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  手紙と翼竜⑦

 空と前を交互に確認して走るルカは、何とか大きく引き離されることなく翼竜(ワイバーン)の背を追うことができていた。


「ルカ!」


 聞きなれた男の声に、ルカはちらりと後ろを振り返る。月明かりを受けてくすんだ金髪を輝かせてルカを追うのは、ケネスだった。彼はルカに追いつくと、横に並んで走りながら口を開く。


「追われてるの、イグニアだよな? アルヴァは乗ってるのか」


 息一つ切らせていないのは、日ごろの訓練の賜物だろう。


「乗って、ます!」


 騎士たちとは違い、フィールドワークで山は登れど走り込みなどはしないルカは、息を切らしながら答える。ケネスが、また無茶しやがってあいつッ! と呆れと怒りを混ぜた声を吐き出す。そうしながら、彼は翼竜の(あぎと)から紙一重で逃げる竜を睨み、背負った矢筒から矢を抜きとった。


「届きませんよ、ここからじゃ!」


 ルカもケネスも足を止めない。


「届かなくても――」


 ケネスは、走りながら岩にやじりを擦り付けた。

 チッと火花が散ったかと思えば、鏃に、というより鏃に括られた小さな筒に火がついた。それを弓につがえ、ケネスは止まることなく弦を引く。隣を走るルカの耳には、じじじ、と何かが緩やかに燃える音とギリギリと弓が引き絞られる音が聞こえている。


「――脅かすくらいはできるだろっ……!」


 そう言いながら、ケネスは弦から手を離す。

 大きく弧を描いて飛んでいった矢は、翼竜の後方で大きく爆ぜた。翼竜の羽ばたきが一瞬遅くなる。ほんの一瞬でも後ろに気を取られたおかげで、竜と翼竜の距離が広がった。

 翼竜は猛り狂って吠えたてる。あらゆるすべての怒りが前を飛ぶ竜に向かう状態らしい。その口元からボタボタと発火液が溢れて、火をまといながら草原に落ちていくのが、夜の闇の中に良く目立っていた。


「フォンテーヌ!」


 ルカがそう言うと、フォンテーヌは指揮するように指を振り、点々と続く火に水をかけて消していく。

 そうやって二人でしばらく追っていると、周りに木が増え始めた。

 ケネスが舌打ちする。


「まずいな、(ここ)を超えたらシャンセル()に出るぞ!」


 確かに、ここはシレクス村とシャンセルの街の間にある森だ。ここを突っ切れば、人の足でも三十分あまりでシャンセルに着く。ルカも登校ついでに野草を採取する目的で何度か通ったことがあった。

 それに気づかない姉上ではない。きっと引き返す、とルカは空を見上げた。

 ルカの予想通り、アルヴァを乗せた赤い竜が、ぐるりと旋回する。大きく開いた翼竜の口に飛び込むようにして向かっていった竜は、ガチン、と顎が閉じる寸前で身を翻して急降下し、翼竜の腹の下を潜り抜ける。

 そして、いっそ優雅に振り返った赤い竜は、翼竜から距離は取りつつも逃げる素振りは見せなかった。

 二人は、やっと足を止めた。


 流れる汗が目に入るのも厭わずに、ルカは周囲を見回す。

 ルカとケネスが立っているのは、他よりも少し木の密度が低い、開けた場所だった。まるで道を開けるように木々が避けている。続いて、ルカは少し下に視線を向けた。発火液のストックが無くなったらしく、近くで火は起きていなかった。

 ルカは何とか息を整えて、空を見上げた。

 闇夜を赤く照らす炎は、シレクス村で翼竜を追い立てるために見た目と音に魔力を振った火球とは比較にもならない火力で翼竜の体表を舐めている。

 しかし、相性が悪かったようだ。


「――あの翼竜、炎を食ってる……?」


 ぽつり、とルカが溢した、まさにその瞬間。

 かさり、とルカとケネスの後ろの茂みから何かが出てくる気配がした。


 いち早く反応したケネスが、矢をつがえた弓を向けて、それから強く息を吐く。

 一拍遅れて振り向いたルカは、ひくりと頬を引きつらせた。


「なんで君がここにいるんですか、カレン」


 息を荒げて涙目のカレンは、ルカの言葉に一層瞳を潤ませてから、乱れた髪もそのままに胸を張った。


「言ったでしょう、わたしだって騎士を目指して鍛えているのです! だから、て、手伝いに――ひぃ!」


 胸を張った勢いで空を見たカレンは、炎を食い散らかす翼竜の姿を見つけてしまったらしく、悲鳴を飲み込んだ音を口から漏らした。既視感を覚える光景に、ルカは苛立ちもあらわにカレンに詰め寄る。


