表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/201

  〝鱗吐き〟と迷いの山④

 ――あなたもしかして……水竜ですか。


 ルカのその問いに、反応した者は二人。一人は、ピタリと動きを止めた濃紺の髪の女性。もう一人は、ずささ! と飛び退って、近くにいたケネスの背中に隠れたカレン。

 カレンの反応に関しては無視だ。『竜』って言葉を聞くともう条件反射で動くんだろうな、とルカは頭の片隅で考えながら、動きを止めた濃紺の髪の女性の背中を見つめる。そうしていると、女性がほんの少しだけ俯いた。彼女が掴んでいるドアノブが、戸惑うようにカチャリと鳴く。


「――……あの、あたし……」


 聞こえてきたのは、緊張したように小さく震える声。

 そこで言葉を切って、女性はゆるゆると首を振った。


「嘘ついても、わかっちゃうわよね……大体、そこの水精霊は気付いてるみたいだし」


 知っててルカに伝えなかったのを後ろめたく思っているのか、フォンテーヌが「うう……」と小さく唸る。そんな彼女の頭を撫でてやりながら、ルカが待つのは女性の言葉の続きだ。

 ルカの視線を背中に受けていた女性がこちらに振り向く。それから彼女は、深く息を吐いて、口を開いた。


「――そう。あたしは水竜よ。隠していて、ごめんなさい」


 竜は人型に変化していれば、街に入っても問題ない。それに、『自分が竜だ』と公言しなければいけないというルールもない。

 それを知っているから、『何をそんなに深刻そうな顔を』と思ったルカだったが、続いた言葉に少しだけ納得する。


「あたしはレイン。一応、水竜たちの長をやってるわ」


 長ともなると、確かに少しは騒ぎになるかもしれない。だがしかし、やはりそこまで深刻な話でもない。姉弟は不思議そうに小首を傾げながら顔を見合わせる。

 そんなに深刻じゃないよな? と目と目で会話をして、それから、ルカは濃紺の髪の女性――水竜の長レインに向き直った。と、レインはルカが何を言うでもないのにワッと顔を両手で覆い、フルフルと首を横に振った。

 どうしたどうした、と目を丸くするエクエス姉弟の前で、女性は、つらつらと言葉を連ね始める。


「わかってるわよ、長がそう安々と街に下りてくるべきではないって! でも、でも、仕方ないじゃない!」


 ノエルが今日は一人だっていうからっ!


 ぽかん、とするルカたちの前で、レインはどんどん言葉を紡いでいく。


「だって心配だったんだもの! わかってるわ、ええ、言われなくたって! ノエルはしっかり者だっていうのはよくわかってる! でも、この子が一人でいるところに、泥棒でも入ったら? そう思ったら居ても立ってもいられなかったのっ!」


 彼女の言葉はなおも続く。


「心配だったから、水晶通信で遊ぶ約束して、お泊りの約束もして――で、お泊りの準備して待ち合わせ場所に行ったらノエルが倒れてるんだもの! そりゃ取り乱して雨も降らせるわよ! 駄目なの!? ねぇ、駄目!? 水竜の長が、人の子に会いに行ったら駄目なんて言う法律は――」


 ――あ、これは誰かが止めないとずっとしゃべり続けるな。


 そう思ったルカは、まったくの平熱の声で、彼女のセリフを遮った。


「別にいいと思いますけど」

「そうよ、みんなみんなそう言って――え?」


 顔を覆っていた手を除けて、レインが丸く目を見開いて顔をあげた。濃紺の髪がふわりと揺れる。

 それを見ながら、だから、とルカは言葉を繰り返す。


「別にいいんじゃないですか? エシュカ様だって、よく村に下りてきますし。火山のことがあるから長居はしませんけど。ねぇ、姉上」

「ん? え? あ、うん」


 まさか振られるとは思っていなかったらしい姉が、そうだな、と神妙な顔で頷いて見せる。二人の前、レインは「エシュカ様……?」と言葉の響きを確かめるように呟いて、それからどっと息を吐いた。


「きみたち、エシュカさんの子供たちなのね……。て言うと、シレクス村の出身? あそこはいいよねぇ、火竜たちはきみたちと交流し放題だもん。こっちもそうだったらいいのに――あ、ごめん。ついしゃべり倒しちゃって」


 ノエルくんのことが心配で不安で、それを紛らわせようと口数が多いんだろう。そんな風に考えながら、ルカは静かにレインの話を聞いている。レインは、海の青の瞳を伏せて、ベッドで眠るノエルを見たようだった。


「――最近ね、『長はノエルくんと遊びすぎ』ってみんなから釘を刺されるもんで……ストレスたまってたところに、ノエルが……倒れちゃったから。――うん、なんかいろいろ爆発した。ごめんなさいね」


 許してね、と静かに微笑むレインの向こう側、玄関の方から呼び鈴の音が響く。と、ルカはなんとなく嫌な予感がして眉を寄せた。


「お客さんかな……ごめん、ちょっと出てくるね。その間、ノエルのことよろしく」

 

 そう言いながら、レインは部屋から出て行った。

 レインが出て行った扉をしばらく見つめていたルカは、胸騒ぎを宥めるように心臓のあたりを擦りながら扉から目をそらす。すると、フィオナと目が合った。彼女もどことなく不安そうにしている。

