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  雪山を目指して②

 アルヴァの金とケネスの赤紫が交差する。


 ――十数秒は経っただろうか。アルヴァもケネスも、目を逸らさない。

 じっと見つめ合いながら、先に口を開いたのはケネスだった。


「一人で行かせると思うか?」


 酷く落ち着いた、静かな声だ。その抑揚を抑えた声に、アルヴァは「うん」と頷いた。ケネスの形の良い眉がピクリと震え、眉間に皺が寄る。

 彼が再び口を開く前に、今度はアルヴァが声を出す。


「――というよりは、『そうせざるを得なくなる』……が正しいかな」


 その言葉を聞いたルカがマグカップを置いたようだった。空気が小さく動いたのを感じながら、アルヴァは弟に目を向ける。と、弟は苦みの走った表情でアルヴァを見つめていた。


 ――流石ルカ。私の言わんとしてるところがわかるんだな。


 私の弟は本当に頭がいい。

 そんな風に考えながら、アルヴァは静かに『そうせざるを得なくなる』理由を紡ぐ。


「氷妖精が氷竜に敵意を抱いている今、氷竜に――ニックスには、直接は案内を頼めない。吹雪がさらにひどくなる可能性があるからな」


 アルヴァはマグカップに唇を寄せ、ホットミルクで喉を湿らせて言葉を続けた。


「となると、だ」


 彼女の金が弟を――正確には、弟の頭の上に腰かけている火精霊(エクリクシス)を射抜く。宝石を通してルカと繋がっているエクリクシスには、ルカの考えていることがそのまま伝わっているはずだった。だからきっと、彼も何もかもわかっているのだろう。エクリクシスの表情は硬く、そこには――ルカの目の奥に浮かぶ『諦め』と同じ色が乗っている。


「私たちが雪山に行く、という段取りになったら、ニックスに、水晶通信なんかを使って道を教えてもらう必要が出るだろうな。でも――」

「……水晶通信は、あまりにも距離が開けば意味を成さない」

 

 そのとおり。

 アルヴァは、ルカの言葉に深く頷いた。そんな彼女の目の前、ケネスは、何とか違う案をひねり出そうとしているのだろう、眉間にきつく皺を刻んでいた。

 と、ケネスの口が動く。


「じゃあ、連絡手段をどうするってんだよ」


 声の棘は、そのままアルヴァへの心配を映している。

 心配をかけてしまっているのを申し訳なく思いながら、しかし、アルヴァは計画を変えるつもりは毛頭なかった。

 それはあとで説明するよ、と彼女はルカとエクリクシスをチロリと見て、それから、また口をはさみそうなケネスを遮った。


「雪山を歩くのは、かなり骨が折れる。体を冷やしながら雪をかき分けるには、かなり体力を使う。これは、ルカたちならわかるだろう?」

「――そう、ですね……。私たちが吹雪を止めに行った時……ジェーニャさんが先頭に立って、道を整えながら歩いてくださりましたが」


 それでもかなり……と尻切れに言葉を切ったのは、フィオナだった。彼女はカレンの隣に座り、マグカップを抱えてアルヴァを見ている。アルヴァはフィオナの言葉に頷きを返しつつ、ケネスを、ルカを見る。ケネスは喉の奥で唸るような声を出している。ルカは、小さく唇を噛んでじっと床を睨んでいた。


「体力を奪われながら、なるべく早く雪山に着かなければいけない。だって、いつ魔獣や獣が襲い掛かってくるかわからないし、王室魔導士が追ってこないとも限らないだろう。――そう言ったことを踏まえると、私が適任なんだ」


 走り込みで足腰を鍛えあげていて。

 シレクス村騎士団の面々に毎日しごき倒されているおかげで、体力には自信がある。

 おまけに、多少の魔獣や獣に襲われても、撃退できるくらいには腕が立つ。


 この条件にぴったり合致するのは、この場に()()しかいない。

 

「だったら、俺がついて行ったっていいじゃねぇか」


 何もひとりで行かなくても、と唸るケネスの低い声に、カレンがビクリと身を硬くしている。アルヴァは幼馴染を宥めようと口を開き――それを、火精霊の静かな声が遮った。


「定員オーバーだからさ」

「はぁ? 定員オーバー?」


 オウム返しにするケネスに、エクリクシスが大きく頷く。

 そこから先の説明を彼に頼んでも良かったが――ケネスはきっと、アルヴァの口から聞かないとちゃんと納得してくれないだろう。それがアルヴァには良くわかる。伊達に十何年を共に過ごしてきていないのだ。だから、アルヴァは、エクリクシスが言わんとするところをケネスに説明する。


「さっき、水晶通信は使い物にならないって言ったろう」

「ああ」

「そうしたら、私には――」


 私には、という言葉にケネスが声もなく怒るから、アルヴァはほんの少しだけ言葉を言い換える。


「――これから雪原を行く人間には、別の命綱が必要になるわけだ」


 それって何だと思う、とケネスに問いかけると、どうやら彼も気が付いたようだった。ずっとアルヴァを強く見つめていた赤紫が、未だ床を睨んでいるルカへと移る。カレンたちもルカを見たようで、彼は苦虫をかみつぶした顔で視線を床からゆっくりとあげた。

 アルヴァは弟の濃琥珀を見つめる。濃琥珀はだんだん細くなって、それから、きつく閉じられてしまった。ルカの顔が再び床に向く。そうしてしばらく口を閉ざしていたルカは、深いため息とともに言葉を吐きだした。


「……姉上は、エクリクシスと僕の繋がりを、命綱にするつもりなんですよね」

「そういうことだ」


 しばらく俯いていたルカだったが、毒づいて顔をあげる。胡坐をかいた膝に右肘を乗せ、髪をかき上げながら、ルカはアルヴァを睨み上げている。


「頼めるか」

「無理っていったらその身一つで飛び出すんでしょう」

「まあ、そうなるな」


 だから姉上嫌なんですよ、とルカの溜め息がもう一度空気を揺らす。


「自分を人質にして……そうすれば僕が断れないの知っててやるんだから、性質(たち)が悪い」


 吐き捨てるようなルカの声に「ごめんなぁ」と謝れば、彼は「悪いと思ってないくせに」と毒づいて、そっぽを向く。そのそっぽ向いた方向にカレンの顔があったからか、ルカの肩が小さく跳ねた。

 そしてカレンと二言三言、言葉を交わしたルカは、どうやら五人の中で唯一、何をどうするのかをいまいちわかっていないらしいカレンにこれからの事を教えてやっているようだった。耳を傾けて確認すれば、アルヴァの計画と寸分たがわぬものが弟の口から紡ぎだされていた。アルヴァはもう一度、私の弟は本当に頭がいい、と心の中で呟いて小さく微笑んだ。


 ――アルヴァがこれからしようとしていること。


 それは、精霊魔術師と精霊の繋がりが世界すらをも飛び越えることを利用した――言わば、精霊を用いた通信だった。

 

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