲を切り取ったような見事な黒の鱗だった。光を反射する度に青みがかった色がちらつくのが見える、美しい鱗だ。

 紐を通すための穴は随分と昔に開けられたようで、しかしそこに紐はない。アルヴァはなんとなく、これってレビン様が雷竜に渡し忘れた物なのでは、と思った。

 

「これは……」

「オレの鱗! お前、イグニスたちの鱗も持ってるだろ? だから、渡しておこうと思ってな!」

「しかし、これは雷竜が受け継ぐ物なのではないのですか……?」


 アルヴァの言葉に、レビンは「だいじょーぶ、だいじょーぶ」と答えた。


「なんなら、あいつらにはまたあとで鱗剥いで渡すから! これは、お前たちが持っておいた方が良い気がするんだよな」


 ほら、と押しやられて、ここまで言われて受け取らないのは失礼だ、とアルヴァはそれをそっと受け取った。煌く鱗を持ちながら、弟を見る。すると彼は、首にかけていたネックレスを引っ張り出して結び目を解いてくれた。

 そこにそっと鱗を通し、縛ってルカに返す。ルカは難しい顔でアルヴァを見つめていたが、やがて諦めて、ネックレスをゆっくりと己の首にかけた。


「レビン様、本当にありがとうございます。大切にします」


 気にすんなって、と言うレビンの声を遮ったのは、洞穴の入り口から響いた「早くレベッカのもとへ」という低い声だった。


 気がはやっているらしいトニトゥルスは、長い尾をしきりに揺らして焦燥を発散しているようだった。

 雷神竜レビンは己の言葉を遮られたことを気にもせず、首を傾げているような声を出した。


「レベッカって、あの女の子だろ? お前の()()の。何かあったのか?」


 途端、トニトゥルスの目に怒りが宿る。広場での出来事を思い出してまた怒りが沸き上がったのだろう、と察したアルヴァは、トニトゥルスを宥めつつ、雷神竜レビンに口を寄せた。


「彼女は……大怪我を負ったのです」

「あー、だからあんなに怒ってるんだな……トニトゥルス、引き止めちまって悪かった。こいつら連れて、早く行ってやりな」


 その言葉を聞くやいなや、トニトゥルスは頭をぐっと下げて洞穴の奥、アルヴァたちの方へと捻じ込むようにして腕を伸ばし、二人を掴み上げて引き抜いた。そしてそのまま、夜の空へと躍り出た。


「この乗り方は久々だな」


 のん気に眼下の黒い雲海を眺めているアルヴァとは違い、ルカは叫び声をあげていた。竜と接することや乗ることは多いとはいえ、これは恐らく初めての体験なのだろう。アルヴァは逆側の腕に胴を掴まれている弟に「暴れないようにな」とアドバイスを送った。


 そうやって一瞬の空の旅を終えた二人は、ケネス達が待つもう片方の山頂へと戻ってきた。


「さあ、早く乗れ」


 トニトゥルスの声に急かされながら、一行は彼の背中に乗り上げた。その広い背中に腰を落ち着けたところで、雷神竜レビンが一行の前にふわりと浮かんだ。


「お前ら、気をつけてな! 今度からオレ、ちゃんとここにいるから! いろいろ終わったら、ぜひ遊びに来てくれよな!」


 気さくな雷神竜のお言葉に、アルヴァたちは大きく頷いた。


「トニトゥルスも! 偶には帰って来いよ、嫁さん連れて!」

「……わかりました」


 トニトゥルスが大きく飛びあがる。それを追いかけるように声が聞こえてくる。


「お待ちを!」


 声の主は、トニトゥルスを長と呼んだ雷竜、ブリッツだった。彼は、滞空するトニトゥルスの前で羽ばたきながら、その目はアルヴァたちに向けているようだった。


「その、……人間。お前たちが最初にここにやってきた時、お前たちの言い分を信じなかったこと、申し訳なかった」

「ああ、気にしないでくれ」


 アルヴァが朗らかに返すと、ブリッツは上目に彼女を見つめながら口を開いた。


「私は、まさかお前が長の――」

「私は長ではない」

「――トニトゥルス様の、ご友人とは知らなかったのだ。それに、レビン様との約束についても……。だから、その……ほ、本来ならば、私が言う事ではないのだが――」


 ブリッツはもごもご言って、それから大きく息を吸ったようだった。


「――お前たちに害成すものを、(いかずち)が砕かんことを。燦然たる雷鳴(雷神竜レビン)の導きあらんことを」

「おう! 困ったことあったら、オレに言えよなっ!」


 なんだかちょっと締まらないなぁ、と微笑みつつ、アルヴァは「ありがとうございます!」と二人に大きく手を振った。


 と、それを待っていたかのようにトニトゥルスが羽ばたいて旋回する。


「最速で帰る」


 トニトゥルスの下から、ぎゃう! というイグニアの楽しそうな声が聞こえてくるのを耳に入れながら、アルヴァは慌ててフィオナを振り返り、風の結界を頼んだ。


 そして間もなく結界は張られ、夜空高く舞い上がったトニトゥルスは、まったく手加減の無い速さで空を駆け始めた。


 悲鳴すら置いていく速度で飛べば、エルフの森はすぐに見えてくる。アルヴァはぐんぐん近づく森を見据え、着地の衝撃に備えてカレンを抱えなおした。


 トニトゥルスが地に伏せた時には、ルカたちはヘロヘロで地に足をつけていて、この黒い流星になって進む空の旅を楽しめたのは、アルヴァと、それからイグニアだけだったらしかった。

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