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  雪山を目指して③

遅刻なんてもんじゃないくらい時間が空いてしまって申し訳ありません……!

明日からは、また一日置きの更新に戻せるよう頑張ります!

 現世(こちら)に住む精霊魔術師と、常若の国(あちら)に住む精霊との間にある、世界すら超える絆。アルヴァは、繋がりを結べば心を通じ合わせるのに言葉すらいらない彼らの、その絆を利用した通信を雪山への道での命綱にしようとしている。


 アルヴァは、カレンへの説明を終えたルカの横顔を静かに見つめていた。と、ルカがアルヴァの方を見る。その顔には繕いきれない苦々しさが乗っている。

 彼の、真一文字に引かれていた唇がゆっくり開く。


「――触媒は」


 なかなか聞かない低さの弟の声が、言葉を続ける。アルヴァは静かに耳を傾ける。


「エクリクシスと僕の繋がりを使うっていうんなら、エクリクシスを連れて行くんでしょう。彼への負担を減らすのに、触媒が必要なのは姉上も分かってますよね? 触媒は、何を、使うつもりですか」


 ルカは答えがわかっていて聞いている。ここでアルヴァが口ごもれば、それを理由に彼女を引き止める気なのだろう。

 ――だが、アルヴァだって伊達にルカの……精霊魔術の天才の姉をしていない。


「触媒には、エシュカ様の――火竜の鱗を。もしそれで足りないなら、火神竜イグニス様の鱗を使おうと思っている」


 それでどうだろう、とルカに確認してみれば、彼は整った顔を歪め、大きく舌打ちした。


「それで、正解だろう?」

「――姉上に精霊魔術の話をするんじゃなかった……」

「おいおい、そう言うな。ルカから精霊魔術の話を聞くの、好きなんだから」

「……バカ姉上」


 ごめんな、ともう一度謝るアルヴァの前で、ルカが立ちあがる。そのままアルヴァの方へと歩み寄った弟は、胸元からネックレスを引っ張り出して、アルヴァの頭にそっと通した。カチャ、と三枚の鱗が鳴る。

 それから、アルヴァの前にしゃがみこんだルカはショルダーバッグからナイフを取り出し彼女に押し付けた。

 火竜の牙で出来たナイフ。精霊魔術師なら、喉から手が出るほど欲しがる触媒だ。

 ルカは目を伏せて、火の魔力(エーテル)の最上級の触媒となるそれをアルヴァの胸元に押し付けながら、大きなため息を吐いた。


「イグニス様の鱗と、火竜の鱗。それに、火竜牙で出来たナイフ。これだけあれば、ココから雪山への行き帰り、エクリクシスへの負担は大きく減るはずです」

「ありがとう、ルカ」


 弟の手からナイフを受け取り、アルヴァは目を細める。


「もうここまで来たら、姉上の考えを変えるのは無理だってことくらい、わかってます。弟ですから」


 だから、と囁いたルカが、自分の頭の上から飛び降りたエクリクシスを両手のひらで優しく受け止め――ゆっくり目をあげて、揺れる濃琥珀でアルヴァを見つめている。


「――あなたが『そうする』と決めたなら、出来うる全てのサポートを完璧に行なうだけです」

「――ありがとう」


 アルヴァは、静かに礼を言ってルカの手のひらの前に、同じように両手を広げた。そこに、エクリクシスがそっと足を乗せる。そうやってアルヴァの手のひらに移ったエクリクシスは、アルヴァを見上げ、言葉を紡ぐ。


「ルカの憂いを払うためにも、ここからは俺も口出しさせてもらうぜ」

「ああ。精霊自身からアドバイスをもらえるなら、ありがたいよ」


 火精霊(サラマンダー)は、アルヴァの手のひらに尻をつき、ふわりふわりと尻尾を振る。


「まずはケネス」


 その言葉に、アルヴァは横を見る。ケネスは、納得したような――しかし、納得した自分が気に食わないような複雑な顔で、アルヴァを睨んでいた。


「……なんだよ。っていうか、まだ『定員オーバー』の理由、説明されてねぇぞ」

「まあ落ち着けって。それを今から、俺が説明してやるから」


 それからエクリクシスが語ったことをまとめると、こうだ。


 ――雪道を行って、休憩するとき。体温が下がれば、それは死に直結するだろう?


 つまり、エクリクシスが言う『定員オーバー』は、彼が暖められる人間の最大数を言っているわけである。


「――だから、雪山へ行けるのは一人だけだ」

「……一人しか行けねぇってんなら、俺が行くんだって――」


 唸るケネスの声を遮ったのは、ルカだった。


「ケネスでは、()()()()になれないから駄目です」

「は?」

「ケネスが親和性が高いのは、風の魔力です。それだと、エクリクシスは使えない」


 いいですか、とルカが『先生』のような顔に切り替わるのは、それが精霊魔術に関する事だから。

 アルヴァはそんな弟の顔を見つめ、彼の言葉を静かに聞く。


「精霊は、属性を持つ魔力も、属性を持たない負の魔力も、その力の行使に使用できます」 


 ルカがケネスの前に移動した。

 すっと伸びたルカの右手の人差し指が、ケネスの右胸をそっと突く。


「ですが――流石に、自分の司る属性以外の魔力は、使えない」


 ルカの手を見下ろしているケネスの目が、ゆっくり上がってルカを見る。そんなケネスの前で、ルカは言葉を続けた。


「この吹雪の中を、雪原を行く。その道中――それから、休憩の間、同行者……ここで言えば、姉上ですね。その同行者を暖めるだけの熱を生み出すには、周囲に満ちる氷の魔力が邪魔になる。となると、同行者がため込んでいる魔力を引き出して使う必要が出てくる」

