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  手紙と翼竜⑧

 

「なぁーにが、ありがとうー、ですか! 肝が冷えたってんだよ、バカ姉上ー!」


 そう言いながら、ルカはカッと目を見開き眉を吊り上げ、腕まで振り上げる。怒りが収まらない様子で肩を上下させていたルカだが、イグニアが空高く舞い上がったのを確認するとフッと力を抜いて、ほぅ、と息を吐く。

 これで大丈夫、と思いながら、彼はカレンとケネスを振り返った。


「……ふぅ、すっきりした。さぁ、姉上(あのアホ)を追いかけましょうか」


 先ほどの様子から打って変わってどこか余裕のある顔をしているルカ。その様子に、先ほどから呆然としていたカレンがハッとして詰め寄る。


「あ、あんな剣一本で、何になると!」

「君、さっき『剣があるから大丈夫』とかなんとか言ってませんでしたっけ」


 ルカが半目で言うと、ケネスが苦笑する気配がした。


「あ、アレは、アレはぁ……」


 何とか言い訳を捻り出そうとしているらしい。

 そんなカレンにルカは面倒そうに手を振って、彼女の言葉を遮り歩き出す。それに追いすがるように、カレンが着いていく。結果的に、ケネスがしんがりだった。


「大方、カッコつけたかっただけでしょう?」

「うぐっ……ち、違います! そそ、それより、本当にあの剣じゃダメなんです、あれ、刃がついてない――」

「儀礼用の剣でしょう。わかってますよ、それくらい」


 じゃあなんで! とカレンが非難がましく、ほとんど悲鳴のような声で言う。ルカはカレンをチラリと見て、それから答えてやった。


「んなもん、問題にもならないからですよ」


 ルカは言いながら夜空を舞うアルヴァとイグニアを見上げる。二人とも危なげなく翼竜をあしらっていたが、やはりイグニアの使う炎は翼竜に食われていた。魔力を生きる糧の一部として摂取する魔獣の中で、精霊魔術を食うものは多々いる。

 しかし、竜の扱う高純度の精霊魔術を食って平気でいられる魔獣など、ルカは聞いたことがない。


 ――動物に関しては姉上のほうが詳しいから、戻ってきたら聞いてみよう。


 姉が翼竜に(たお)されるなどとかけらも考えていないルカは、信じられないものを見るような目で自分を見ているカレンに、自分がなぜこんなにも落ち着いていられるのか少しだけ詳しく教えるために口を開いた。


「今、重要なのは切れ味よりも『銀の純度の高さ』だからです」

「はぁ!? あなた知らないんですね、銀は純度が高いほど柔らかいんですよっ!」


 ケネスが二人の後ろから口を出す。


「確かに、銀は柔らかい。だけどな――」


 ――精霊魔術との相性はすこぶる良い。


 ルカとケネスは、示し合わせたわけでもなく、ぴったり同時にそう言った。


「魔術と相性がいい? どういうことです?」

「君って本当に、精霊魔術のさわりも知らないんですね。これ、騎士にも関係することですから一番に学ぶところだと思いますけど」


 もういっそ何で知らないのか興味がわいてきましたよ、とルカが言うと、カレンは真っ赤になって反論する。


「きょ、教育要領が変わったんですっ!」

「んな連絡来てませんよ、グラディシアうちの学校には」

「わたし嘘ついてません!」


 ルカは胡乱げにカレンを見て、それから夜空に目をあげた。今まで威勢よく響いていた翼竜の声が、途切れがちになってきたからだ。上空で炎が瞬いてもシルエットしか見えなかった翼竜は、確実に高度を下げつつあるようで、今やその身に刻まれた真新しい切り傷まで、目を凝らせば見ることができた。

 翼竜を目で追いながら、ルカはゆっくり口を開く。


「――いいですか、金属には魔力(エーテル)の通しやすさ、というものがあります」


 まるで講義でもするかのような口調で、ルカは言葉を続ける。


「その中で最も通りやすい……金属全体に浸透させやすいのが、銀なんです」


 ルカは時々目を眇めて小さな影――アルヴァたちの動きを追いながら、つらつらと言葉を生み続ける。


「まぁ、浸透率で言えば水銀のほうが上ですが、あれは武器として使うの難しいですから。火属性とか水属性を通して動かすとえげつないことができますけどね。それに金属だけが魔力(エーテル)を通すわけではなく、宝石なんかのほうが数段浸透率が高いですがそもそも武器に加工するのが難しい……おっと、銀と精霊魔術の話でしたね」


 ルカは一拍おいて、言葉を紡ぐ。


魔力(エーテル)を入れるのに抵抗がなければないほど、精霊魔術もすんなり付与できます。だから銀は精霊魔術と相性がいいんです」


 ルカは、上空の戦いを見つめながら続ける。その横で、カレンは不思議そうな顔でルカを見ている。ケネスは二年前に卒業した学校の講義の内容を思い出してなのか、懐かしそうな顔をしていた。


「『じゃあ、加工しやすくてそれなりの硬度も期待できる鉄でやれば、多少浸透率が低くても補えるだろ』と、カレン、今君はそう思ったんじゃありませんか」

「……はい」

「それじゃダメなんだよな、〝ルカ先生〟?」


 ケネスの言葉にルカは頷いた。

 

「鉄は、反魔力(アンチエーテル)性……といっても、精霊魔術を跳ね返せるわけではないんですが、この辺の原理は説明に小一時間かかるので省きます。鉄は、魔力(エーテル)を全く受け付けないどころか、精霊や妖精などが受け取れない形にして、彼らに逆流させてしまうんです。そこに、無理やり付与を施すと、何が起きると思いますか? カレン」

