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  くちなわの雪④

 アルヴァは、眼下を睨んで眉を寄せる。

 大蛇は、今やその顔の半分ほどを崩して、残った真っ赤な左目で、アルヴァたちを見つめている。


「アルヴァ」


 肩の上のエクリクシスの声に、アルヴァはチラリとそちらを見る。そんな彼女に、エクリクシスは静かに蛇の群れを見下ろしながら、薄っすら笑っていた。火精霊(サラマンダー)が差し出した右手に、火球が渦巻く。彼は、その火球を躊躇なく、小さな蛇たちに投げつけながら、口を開いた。


「あれ、紙だ」

「え? でもさっき、私の剣で燃えなかったぞ」


 と、アルヴァの耳に、炎の爆ぜる音が聞こえる。その音のする方に顔を向ければ、雪原に降り注ぐ白い蛇の雨に、火がついていた。


大蛇の時(あの状態)も、きっと燃えてたんだ。だけど、あまりにも相手が大きかったから、燃えてるように見える前に、火が消えたんだろう」


 多分な、と言いながら、エクリクシスはどんどん火球を放っていく。確かに、崩れる大蛇の体には、ポツポツと赤が灯り始めていた。そう言う事なら、とアルヴァはエクリクシスに魔力の温存を、と伝えて、それから、イグニアと共に蛇に向かって降下を始めた。

 

 大蛇の体は、もう、その体長の半分ほどが削れ落ちている。その周囲には、小さな白蛇の海が出来上がっていた。

 アルヴァとイグニアは、もはや牙を剥くこともない大蛇の上に君臨している。だが、眼下の蛇たちの目に映るのは、彼女たちではなく、ザミルザーニアのようだった。

 

「イグニア」


 アルヴァの声に、イグニアが真上に火球を打ち上げる。アルヴァは、眼下を睨んだまま、剣を横に差し出した。と、その真っ赤に滾った剣に、竜の炎が纏わりついた。それと同時に、剣に宿る火の妖精たちの、狂ったような歓声が響き渡った。


『思いっきり、思いっきりやって、良いんだナ!?』

「ああ。思いっきり、あの蛇たちを燃やしてくれ。私の中の魔力は――」


 確認するようにエクリクシスを見れば、彼は小さく頷いた、


「――全て、使ってくれていい」


 言いながら、アルヴァは剣をまっすぐ掲げる。剣を掲げる右手がにわかに熱くなって、彼女は静かに剣を見上げた。


『聞いたゼ、聞いたゼ、その言葉! 取り消しなんかさせないゼ!』


 そこにあるのは、煮え立つ炎の大長剣。あたりを包み始めた夕日の赤より赤い、凝縮された熱源。


 太陽のように眩く燃える炎の燃え上がる音に混じって、火妖精(ウィスプ)の大笑が雪原に響いている。


『さあ、振るえ、振るえ、振るえ振るえ振るえ!』

『派手に咲かせろ、俺たちを!』


 蕩けるような声色が紡ぐその言葉に従って、アルヴァはイグニアに合図を出す。そうして、風を切り、炎の剣をなびかせて彼女が向かうのは、もちろん大蛇のもとだ。

 柄を両手で握り直す。

 そして、大蛇とすれ違うその一瞬。アルヴァは、奥歯を鳴らしながら、剣を振りぬいた。


 手に流れる感触が、大蛇の鱗を燃やしていることをアルヴァに知らせる。

 ブチブチとなる音は、確かに、大量の紙を寸断する音とよく似ていた。


 やがて、手元の抵抗が消える。見れば、剣の赤もすっかり消えていた。

 そして、背後。けたたましい音とともに巻き起こった爆風が、アルヴァの髪を激しく揺らす。


 振り返り見れば、大蛇も、そこから剥がれ落ちていた小さな蛇も、巨大な炎に飲み込まれていた。その炎から、まるで花火のように火の粉が散り舞っている。

 もう終わった、とアルヴァたちはゆっくり降下して、半分溶けている雪の上に着地する。見上げるほどに巨大な炎から、火柱が二つ伸びあがった。そこから響くのは、火妖精の声だ。


『ネェちゃん! ありがとナー!』

『おかげで、派手に終われるゼー!』

 

 じゃあな! と響いた声とともに、黄昏の空を花火が飾る。


「派手なことしましたね、娘」

「ザミルザーニア様」


 舞い降りてきた氷神竜は、しげしげと炎を見つめている。


「申し訳ありません、雪原が……」


 ところどころ土の見える雪原の荒れように、アルヴァは静かに頭を下げる。


「まぁ、良いです。あたくし、派手なことは好きですから」


 銀の球体がアルヴァの顔を覗き込む。


「娘、名はなんと?」

「アルヴァ・エクエスと申します」

「そうですか。アルヴァ、あたくし、お前を気に入りました。故に、あたくしのことを『ザミーニャ様』と呼ぶことを許しましょう」


 ええと、と言い淀むアルヴァに、ザミルザーニアは笑ったような様子を見せてから、フヨフヨとソリの方へと飛んで行く。それを追おうとするアルヴァの目の前に、焦げた紙が一枚、舞い降りた。その紙は、『T』を裾広がりに膨らませて、横棒の上に丸を置いたような形をしていた。その紙には、何やら文字と絵が記されている。

 アルヴァが触れると、その紙はサラサラと塵になって消えてしまった。


 風に攫われる塵と、それから大蛇たちの灰を目で追っていたアルヴァの耳に、なんとも不吉な音が響き始める。

 何かが大挙して押し寄せるような、低い唸り声。これはまさか、とアルヴァは背後に顔を向ける。

 アルヴァの嫌な予感通りの物が向かってくる。しかも、異物を孕んで。鳥肌が立つ蠢きを見つめ、それからアルヴァは呆然と口を開いた。


「あの、ザミルザーニ……」

「ザミーニャ」

「……ザミーニャ様」


 それでよろしい、と満足そうなザミルザーニアの、事態に一切気が付いていないような声色に、一瞬思考停止していたアルヴァはハッとする。そして、現実に引き戻された脳みそで考える前に、彼女は雪を蹴散らして氷神竜へと追いついて、その魔力の体を抱き上げた。

 イグニアの背に再び跨り空へと飛びあがったアルヴァは、一も二もなくソリへと向かう。そしてその上に転がり込むように着地したアルヴァを見上げた氷妖精(スネグラチカ)たちの表情が引きつって凍った。

 アルヴァは抱え上げたザミルザーニアを顔の真ん前に、叫ぶ。


「ザミーニャ様、全速力で山を下ってください!」


 彼女の声は、迫りくる雪崩の唸り声に負けることなく、黄昏の雪原に響き渡った。


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