表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/201

  水神竜マイムの祠⑥

 海底の砂の奥、埋められた双子水晶の片割れが、未だに光っている。なぜわかるのかと言われれば、海底の細かい細かい砂の奥、隠しきれない白銀の光が零れだしているからだ。


 と、ルカが見ている前で、どざーっと追加の砂が落とされる。驚き慌てる小さな甲殻類たちをよそに、どこからか掘り出して水の流れに乗せて運んできたらしいマイムがブツブツ言いながら落としているのだ。 ブツブツの中身は主に氷神竜ザミルザーニアへの愚痴だ。


 ルカがそれを聞き終えた頃には、ようやっと光が抑えられ、海底には、祠と同じくらいの砂の山が出来上がっていた。

 

「――ああ、ごめんね、愚痴に付き合わせちゃって」

「いえ……お気になさらず、僕はただ聞いていただけですので」


 謝りながら漂ってくるマイムに、ルカは控えめに微笑んでみせる。

 なんというか、ものすごい気分だ。ルカはそう思う。

 何がすごいのかと言えば、内容が、である。水神竜の愚痴だけで、神話集を作れそうな気分だった。

 このままここで、マイムのお言葉――本()からすればただの愚痴――を聞きたいという気分がこれ以上強くなってしまう前に、とルカはそっと口を開いた。


「あの、マイム様。僕、そろそろ()に戻らないと……」


 いけないのですが、と語尾を小さくしながらルカが言えば、水神竜マイムは感情の乏しい声で「うん、わかった」と一言。その言葉に、ルカは頭を下げながら、肩に乗るフォンテーヌを見る。そうやって視線を向けながらルカが『行けそう? フォンテーヌ』と脳内で声をかけたその時だ。


 グワリ、と。

 泡に隔たれて、しっかりと足を着けている今、感じるはずのない浮遊感がルカを襲う。


「……う、え!?」


 驚きに目を前に戻せば、そこには再び水の結界の中にめり込む水神竜。


「急ぎでしょ? きみたちだけより、僕が居たほうが速いし――」


 上まで、送るよ。


 マイムの言葉に、ルカは「え」としか言葉を漏らせない。どこまでもゆったりした雰囲気の水神竜にルカとフォンテーヌは呆然と目を向けるほかなく――。


 気が付けば、ルカは海のはるか上まで、周囲の水と共に射出されていた。


「うへぇっ!?」


 空飛んでる! とルカが叫ぶ。


「いや、別に飛んではないよ。水ごと持ち上げただけ。ほら見てごらん、水の綱がまだ海に繋がってるでしょ?」


 やっぱり起伏の薄い声。その声で何でもないように言うマイムの言葉に促され、ルカは自分の足元――魚たちごと首をもたげる海水を見下ろす。

 確かに、マイムの言う通りだ。水は海面に繋がっている。

 でも、とルカは震える声で、目の前の青い球体に目を戻す。


「あ、あんな細い……」

「細さ太さは関係ないって、精霊を従えてるきみならわかるでしょ?」


 マイムの言葉にルカは「従えてません、力を貸してもらってるんです」と何とか訂正して、それっきり口を真一文字にする。


 ――だって、舌を噛みそうだ。いや、揺れも無ければ、衝撃も来ないってわかってるんだけど。


 そう考えるルカの足の下、すごい速さで海が流れていく。ルカたちの行く先に浮かぶプラートゥス島がぐんぐん近づいてくる。

 そう、マイムが水を操って、高速でルカたちを運んでいるのだ。

 そう言うわけで、ルカはあっという間にプラートゥス島へ戻ってきた。もっと言えば、ミーティアの街の上空まで戻ってこれたのだ。


 ――しかし、島に降り立つのは、一筋縄ではいかないようだ。


「ねえルカ、あの追いかけてくるのは、きみが言っていた王室魔導士、という輩かな」

「……っ! そうです、マイム様」


 後ろを見やったルカは、見えた光景に舌打ちを堪えてから、マイムに言葉を返す。

 ミーティアの街の空の上、すっかり海から切り離された球体(ルカたち)を追ってくる、いくつかの影。

 目を凝らせば見える、追ってくるヒトガタの足元から吹く炎。

 機械兵だ。王室魔導士の制服を着こんだ機械兵だ。


「本当はもう病院の前に降りちゃおうと思ってたんだけど……あれだね、捲いてからの方がいいね」


 マイムは、ぽそっとそう言って、それから水球の舵を取る。街の人々に見上げられながら、ルカたちは大きく右に逸れ、再び海の方へと向かっていった。


 そうしてしばらく行って、そしてマイムは水球の動きをピタリと止めた。もちろん、ルカたちに衝撃はこないし――それから、追いかけてくる機械兵の動きは止まらない。

 ルカの肩の上から、フォンテーヌがふらりと飛び上がる。水神竜の濃厚な魔力に酩酊するような様子を見せてはいるが、彼女はしっかり戦闘態勢に入っている。

 ルカも身構え、そして、眼前まで迫った機械兵が獲物を取り出すのを睨んだところで――。 


「きみたちの中にも、液体が流れてるんだね」


 ――機械兵たちは、まるで金縛りにでもあったかのように動きを止めて、物ひとつ言わずに墜ちていく。

 ルカは目を瞠り、そして、隣に浮かぶ水神竜を見つめた。


「水じゃないみたいだけど、少しは干渉できたから……。ほら、戦うとさ、どうしたって感情が動いちゃうでしょう。僕の感情が動くと、海が荒れちゃう。そうしたら、人間に危害が及ぶでしょ」


 それは嫌だから、穏便に済ませた、と。


 水神竜マイムは感情の薄い声で呟いて、それから水の結界をふわりと動かす。じゃあ戻ろうかぁ、とのんびり言うマイムの動きを止めたのは、軽薄そうな男の声だった。


「本当にクソみてーな力だよなぁ」


 身構えながら勢いよく振り返るルカの濃い琥珀に浮かぶのは、人間だ。――浮いてはいるが、確かに人間だ。もっと言えば、ヨセフ、と言う名の王室魔導士だ。

 彼は、モーター音のする物に乗りながら、まるで威嚇するような笑みを浮かべている。


「いくらこっちのがポンコツだからって、あれはないだろ、ええ、おい」


 あれも俺の給料から弁償? ふざけんなよ。


 そう吐き捨てる男の手には、小さな銃がある。

 そしてその銃口はルカに向いていて――。


「はいバイバーイ」


 のんびり声が、緊迫した空気をぶち壊す。

 銃口は少しも跳ねることはなく、男は、音もなく海から伸びてきた水の手に握られて、そのまま海へと沈んでいった。


「ゆっくり下ろしたし、あれなら死なないでしょ。頑張って泳いで戻ってきてねー」


 そう言いながらマイムは水を動かして、再び島を目指しゆく。

 ルカは、身構えたのにやり場のない己の手を下ろし、静かに静かに目を閉じた。


 ――そうだよな、この人神様だもん。それくらい対処できるよな。


 そう思うルカの前、プラートゥス島はどんどん近くなって――ルカは無事、姉たちの待つ病院へと戻ることができたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