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  白銀都市ラムロンからシロック村へ④

 しばらくして部屋に戻ってきたアルヴァはいつ定期便が出るのか、細かい時間を確認してきたようだった。


「明日の十時頃、ここを出るそうだ。便乗できるかどうかについては、明日、馭者に確認することになる」


 とりあえず今日はゆっくり休もう、と続いた彼女の声に、それぞれがコクリと頷く。

 それから一行は、風呂に入って体を温めたり、暖炉の前で小さく言葉を交わしたり……と思い思いに時間を過ごし、早い時間に眠りに就く。そんな中、ルカは、暖かい布団に包まって、微睡みながら窓を見上げていた。空の上にあるだろう月を、分厚い雲と、乱れ舞う吹雪が覆い隠している。

 ルカは、寝る前にフィオナが溢した『定期便の出る頃に、吹雪が少しでも治まればいいのですが……』という言葉を思い出す。そうなってくれればいい、と祈りながら、ルカはゆっくり目を閉じて、静かに眠りに就いた。


 ――その祈りも虚しく。

 ルカは寒さと()()()()()()()()()()()()()に目を覚ます。

 ベッドサイドの時計を見れば、その針が示すのは、まだ随分と早い時間だ。

 彼は小さく唸りながら、いつの間にか抱きかかえるようにしていた布団にモソモソと潜り込んで、しばらくジッとしていた。朝はどうにも弱いルカである。野営ならば、警戒心が先に立ってパッと目が冴えるのだが、ベッドで寝るとやはり少し油断ができる。何とか気持ちを盛り上げながら、ルカはのっそり起き上がった。

 しばらく目をきつく瞑ったまま、口までへの字。緩くても、くせっ毛と言うのは厄介なもので、彼の頭はモサッと横に広がっている。


 ようやっと、起動待機状態まで持っていったルカは、ゆっくり、ゆーっくりと目を開けた。

 家の自室もベッドの傍に窓がある。毎朝、そこを見上げるのが、ルカの無意識の習慣になっていて――ルカは同じように窓を見て、そして目を見開いた。


 窓の外は、白、白、白――一面の白だ。叩きつけられる雪と風のせいで、時折窓が悲鳴を上げる。


「……う……っわぁ……」


 ――吹雪、弱まるどころか強くなってないか。


 そんな風に考えながらルカがベッドから降りる。ベッドが小さく軋んだ声を出す。と、その音で目を覚ましたのだろうか、壁側のベッドの上、布団の山がモソリと動く。


「――……まだ、だいぶ早いじゃねぇか……どした、ルカ」


 寝起きの掠れた低い声。

 ルカは窓枠に手をかけながら、後ろを見やる。そこにいるケネスは、中途半端に上体を起こして、赤紫を瞬かせながらルカを見ていた。


「おはようございます、ケネス」

「ああ、おはよう……」


 くあ、と欠伸交じりで言うケネスに、ルカは「見てくださいよ」と声をかける。


「ケネス、こっち来て、窓の外見てください」


 ヤベェですよ、とルカが真剣に言えば、ケネスはノソノソとベッドを降りてルカの隣に立ち、それから「うわぁ」と声を漏らす。


「ヤベェなこれ」

「でしょう。姉上たち、もう起こしたほうが良くないですか」

「だな。俺、定期便がちゃんと出るのか確認に行ってくるから、ルカ。お前、アルヴァたちを起こしてくれ」


 そう言うなり、ケネスは足早に寝室を出て行った。ついで、部屋の扉が開いて閉じる音と廊下を軽く駆けていく足音が響く。

 ルカはその音を聞きながら、髪を適当にくくり、姉たちの寝室の前まで向かった。

 

 姉の寝起きの良さを、ルカは良く知っている。彼女がノック音だけで起きるだろうことを予測して、ルカは少し強めに扉を叩く。と、予想通り、寝起きとは思えない様子でアルヴァがひょこりと顔を出した。真っ直ぐな赤の強い茶髪が、一つに縛られていないからか、さらりと指通りの良さそうな様子で揺れる。


「姉上、外」

「ああ、起きてすぐ見たよ。ヤバいな」

「ヤベェです。定期便が出るかどうか、今、ケネスが聞きに行ってます」


 二人も起きてます? とルカが問いかけると、さっき起こした、と姉が答える。彼女の体と扉の隙間から見えた寝室、ルカたちの部屋と同じく、二つのベッドがあるようだ。そのうち一つを一緒に使っていたらしいフィオナとカレンの顔が赤い。


 ――起き抜けに、この美形が視界を独占すれば、そりゃ顔も赤くなるか。


 どうでもいいことに納得しながら、ルカは姉を見上げて口を開く。


「一応、身支度を」

「わかった」


 ぱたん、と静かに寝室の扉が閉まると同時に、部屋と廊下を隔てる扉が開いた。出るってよ、とケネスが言う。


「出るには出るが、時間が少し早まるかもって。この宿からもシロック村に送る物があるから、定期便はここにも寄ってからラムロンを出るらしい。ここに寄った時は、俺たちに声をかけてくれるってさ」

「なら、便乗交渉をしそびれることもなさそうだ。ケネス、ありがとうございます」

「おう」

「姉上たちには身支度をお願いしました。僕らも、すぐに行けるように用意しましょう」


 ルカとケネスは寝室に戻り、ベッドを整え荷物を準備する。とはいえ、バッグから何を出すこともなかった二人は、荷物を引っ掴んで共有スペースにでる。ルカたちの慌ただしさに気が付いたのか、イグニアは床にペタンと尻を付け、ルカとケネスを見上げている。彼女の頭の上には、エクリクシスが胡坐をかいて座っていて、彼は手遊びに小さな火の球でジャグリングをしていた。