 そんなフィオナ――自分自身もだが――を落ち着かせるように、ルカは微笑んで見せた。それから、ルカが濃琥珀を向けるのは、寝息を立てているノエルだ。

 静かな呼吸音に、すこしノイズが混じり始めている。

 そろそろ起こして、薬を飲ませた方がいいかもしれない。そんな風に思うルカの横では、姉とケネスがぽつぽつとこれからについて相談している音が聞こえている。

 その言葉の間を縫うように、耳触りのいい高い声が、ルカの鼓膜をくすぐった。


「――大丈夫そうですか?」


 ルカは跳ねた心臓をポーカーフェイスの下に隠しながら、後ろを見る。そこには、いつのまにケネスの背の後ろからこちらに来たのか、心配そうな顔のカレンが立っていた。

 唾を一つ飲み込んでから、ルカはノエルに目を戻す。解いている髪がさらりと頬にかかったので、ルカは髪を耳にかけながら、ノエルを一通り観察する。


「鱗吐きの症状に関しては、今のところは平気ですね。喉の傷の方に関しては、そろそろ薬を飲ませてあげた方がいいかなって、思ってたところです」

「こんな小さいのに、可哀想……」

「鱗吐きは、大人でものたうつくらい苦しいですからね……早く、聖都の病院に連れていってあげないと――」


 ちょうどそんな会話をしている時だった。


「向こう一週間、島から出られないってどういうことよ!?」


 ――レインの怒鳴り声が聞こえてきたのは。


 窓を打ち始めた大粒の雨に、ルカはノエルの部屋を飛び出した。

 来た道を戻って玄関まで行けば、そこにいたのは髪の毛を膨らませているレインだ。その向こう、黒地に銀の糸で『機械の翼と王冠』が刺繍された制服が見えて、ルカは慌てて物陰に隠れた。


「――だ、だから……この島に、人攫いが紛れ込んでいるのだ。それを逃がさないために、港を閉鎖して……」

「ふ、ふざけないでっ……! こっちには、明日の朝いちばんに島を出て、できるだけ早く医者に見せないといけない子がいるの!」

「病院なら、この島にもいくつかあるだろうに、なにを――」

「この島の病院じゃ駄目だから言ってるんでしょ!?」


 怒声が響く。それにつられるように、雨音が洒落にならない大きさになり始めている。


 ――何とか止めないと。でも、機械兵が僕の顔を知ってるってことは、王室魔導士たちも知っている可能性が高いよな。


 何か顔を覆えるもの、と周囲を見回したルカは、テーブルの上に置かれていたナプキンを見つけた。それを素早く手に取って、ルカは手早く口元に巻き付ける。それから、できるだけ前髪をぺたりと下ろして目元も隠す。

 んん、と喉の調子を確認してから、ルカはそっと物陰から出て玄関に向かった。


「――私たちにそう言われても困るのだよ。私たちは、ゲイリー第二部隊長どのからの指示に従うしかないのだから」

「そのゲイリーとか言うの、ここに連れてきなさい。そんな指示、撤回させてやる……!」

「ゲイリー第二部隊長はイグナール城にいらっしゃる……私たちは、手紙の指示に従って――」


 レインがその言葉に噛みつこうとするのを、ルカは彼女の背中を擦って何とか抑えさせる。そうしながら、ルカは目の前にいる王室魔導士二人をそっと見上げる。

 王室魔導士たちは怪訝そうな顔を浮かべてルカを見下ろした。


「ん? なんだね、君は」

「ええと――お伝えしておこうと思いまして」


 作った高い声でルカがそう言うと、王室魔導師の片方が片眉を上げる。


「何をだね?」


 ルカは、レインの視線を感じながら口を開いた。


「今この家には、重症の患者がいます」


 重症、と王室魔導士が繰り返す。その言葉に頷いて、ルカは言葉を続ける。


「咳が止まらなくなり、最終的には気道を腐らせて血反吐を吐きながら死んでしまう病気です」


 もちろん嘘だ。そんな病気は、今のところ存在しない。が、しかし、王室魔導士たちは目に見えて顔色を変えた。


 ――我が身が可愛いダメダメな小貴族が多いって聞くからな、王室魔導士には。どうだ、怖いだろう。


 そう思いながら、ルカはナプキンの下で唇を舐めて、最後の一押しを口にする。


「空気感染しますので、あまりここにいると、もしかすると――」

「――そ、そういうわけで、島からは出られん。伝えたぞ!」


 それでは失礼する! と逃げ帰るように大雨の中を走り去る背中を最後まで見送らず、ルカは扉を閉めて、ふん、と鼻を鳴らして歩き出す。そんな彼を追いかけるレインは、感心したような声を出した。


「きみ、度胸あるね」

「ありがとうございます」


 表面だけニコリと笑うルカは、正直焦っていた。


 ――王室魔導士たちが島に来てて、しかも、島から出られない。この分だと、もうすでに港には王室魔導士が大勢いるはず。……どうするか。


 そんな風に考えを巡らせているルカを、更に焦らせる事態が起こってしまう。


 勢いよく駆けてくる足音に、ルカは思考を寸断された。その足音の主は、カレンだ。すっ転びそうになりながら、カレンがルカに駆け寄ってくる。


「ルカ! ノエルくんが、また……!」


 また、の先は聞かずとも想像がつく。ルカは眉間に深い皺を刻み、奥歯を噛み締める。


 ――嘘だろ!? 魔力塊は残らず除去した、それなのにもう……っ!


 ルカは、隣でヒュっと息を飲んだレインと、泣きそうになりながら駆けてくるカレンを置き去りにして、ノエルの部屋に飛び込んだ。   

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