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  水神竜マイムの祠⑤

 滞りなく結界を三段階目まで組み上げても、海の中は静かなままだった。

 その静かな中に揺蕩う水神竜マイムは、ゆっくりゆっくり瞬きながら、それで、と言葉を発する。


「ルカ、きみたちはこの後、どこに行くの?」


 残る祠はあと二つ。

 雷神竜レビンの祠と、氷神竜ザミルザーニアの祠だ。

 だから、ルカは「どっち」と聞かれなかったことに違和感を覚えつつ、マイムを見つめながらしっかり口を開く。


「雷神竜レビン様の祠に向かうことになるかと思います」

「あー、レビン……んー、あいつちゃんと準備できてるのかなぁ」


 レビンのことだから、とマイムはその感情の起伏の薄い声に、家族を気にかけるような柔らかい色を乗せ、言葉を続ける。


「絶対、祠の中、取っ散らかしてるよ。魔力塊がねぇー! とか言ってるよ絶対」

「ぜ、絶対、ですか」


 まだ出会ったばかりのルカの中には『雷神竜レビンはシャキシャキしてる』という印象しかない。


「うん」


 マイムが、こっくりと頷くように上下に揺れる。


「僕、あいつの兄みたいなもんだからわかるんだけどさ。絶対、取っ散らかしてる。大体さ、あいつはいい加減なんだよ」


 声のトーンに馴染みを感じるのは、ルカが姉のことについて話す時も、恐らくこんな風だから。 

 家族について話すとき特有の、と言ってもいいかもしれない声色で、マイムの言葉はまだ続く。


「『アングレカムとおそろいのブレスレットがねぇー! 明日、二人で遊ぶときに着けようと思ったのにー!』って」


 マイムともレビンとも出会ったばかりのルカが、ああよく特徴を捉えてる、と感じる上手さで、水神竜は雷神竜の口調を真似る。


()()()()()だって、そんな風に騒いでたんだよ。本当に、うるさいのなんの……」


 ちゃんと片付ければいい話なのに、とぼやきながら祠の方へと漂っていくマイムに、ルカは思う。


 ――それ、絶対『ついこの間』じゃない。


 アクアマリンで繋がっているフォンテーヌが、『あたしもそう思う』と脳内で言葉を返してきたのを感じながら、ルカは水神竜の丸い体を見つめる。

 ちっか……ちっか……と、どちらかと言えば明滅と言うより、じんわりと濃いから薄い、薄いから濃い――と青がグラデーションを変えるように瞬いている球体。水神竜のその体は、やはり他の神竜と同じく超高濃度の魔力で出来ている。


 ――清浄で静かな、まさに海そのものと言っていいほどの純粋な水の魔力は、フォンテーヌには些か強いようで。


「……フォンテーヌ、大丈夫?」


 ルカが心配さの滲む声で尋ねれば、フォンテーヌは彼の首に擦りつくように首を振って「だいじょうぶ……」と、悪酔いしたようにおぼつかない声で答えて、それっきり黙り込んでしまった。


「――あーあ、レビン、祠に居もしないや」

 

 水精霊に労わるような視線を向けていたルカは、マイムの声で再び顔を祠の方へと戻す。


「えっ?」

「今、魔力送ってみたんだけど――」


 そう言うマイムの近くには、小さな――それでもこぶし大はある――青緑色と銀白色の水晶のような宝石がある。銀白色の方は内側からほのかな光を返しているが、青緑色の方は沈黙している。


「レビンってば、祠の近くにいないみたい」


 ――簡素な魔力通信みたいなものかな。光が返ってきたら、応答あり、って感じの。


 ルカはそんな風に考えながら、海と自分とを隔てる水壁に一歩近づいた。 そして、宝石に目を凝らす。

 色からして、青緑の方がレビンに繋がっている宝石だろう。あたりをつけてからマイムに確認すれば、マイムは上下に揺れる。


宝石(コレ)、もとは双子水晶。レビンに魔力を籠めさせて、半分こにしたんだ」


 水神竜曰く、ハートに似た形の水晶は、魔力を込めてから結合面で綺麗に半分にすると、どんなに長い距離を開けても、片割れに声を届ける性質を持つのだそうだ。言うなれば、一対一の通信に特化した魔力通信である。