「二人とも、おはよう」

「んー!」

「イグニア、体調は悪くないですか? こんなに寒いの、初めてでしょう?」


 ルカが尋ねると、イグニアは大きく大きく頷いて、元気よく「んー!」と返事をする。彼女の前にしゃがみこみ、ルカは彼女の頬を撫でてやる。暖炉の炎で十分熱を蓄えたらしいイグニアは、その柔らかそうな見た目の――触ると硬い――頬を、ほんのり赤くしている。体温にも問題はなさそうだ、とルカはイグニアの頭の上、エクリクシスに微笑みかける。と、彼は大きく口を開けて上を見て、ジャグリングしていた火の球を器用に腹の中に納めて得意げに唇を舐めて見せた。


「エクリクシス、火の番をしてくれてありがとう。おかげで、イグニアも僕らも寒い思いをしなくて済んだよ」

「なぁに、これぞ火精霊(サラマンダー)の真骨頂さ。気にすんな」


 ルカはエクリクシスにもう一度礼を言って、それから、ケネスのように暖炉の前の椅子に腰かける。ルカが座ったのは安楽椅子だった。ルカが座ったのに合わせ、椅子はユラユラ揺れ始める。

 そうして、ルカたちは静かに話しつつ、アルヴァたちを待った。


 やがて、アルヴァたちが寝室から出てきた。

 いつも通りの一つ縛りのアルヴァは、恐らくルカたちと同じくらいに出発の準備を終えていたはずだ。優しいアルヴァのことだ、フィオナとカレンを必要以上に急かしたくなくて、彼女たちに合わせて出てきたのだろう。

 その、いつも通りのアルヴァの後ろ。

 フィオナは頬を薄っすらと朱に染めている程度だったが、カレンがひどい。


 ――うーわ、耳も首も真っ赤。


 ルカは、茹蛸状態のカレンに、安楽椅子を揺らしながら声をかける。


「そろそろ慣れても良い頃なんじゃないですか?」

「なっ、何がですか?」

「姉上の顔」


 カレンが更に赤くなる。それがどうにも面白くて、ルカがもう一度、揶揄いの言葉を投げようとしたところで、部屋の扉が叩かれた。

 

「お兄さん方、雪羊たち来たけども」


 優しくのんびりした声に、アルヴァが返事をする。ルカは揶揄いの言葉を腹に納めて、安楽椅子から立ち上がった。

 むぅ、とカレンが睨んでくる視線をヒラリと躱して、ルカは姉のあとに続いて部屋を出た。


 宿屋の受付の前、防寒着を着こんで着ぶくれした壮年の男が待っている。ルカたちは彼に駆け寄った。

 

「おう、君たちかい。シロック村に行きたいってのは」


 男は雪焼けの目立つ顔に豪快な笑みを乗せながら、ルカたちを見ている。彼の言葉に答えたのは、アルヴァだった。


「はい。どうしても、シロック村に行かなくてはならなくて」

「そうかそうか。ま、困った時ってのはお互いさまってもんだ。いいよ、乗んな!」


 わっと表情を明るくしたルカたちに釘を刺すように、男が「ただし!」と声を張る。


「客車なんてもんはないから、荷と一緒に乗ってもらうぜ。それでもいいかい?」

「もちろんです。乗せてもらえるでだけでもありがたい」

「よし! それで良いってんなら、おいちゃんが乗せてってやるよ!」 


 ありがとうございます、とアルヴァが深く頭を下げる。


「そうと決まりゃ、早いとこ乗んな! 流石にこれ以上強くなる前にはラムロンを出てぇんだ」


 こっちこっち、と歩いて行く壮年の男に着いていき、一行は外に出る。

 と、そこで待ち構えているのは、吹き飛びそうなほどので猛吹雪。息すらも奪う勢いで猛り狂って飛び回る雪風に、ルカは緩い詰襟の白衣に口元を埋めて目を細める。


「ここ! ここだぞ、あんちゃん達!」


 ここ、ここ! とほんの少し向こうで跳ねる壮年の男の姿すら、白に消えそうな視界だ。


 ――この状態で、本当にシロック村に着けるのか!?


 ルカはガチガチに凍りそうな体を叱咤して、男の方へと歩を進める。

 そうして、やっとの思いで一行は(ほろ)に潜り込んで、荷台の荷物の隙間に体を捻じ込んだ。風を避けられるだけ外よりマシで、ルカは身を震わせながらもホッと息を吐く。


「私たちに出来ることがあったら、何でも申し付けてください!」


 外の吹雪に負けない声でアルヴァが言う。と、風避けでも付与されているのか全く雪の積もらない馭者台に腰かけた男が「そりゃありがたい!」と笑う。


「じゃあ、荷が幌を飛び出さないように見ててくれぃ! この雪だ、落ちた荷なんぞ、すぐ雪に埋もれっちまう!」

「わかりました!」

「おう、じゃあ出発するぞ!」


 その声に、馭者台の奥、車を牽く雪羊たちに目を向ける。そこらの馬と変わらない大きさの羊は、のん気に雪でも食んでいるのか、頭を下げている。

 馭者の男が、手に持ったベルをひとつ振る。と、雪羊たちは一斉に顔をあげた。男がもう一度ベルを鳴らす。すると、雪羊たちは、ゆっくりしっかりと歩を進め始めた。


 ――ちゃんと、着けるといいんだけど。


 馭者の男を信頼していないわけではない。が、ほんの数メートル先すら見えないこの状態だ。

 流石のルカも、手放しに安心することはできなくて。

 

 ――氷神竜様、どうぞこの吹雪をお治めください……。


 車が動き出した今、ルカに出来るのは、神頼みだけだった。

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