「――満ちてないかもしれないだろ」


 ケネスは、悪あがきするように言う。


 ――ケネスだって、わかってるだろうに。


 そう思いながら、アルヴァは彼を見る。

 ケネスだって頭が悪いわけじゃない。この村の向こう、雪山へと繋がる雪原に、氷の魔力が満ちていないわけがない、ということだって、知っているはずである。

 その証拠に、ケネスは、それが覆らない事実であると知っている顔をしている。


「いいえ」


 ルカは静かに首を振る。そう思いたいのも分かりますが、と断って、ルカは口を開く。


「いいえ、ケネス。雪原には、氷の魔力が満ちてます。他の属性の魔力が入る隙も無く」


 なぜなら、とルカが言う。先生の顔をするルカを、カレンもフィオナも見つめている。


「――この吹雪を引き起こしているのは、氷妖精(スネグラチカ)。妖精です。妖精が力を行使するときに消費されるのは、属性魔力じゃない。負の魔力です」


 ケネスが舌打ちする。フィオナが静かに頷く。そして、カレンは――。


「えっと、あの……つまり、その、どういう……?」


 そんな小さなカレンの声に、ルカは、彼女に静かに答えを与える。


「妖精は、負の魔力を食って生きます。力の行使に使用されるのも、負の魔力です。そうして使用した負の魔力の代わりに、それぞれの属性の魔力を生み出す」


 だから、妖精は属性竜の住処の近くに多く住む。

 ルカはどんどん言葉を紡ぐ。


「そうして生み出された魔力は、今度は属性竜が生きるためにエネルギーに変換したり、精霊魔術に使用したりする。そして生まれるのが負の魔力、というのは、前に砂漠でエクリクシスが説明してくれたでしょう」


 覚えてますか、というルカの言葉に、カレンがこくんと頷いている。ルカは満足そうな目でカレンを見て、そして話しを続けた。


「――そうやって、こちらの世界の魔力は巡っています。それを、今、この現状に当てはめると……」

「雪原には、氷の魔力が満ちている、と」


 ルカの言葉を継いでアルヴァが言うと、ルカは大きく頷き、それからケネスは……苦い表情で額を抑え、重たいため息を吐きだした。


「――だから、アルヴァじゃなきゃ駄目なんだな」

「そう、姉上は火の魔力に親和性が高い。姉上なら、エクリクシスの予備燃料になるんです」


 それからもう一つ、とエクリクシスが口を挟む。


「イグニアには一緒に来てもらう」


 ケネスの眉間に皺が寄る。しかしそれは、不満や不快を示すものではない。

『どうして、まだ幼く、しかも火竜の仔どもであるイグニアを、雪原を行く(そんな)危険にさらす』という疑問と心配の乗った表情だ。その声なき疑問に答えるのは、やはりエクリクシスだった。


「俺たち精霊は、属性魔力も負の魔力も扱える代わりに、自分の属性以外は食えない。でも、でもな。竜は違う。例えば――火竜でも、氷の魔力を食うことはできる」


 精霊魔術は行使できないがな、とエクリクシスは言葉を続ける。


「どうしたって、エネルギーの吸収効率は下がる――が、それでも、食えるんだよ。エネルギーに出来る。ということはつまり――」

「――負の魔力を生み出すことは、できるんだな」


 ケネスが再びため息を吐く。額に手を押し当てるケネスを、アルヴァは静かに見つめるしかなかった。


 ――心配をかけるのは申し訳ないが、それでも、私に出来ることがあるのに、指を咥えてはいられないからな。


 そう心の中で呟いたアルヴァを、ルカが見据えている。心中を見抜かれそうな澄んだ濃琥珀がアルヴァをジィっと見つめて――それから、大きく大きくため息を吐いた。


「本当は僕だって嫌ですよ、姉上(この人)とイグニアだけで行かせるの。心配で胸が潰れそうですよ、正直」


 ため息交じりにルカが言う。そうしながら、彼は立ちあがった。


「――でも仕方ない。この場では、姉上の提案が最適解です。本当に嫌だけど」


 ルカは何度目かのため息を吐いて、暖炉の方へと歩き出す。と、彼は口をへの字にしたまま――先ほどの先生の顔をひっこめた年相応の不機嫌顔で、アルヴァを振り返る。


「出発は」

「……とりあえず、できる限りは火の魔力を貯めこみたい。それに、ただでさえ視界が悪いのに、暮れてからの出発は、危険が増す。だから、翌朝、出発にしようと思う。今晩、ここに泊めてもらえるか、ジェーニャさんにお願いしに行かねばな」


 アルヴァがルカを見上げて言うと、彼は「それがいいですね」と呟いて、暖炉の前に陣取った。


「――そしたら、僕の方も、明日までに場を整えておきます。姉上も、さっさと準備にかかってください。それが終わったら、暖炉の側に。少しでも火の魔力を貯めてください」


 ルカの声がほんの少しトゲトゲしているのは、やっぱり心配が現れているからだ。それがよくわかっているから、アルヴァは柔らかく微笑みを返す。


「ああ、わかった」

「エクリクシス。イグニアが生成してる負の魔力、出来るだけ吸収しておいて」

「おうさ」


 精霊の名を呼びながら途端に優しくなった声に耳を傾けながら、アルヴァは、準備と、それからジェーニャに許可を貰いに行くために立ち上がった。

 窓の外は、すっかり日が落ちたようで暗い。その闇の中、雪は依然、暴れまわっていた。


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