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  雪山を目指して⑤

 分厚いフードの向こう側、風が唸っている。強風に煽られ転びそうになったアルヴァだが、ぐっと堪えて一歩一歩と踏みしめ歩く。


 (みち)も空も、全てが白い雪原。そこを支配する吹雪の腹の中を進むアルヴァとイグニアは、ジェーニャが施してくれた風除けの付与があるから、何とか息ができていた。


 吐いた息が端から凍る。

 アルヴァは、自分の吐く息の熱さに――周囲に満ちる空気の冷たさに、『寒い!』と叫びたくなるのを歯を食いしばって我慢した。


 ――冷気遮断を重ね掛けしてもらってるのにこんなに寒いんだ、大きく口など開けてみろ、きっと体の中から凍ってしまう。


 そんなふうに考えながら、アルヴァは歩く。雪を掻き分け、まるで水泳でもしているような気持になりながら、雪原を往く。ゆっくりと、しかし着実に、雪山は近付いていた。

 雪山が近づく、ということはつまり――と、アルヴァは眉を寄せて立ち止まる。彼女は、フードの向こう側を見上げながら、『ルカが言っていたのはこれか』と腹の中で呟いた。


 彼女の視線の先にあるのは、天すら凍てつかさんばかりに立ち昇る、いくつもの吹雪の渦。

 まるで塔のように伸びあがるソレは、ぐらりぐらりと揺れながら、あたりに極寒の冬を振りまいている。

 時折、風の唸りに混じって狂気に満ちた笑い声が響き渡るのを聞きながら、アルヴァは『あれの一つ一つに氷妖精が』と唾を飲む。それから彼女は、隣の相棒に目をやった。


「イグニア、行けそうか?」


 アルヴァの声に、がう! と自信にあふれた声が返ってくる。と、その元気な鳴き声に、落ち着いた声が乗っかった。


「行けるとも、俺がずっと温めてあげてたからな」


 見れば、イグニアの顔を覆うフードから、エクリクシスがひょこりと逆さまに顔を出していた。

 ただし吹雪の渦を越える数十秒だけだぞ、と続いたエクリクシスの声に、アルヴァは礼を言いながら大きく頷く。そして、彼女は相棒の背に跨った。普段はほんのり温かい火竜の体温も、冷え切った防寒着越しには感じられない。アルヴァは、普段と違ってポンチョを体中に巻き付けているイグニアの耳に口元を寄せる。


「どうだ、イグニア。ポンチョを羽織ってても飛べそうか?」


 アルヴァの問いに、イグニアは無言で翼を広げて、堂々と首を反らせて見せる。

 当り前じゃない、と態度で示して見せてくれているイグニアの首を擦る。


「よし、じゃあ――行こう」


 アルヴァの声と同時に、イグニアが雪を蹴って跳びあがる。眼下に吹雪の渦を置き、イグニアが力強く羽ばたくと、飛び交う雪の結晶たちがシュンと音を立ててその形を崩す。

 尻の下で翼が力強く動くのを感じながら、アルヴァはイグニアに体を添わせた。それを合図に、イグニアが翼が空を打って前に進む。

 そうして二人は吹雪の渦を飛び越えて、再び雪原を歩き始めた。豪雪のベールの向こう、薄っすら見える雪山のシルエットは未だ、ラムロンの街の宿屋から見えたのと同じくらいの大きさだった。アルヴァは

気合を入れるように熱い息を吐きだして、それからフードを被り直した。

 

 ―舵手しばらく続いた一行の沈黙を破ったのは、エクリクシスがアルヴァにかけた「なぁ」という声だった。


「ん? どした」


 寒さにどうしても大きな口を開ける気になれず、アルヴァは最低限の返事をしながらエクリクシスの方を見た。アルヴァの方を見ながら歩いているイグニアの鼻づらの上、跨るように腰かけているエクリクシスが口を開く。  


