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    挿話――カレンの疑問

 パチパチと爆ぜる暖炉の前。

 そこに陣取ったルカの顔は、炎で火照っていた。


 彼は、燃える炎の中に何かを探すように目を凝らしている。氷竜のニックスも、そんなルカの斜め後ろに身を伏せて、濃灰の目で眩しそうに炎を覗き込んでいる。


「そこからは、ずっと真っ直ぐだ。もう少し歩くと、多分、大きな木のシルエットが見えるはず」


 ニックスが落ち着いた声で紡いだ言葉を、ルカは、余さずエクリクシスに伝える。『おう、わかった』という彼の声が頭の中に聞こえてきて、ルカは、部屋に響く貧乏ゆすりの音を聞きながら、とりあえず、と一息つく。

 と、そんなルカに後ろから声が掛かる。


「すごいな」


 短くそう言ったのは、ニックスだ。

 氷竜がそういうものなのか、それとも彼が並外れて動じないのか。それはルカには判断が付かないが、この年若い氷竜は、出会ってからこちら、常に冷静な声で言葉を発する。その彼が、声にほんのりと驚きを乗せていた。


「何がですか?」


 ルカが振り返りながらそう尋ねると、ニックスはジッと炎を見つめながら、口を開く。


「これ……炎の中に、お前の姉さんが見える。こういうのって普通、水精霊(ウンディーネ)とか氷精霊(ウェンディゴ)が得意なことだろう。火精霊(サラマンダー)にも、出来るんだな」


 ニックスの言葉に、ルカは、ああ、と頷く。


「確かに、視覚の共有に関しては、水精霊や氷精霊が水面や氷の鏡に映して行うのが有名ですね。ですが、精度の程度を鑑みなくてもいいならば、どの精霊でも出来ることなんですよ」


 ルカの軽い説明に、へぇー、という言葉が重なった。

 低く落ち着いた声はニックスで、もう片方、高いソレは――カレンのものだった。


 ルカが声のした方に目を向ければ、カレンは、ちらちらとニックスのことを確認しながら、四つん這いでルカの隣に向かってきていた。彼女が大きく弧を描いて、ニックスとの距離を最大にとりながら近づいてくるのを、ルカは静かに眺める。

 カレンが近づくと同時に、ニックスがジリジリ退いていく。彼なりに、竜が苦手なカレンに配慮してくれているのかな、と思ったルカだが、彼の目の前でカレンが絶叫したらしい、という話を思い出す。


 ――ああ、どちらかというと自分の鼓膜を守るためか。


 そんなふうに考えているルカの隣に、カレンが腰かけた。ルカに隠れるように小さくなっている彼女に、ルカは胡乱げに目を細めた濃琥珀を向ける。


「何ですか?」

「いやあの……ちょっと、気にかかることが」


 気にかかること、と呟くルカの頭に、『洞窟に着いた。これから昼飯にするよ』とエクリクシスの声が響く。ルカは、カレンに手のひらを見せるようにして彼女の質問をとどめてから、無意識にリングブレスレットのルビーに触れる。


『無事に洞窟に着けたんだね、よかった。昼を摂りながらでいいんだけど、姉上に、このスピードで行けば今日中に雪山に着く……って言うのと、ただし着くのは夜中になるってことを伝えてくれる?』

『おうともさ』


 火精霊の声が脳内から消えてから、ルカは「どうぞ」と手のひらを差し出して、カレンに質問を促す。そうすると、カレンが小首を傾げながら口を開く。


「あの、アルヴァさんは火の魔力(エーテル)を体に貯めこんだ……んですよね?」

「ええ」


 ルカが静かに頷いて見せれば、カレンは目を伏せて、言い淀むように唇をモニョモニョさせる。ほんの少しの間、絨毯を見つめていた彼女は、その青い目に炎の赤を淡くさし込みながらルカを上目に見つめた。


「あの……アルヴァさんが〝鱗吐き〟になってしまうんじゃ……大丈夫なんですか?」


 心配そうな声に、心配そうな瞳。

 瞳の青の中に自分の姿が映っているのを見ながら、ルカは「ああ」と呟いた。


「それを心配していたんですね」

「――はい。だって、ノエルくんは、体に溜まった魔力のせいで〝鱗吐き〟になったんでしょう?」

「少し違います」


 いいですか、とルカはショルダーバッグからペンと植物小事典を取り出し、挟まっていた適当なメモを取り出す。ルカは、それを絨毯――だと柔らかすぎるので、植物小事典を下敷きにした上にメモを置き、サラサラとペンを走らせ始めた。

 何をやっているのか興味が出たのか、ニックスがそろりと近づく気配がする。カレンがルカの手元に集中しているのをこれ幸いと、ルカはニックスのことは放っておいた。


「――これを、人間だとしましょう」


 トン、とペンで指すのは、棒人間をふっくらさせたようなヒトガタである。カレンが頷くのを見ながら、ルカは、そのヒトガタの頭の上に、いくつか矢印を書く。ヒトガタに(やじり)を向けている矢印たちをカレンは熱心に見つめている。