 この双晶を利用した魔力通信、繋げるためには二点必要事項がある。


 一つは、魔力を流すこと。

 誰のどんな魔力でもいい。まずは魔力を通し、双方の水晶を起動する。ここまでは、ルカの知る魔力通信と同じだ。


 二つ目――ここが、普通の魔力通信と違うところだ。

 その双晶に一番最初に魔力を込めた物――ここで言えば、雷神竜レビン――がどちらか片方の水晶のそばに居なければいけない。そばに居れば、その証として、もう片割れに光が灯る。


 普通の魔力通信は、込めた魔力が尽きるまで、そこに人がいようがいまいが言葉を届け続ける。

 それに対し、双晶魔力通信は、その双晶が初めて覚えた魔力の持ち主がそこに居ないと通話状態にならないのである。

 そんな便利なものが、と思うルカだが、マイムの「作るとき魔力沢山使うけど、あると楽だよ」と言う言葉に、じゃあ人間には扱えないな、とすんなり諦める。

 

 潔いとこも好き……とフォンテーヌがぐったり溢すのに重なるように、水神竜は話を戻す。


「で、この青緑、光らないでしょ。あのおバカ、どこほっつき歩いてるのかなぁ」

「……そういえばレビン様、僕らが山を登りやすく整えるっておっしゃってました。その準備でお忙しいのかも」


 なんとなくレビンのフォローにまわるルカの言葉に、マイムは「うーん」と納得いかなそうな声で唸ってから、ハァァァァー……と深いため息を吐いた。


「ごめんねぇ、あいつ、まだ取り掛かってすらいない気がするよ」


 だからね、とマイムは声に嫌そうな響きを乗せながら、ほんの少し明滅を速くする。


「先に、こいつの方に行った方がいいかも」


 こいつ、とマイムが体を揺らして示すのは、煌々と輝く白銀の水晶。その水晶を見てルカは、すっかり忘れてたけど、と思いながら口を開く。


「あの、マイム様」


 水晶から発せられる白銀の光は、今の今まで存在を忘れられていたことへの抗議の様に光の強さを増して、ルカの瞳を刺してくる。

 水神竜マイムは、その光を意に介してすらいないような様子を見せながら、ルカの前でフワフワしている。


「なぁに」

「先ほど、『水晶に光が灯っていれば通話を開始できる』とおっしゃっていましたよね」

「うん」

「あの……この水晶、相手がそばに居るみたいですが、通話は開始しなくてもよろしいのですか」


 ルカがそこまで言うと、マイムは心底嫌そうな声で答える。


「ザミーニャはうるさいから通話はしないんだ。いる事わかれば十分」

「そうなんですか、でも、あの……」


 光り方が、すごいことになってますが……。


 周囲の優しい青を塗り替えん勢いの白い光に耐えきれなくなったルカが目を細めてそう言えば、マイムは魔力で水を動かして海底の砂をえぐり取る。何をするつもりだろう、とルカが眩い光に思いっきり顔をしかめながら眺める。と、凪の様に穏やかだった水神竜マイムは、まるで親の仇とでもいうような勢いで海底の穴に銀の水晶を放り込んで、「はいバイバーイ」と言いながら砂をかけ始めてしまった。

 ルカは静かに目を瞠る。


「――まったく、光だけでもうるせぇんだから、あいつは……」


 で、何の話だっけ。


 そう言いながら戻ってきた水神竜に、ルカが「何やってんですか」と、、相手が神であることも忘れて溢してしまったのは流石に仕方のないことだろう。


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