「君ねぇ! 何なんですか、村にいろっつったでしょうがよ! なぁんでついて来てるんですかっ! また目を開けたまま気絶するつもりですか!?」


 ルカがまくしたてる。

 ひくっとしゃくりあげそうになったカレンだったが、何とかこらえた様子で腰に佩いた豪奢な剣をスラリと抜いて掲げて見せた。


「つ、剣があるのです、こちらには! だから、だからぁっ、大丈夫なんです!」


 彼女はそう言いながら泣きそうな顔で翼竜の姿を追っている。それを一瞥してからまた怒鳴ろうと口を開いたルカだったが、はた、と動きを止めて空を見上げた。

 目を凝らして見つめるのは、竜に乗ったアルヴァの手元と腰。

 竜の口元から炎が噴き出す。その明かりでかろうじて見えたアルヴァの手元にも腰にも――剣はなかった。

 ルカは、掲げていた剣を下ろして自分を見つめるカレンに目を戻し、彼女の右腕をつかんで自分の顔のほうへ引き寄せる。


「ちょ……何ですかっ」

「――銀ですね」


 ルカの、先ほどとは打って変わって平熱で無表情な声にカレンはびくっと後ずさった。


「……はぁ?」

「これ借りますよ」


 有無を言わさない声でそう言って、ルカはカレンの手から銀の剣をもぎ取った。

 ぽかんと口を開けるカレンは、何も言えずにルカの行動を見つめている。


「フォンテーヌ、お願い」


 何を、と言わずフォンテーヌは微笑むと、目を閉じて口の中で何かを唱えてから剣に口づけた。刀身が淡い青に染まってほんのり輝き始める。


「属性付与は完了、あとは――」


 ぶつぶつ呟くルカが、ケネスに視線を向けた。 


「ケネス、炸裂矢」


 ケネスは、なぜ、とも言わずに矢筒から矢を取り出してルカに渡す。

 ルカはケネスがやったように手直にあった岩にやじりを擦りつけ、そして、そのまま矢を思い切りぶん投げて耳をふさぐ。 

 三人の近くで、矢についていた筒が爆ぜて大きな音を出した。


 周囲はもう夜の闇に飲まれている。時折炎がちらつく空を見上げ、ルカたちがアルヴァを探すのは簡単だ。そもそも彼女の乗る竜が光源を作り出しているのだから造作もない。

 ――では、逆はどうだろう。

 闇の中、開けているとはいえ、木々に囲まれた森の中のルカたちを空の上からアルヴァが見つけるのは至難の業だ。

 しかし、とルカは確信する。

 今、姉上はこちらに目を向けた。そして、確実に僕たちの位置を認識したはずだ、と。

 その証拠に、アルヴァを乗せた竜はルカたちに向かって急降下している。

 ルカはありったけで叫ぶ。


「武器も取らずに翼竜を相手取る阿呆がどこにいますか、こンのバカ姉上ぇー!」


 ぶわり、と風が木々を揺らす。慌てて顔を庇うカレンと異なり、ルカは目を細めるだけだった。

 ここだ、というタイミングで、ルカは風に背を向けてできる限り手を伸ばして、剣を逆手に握って掲げた。

 

 にわかに闇が晴れる。

 口の中に小さな火を咥えた赤竜の顔がルカの横へ並ぶ、その刹那。

 吹き付ける風の音に混じって、力強い声がルカの鼓膜を揺らす。


「ありがとう、ルカ!」


 同時に、銀の剣の柄を握られる感触。


 ルカは横を見る。

 スローモーションのように流れていくアルヴァと彼女の相棒である火竜――イグニアは、似たような色の瞳でルカを見ていた。

 鞍も手綱もつけない状態で、アルヴァはほとんど逆さまになってルカに笑みを向けている。

 タイミングよく手を離したルカのすれすれを飛んで行ったアルヴァとイグニアは、木々の隙間を縫ってバレルロールすると、風を引き連れ、上空で吠える翼竜の元へと戻っていった。


 

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