 それはもう熱心に。ニックスが、二人の後ろから首を伸ばしてメモを見下ろしている事にも気が付かないくらい熱心に。


「……この矢印は、魔力です。自然に満ちている、属性魔力」


 生物全般がそうであるように、人間は、魔力を蓄えることができる。

 その総量や吸収排出量に差は出るが、魔力を蓄えられるのだ。

 例えば、沢山の魔力を吸収し長い間蓄えられる人間もいれば、大量に吸収はできても短時間しか蓄えられない人間もいる。

 この例の前者がアルヴァで、後者がルカだ。

 

 確かに、カレンが言ったように、〝鱗吐き〟――魔力凝固性排出不全症候群は、体内に魔力が備蓄された状態で引き起こされる病だ。しかし、ただ魔力が溜まった状態では発症しない。

 この病のトリガーは、本来なら排出される魔力が何らかの原因により凝固し、常通りに排出されなくなること。

 だが、アルヴァにその兆候はない。


 ――それに、もし罹るなら、もっと早くにかかっているはずなのである。

 二人の生まれ育った、火竜の庇護下にあるシレクス村は、アングレニス王国のどこよりも、火の魔力濃度が濃い地域である。その上、火竜の長のエシュカと――それこそ、ノエルと水竜の長レインのように――仲がいいアルヴァやルカは、定期健診などでも一度も、魔力排出能の数値で引っかかったことはない。


 ……と、そこまで説明したルカは結論を言う。


「――なので、エクリクシスの予備燃料になったくらいで、姉上が魔力凝固性排出不全症候群になることはありません」


 カレンが、ほう、と安堵の息を吐く。


「そう、なんですね」


 良かった……と呟いてはいるが、カレンの表情は硬い。まだ何か心配事が? と声をかけたルカに――ではなく、カレンはその()()()にむけて、言葉を発したようだった。声だけはルカの向こうへ投げているが、彼女の視線は、ルカの膝のあたりを見続けていた。 


「あ、アのっ!」


 ひっくり返った声を出した、カレンは、赤面しながら小さく咳ばらい。そしてそのあと、もう一度「あのっ」と言った。


「えっと……い、今、氷竜さんって、どこに……? みんな、雪山にいるのですか?」


 ――お。それ、僕も聞きたいと思ってたんだよな。


 ルカはカレンの言葉に便乗して、口を開く。


「僕も気になります、それ。氷妖精(スネグラチカ)たちは、この村と雪山とを分断するように、吹雪の渦を立ち上げていましたよね」


 ルカはニックスを振り返り――というよりは、背後のニックスを見上げながら、言葉を続ける。


「雪山は、氷竜の住処ですよね。で、そこには氷神竜様の祠もあるんですよね?」


 ルカの言葉に、ニックスはゆっくり頷いた。それを見て、ルカは更に言葉を紡ぐ。


「氷妖精の女王は、あなた方、氷竜が気に食わないと言っていた。それから、氷神竜様にふさわしいのは私たちだ、とも」


 そこから導き出せることと言えば。


「氷竜たちって、今……もしかして、全員がこの村の近くにいるんじゃないですか?」


 ルカはじっとニックスを見る。氷竜は、立派な鬣を揺らし、小さく頷いた。


「よくわかったな」


 お前の言う通りだよ、と彼は濃灰の瞳にルカを映す。


「俺たち、時々こうして雪山を降りてきて、シロック村のみんなが催す祭りごとに参加するんだ」


 全員で? とルカが問うと、ほぼ全員で、とニックスが返す。


「正直、こんなことになると思ってなかったから……雪山には、小っちゃい子が残ってる。一応、世話を焼くために、大人も何人か山に残って……ああ、俺の母さんも山に残ったよ」

「それは……」

「母さんもいるし、ザミルザーニア様もいてくれてるから、大丈夫だとは思うが」


 少し、心配になってきた。

 ニックスはそう言って、のっそり立ち上がって窓辺に歩いて行った。


「……うーん」


 唸り声を溢したのは、ルカだ。


 ――何が、氷妖精をここまでさせるんだ? まさか、ただの嫉妬心ではこうはならないはずだよな。本来なら、嫉妬心より、氷竜への親しみや敬愛が勝るはずだ。


 ルカの手が、ゆっくり上がる。細い指が顎を撫でる。


 ――本来、なら。


 深い思考に落ちていくルカの意識を、脳内に響くエクリクシスの声が引っ張り上げた。


『ルカ、そっちは変わりないか? アルヴァが心配してるんだけど』

『――ああ、うん。大丈夫。王室魔導士も来てないし、吹雪だって、まったく衰え知らずで吹きすさんでるよ』


 ただ――、とルカは部屋に響く貧乏ゆすりが床を叩く音に、そちらに顔を振り向ける。

 彼の視線の先に収まるケネスは、椅子に腰かけ、盛大に膝を揺らしていた。


 ルカは溜め息を吐き、冗談交じりにこう伝える。


『――ケネスの貧乏ゆすりで、床が抜けそう。姉上に早く帰ってきてもらわないと、ジェーニャさんの家の床を直さなきゃいけなくなりそうだよ』

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