「え、えっと――わからないです」


 夜の野外で、しかも上空で人を乗せた竜と翼竜が争っている状況なのに、ここだけ学び舎のよう。ルカ先生は、カレンの返事にコクンと一つ頷いた。


「素直でよろしい。結果起きるのは、消滅です。ごく小さい力を込めたとしても、ねじ曲がって返ってきた魔力は毒のように彼らを蝕み、やがて消し去ってしまうんです」

「あたし、一度だけ、妖精が消える瞬間を見たことがあるけど――もう二度と見たくないわね」


 フォンテーヌが水のクッションをきつく抱きしめて震える。そんな彼女の背を、宥めるように撫でるルカに、カレンが質問を飛ばす。


「――竜も、精霊魔術を使えるんですよね? もし、竜が鉄に付与しようとしたら? 竜も消えるんですか」


 いいとこつきますね、とルカが微笑む。と、カレンは虚を突かれたような顔をした。


「竜の場合はですね、逆流するはずの歪んだ魔力が行き場を無くして、爆発します。込められた力によっては、国一つ滅びるレベルの威力になります。まぁ、そういうわけで鉄に精霊魔術の付与はできないんです」

「ば、ばくはつ……」


 わかりましたか、とルカはカレンを見る。カレンは目を見開いていた。危険性はわかってもらえたかな、とルカは満足したように鼻から息を出して、再びアルヴァたちのほうに目を向ける。


「それで、何を付与したんだ?」


 ケネスが言う。それに答える前に、ルカは姉に目を凝らしてから、ぴたりと足を止めた。思わずつんのめったカレンの前に腕を出して止める。

 ちょうどその時だ。三人の前方三メートルほどのところ、空から何かが落ちてきて、どす、と鈍く柔らかい音を立てた。それが何なのか理解したカレンが、思わず、といった様子で、胸の前にあったルカの腕を抱き寄せる。

 ルカの後ろ、ケネスも割と驚いているようだった。だが、二人と違って、ルカは特に驚かない。

 

 そろそろ()何か落ちて()くるだろう()ことは想定内だったからだ。

 

 ――何を付与したのか。

 ケネスの質問に、落ちてきた翼竜の巨大な翼腕を見ながら、ルカは言う。


「まぁ、単純に水の魔力そのものと、それから、硬度増加。フォンテーヌが付与してくれたのはこの二つですね」

「水の魔力の系列には防御特化の付与しかないから、とりあえず剣が折れたり曲がったりしないようにと思って硬度増加させたけど、いらなかったかも」


 フォンテーヌがコロコロ笑う。


「アルヴァは機転が利くわねぇ。あの子、水の魔力を上手に使って、水で作った刃を銀の剣にまとわせて叩き切ったみたいよ」


 まあ、それくらいは姉上なら思いつく。

 ルカがそういうと、引きつった笑みでケネスが呟いた。


「おいおい、まじかよ……」


 翼腕のずっと向こうに黒い巨体が落ちた。ずずん、と腹に響く音に混ざって、悲鳴のようにも聞こえる音を立てて、木々が折れ、裂ける。

 三人と墜ちた翼竜の間に、イグニアが優雅に降り立つ。アルヴァは素早くイグニアの背から降りて、翼竜に駆け寄った。ルカはすぐさま姉を追う。


 近づくにつれて、弱弱しい唸り声が聞こえ始めた。

 駆けていた姉の足が翼竜のすぐそばで止まる。翼竜の頭の横に立ったアルヴァは、その両手でしっかりと逆手に持った銀の剣を振り上げる。銀の剣が放つ淡い青い光に、翼竜が暴れもせずに目を閉じるのがルカには見えた。

 銀剣が、勢いをつけるようにほんの少し持ち上がる。そして、その一瞬の後の事。アルヴァは一切躊躇せずに、翼竜の頭をめがけて剣を突き刺した。鱗を、頭蓋を、脳を穿たれた翼竜はビクンと痙攣すると、体を弛緩させて動かなくなった。


 ずぶり、と銀の剣を翼竜の頭から抜いたアルヴァが、静かな顔で黙とうを捧げる。それから、彼女は残っている翼腕に目を向けた。しばらくそこを注視していた彼女が小さくイグニアを呼ぶ。

 アルヴァを降ろした後、再び空を舞って彼女を追いかけていたらしい。イグニアはトッと静かに着地する。そしてすぐに、アルヴァの求めを察したようだった。

 イグニアは、ルカから剣を受け取るときにそうしていたように、口の中に小さな炎を灯す。そして翼腕に顔を寄せる。しゃがみこんだアルヴァが確認するように翼腕を撫でている。


「姉上!」

「――……ルカ」


 しゃがんだままルカを振り返ったアルヴァは、真剣そのものの表情。ルカは嫌な予感がした。


「……まずいことになるかもしれない」


 そういって、アルヴァは翼腕に目を戻した。

 ルカはそちらに駆け寄って、アルヴァの真似をするようにしゃがみこむ。


 最初は黒一色だった翼竜はその死と共に色を失っていた。

 珍しい性質だけど、これだけではまずいことになりようがない。そう言おうとしたルカは、翼腕の飛膜部分に目を向け、眉を寄せて口を覆った。


 色を失った灰色の分厚い飛膜に浮かび上がるように残る、黒い紋章(・・)

 そこに表されているのは『祈る乙女と二対の翼を広げる竜』。

 この国で信仰される竜の聖女と神竜を模した、荘厳な紋章。


 翼竜の翼に(ましま)()()は――アングレニス王国国王、ルウェイン陛下の紋章だった。

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