「今さっき、ルカに状況報告終えたんだけどな、もう、昼近いらしいぞ」

「もう、か。早いな」

「そ。もう、さ。日が見えないと、時間が早く過ぎるよな」


 そう言われると腹が減った気がする、とアルヴァがこぼすと、エクリクシスはクスクス笑う。


「腹が減ったなら、飯を食わないとな……ってなわけで、ここから俺の指示に従って進んでくれ」


 ルカ越しにニックスのナビゲートを受けてるんだ、とエクリクシスが言う。アルヴァは静かに頷いて、雪山へまっすぐ歩いていた足を、横へと逸らしていった。


 そうしてたどり着いたのは、洞窟だ。入り口から行き止まりまで、そう距離もない。が、途中で大きく曲がっているおかげで、雪が吹き込んでくることもなさそうだった。

 アルヴァはまず、フードを取り、鼻まで覆っていたマフラーを取り、周囲の匂いを確認した。


「うん、熊なんかの寝床ではなさそうだ」


 獣臭も、生き物がいた痕跡もない。ここなら安心して休憩できるな、とアルヴァは手ごろな石の上に腰を落とした。そうすると、その横にイグニアが寝そべる。イグニアの頭からピョンと飛び降りたエクリクシスが示した場所に、アルヴァはベルトに挟んでいた火竜牙のナイフを置く。と、エクリクシスはそこに陣取って、炎を起こしてくれた。


「……はぁ、暖かい」

「ほら、暖めててあげるから、昼飯、食いな」


 胡坐をかいて座る火精霊に促されるまま、アルヴァは、バッグからサンドイッチを取り出す。体を中から暖められるように、と香辛料をたっぷり入れたサンドイッチは、ルカがこしらえてくれたものだ。

 それにかぶりつきながら、彼女は、一口サイズのサンドイッチをイグニアに差し出す。と、イグニアはハムッとそれに口に入れて、咀嚼しながら火の近くに寄っていった。普段はめったに食事を摂らなくていい火竜も、この寒さで――周囲に無属性()の魔力が少ない状況では、魔力以外からエネルギーを補給せざるを得ないのだ。

 

「一応な、今日中には山へ着けるってさ」


 エクリクシスの声に、アルヴァは口の中の物を飲み込んだ。


「まだ随分遠いように見えたが、着くのか……」

「と言ってもな、着くころには、日がすっかり落ちるだろうってさ」

「うーん、暗い雪道を行くのは少し不安が残るな。その手前で、夜を明かしたほうがいいかと思うんだが、どうだ。魔力に余裕はあるか?」


 アルヴァが尋ねると、エクリクシスは「魔力の方は心配いらないよ」と微笑む。


「じゃあ、ルカたちにそう伝えとくな」


 そう言って、エクリクシスは目を閉じた。声を介さずルカと連絡を取っているであろうエクリクシスを、アルヴァはサンドイッチを頬張りながら、静かに見つめる。


 彼女が三つ目のサンドイッチに手を伸ばしたところで、エクリクシスが目を開いた。どうやら通信を終えたらしい。

 しばらく、大人しくモグモグと昼食を頬張っていたアルヴァだったが、ふ、と目をあげエクリクシスを見る。


「――エクリクシス、ルカたちはどうしてる?」


 変わりはなさそうかな、と問いかけると、彼の橙色の瞳がアルヴァを見る。そして、柔らかく目を閉じた。

 そして、彼女の言葉を彼女の弟に伝えたのだろう。どうやら返ってきた答えが面白かったらしいエクリクシスは、ケタケタ楽しそうに笑ってから、はぁー、と満足の溜め息を吐いて口を開いた。


「ルカたちの方は特に変わりないってさ。王室魔導士が来てるわけでもなけりゃ、吹雪がマシになっていることもない。ただ――」


 ニマ、と笑いながら頬杖をつくエクリクシスに、アルヴァは首を傾げながら彼の言葉の続きを待つ。


「ただ、な。――ケネスの貧乏ゆすりで、床が抜けそうだとさ」


 心配されてるなぁ、とエクリクシスが目を細める。と、アルヴァは頬を掻きながら、困ったように笑みを見せ、口を開く。


「ルカに、ケネスへの伝言を頼んでくれ。私は大丈夫だから、落ち着け……って」


 了解、とエクリクシスが開いていた片目を閉じる。そうしてまたルカと話し始めた彼をしばらく見つめていたアルヴァだが、サンドイッチの残りを口の中に放り込み、立ち上がる。彼女の足が向かうのは、洞窟の入り口の方向だ。


 依然天候は悪く、太陽は姿を見せない。

 

 ――吹雪をどうにかするためにも……それから、早く帰ってやるためにも。急がないとな。


 ジェーニャの家の床が抜けたら可哀想だ、とアルヴァは口元に笑みを乗せながら、洞窟の奥へと身を翻した。


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