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22. 〝鱗吐き〟と迷いの山①

 一行を乗せた馬車は、なんと聖都イグナールのど真ん中をつっきって、港街ポートラングへ最短を走ってたどり着いた。

 流石は、エレミア領主の紋をいただく馬車。北門から入るときはもちろん、南門から出るときも、フリーパス。エレミア領主一族が王室魔導士を嫌っていることは有名だから、魔導師たちもサッと道を開けるしかない。


 港街のポートラングについた頃には日が落ち始めていた。しかし、歩けば二日はかかる距離を、数時間で運んでもらったのだ。感謝こそすれ、文句など浮かぶはずもない。

 ルカもアルヴァも、馭者に深く頭を下げる。そうすると、馭者の男は「ラフ坊ちゃまのご友人のためなら、わけもありません」と微笑んで、それから来た道を戻っていった。一行はそれを見送ってから、船着き場へ向かって歩き始めた。


 しばらく歩いて、海の香りが強くなってきたころだ。

 ルカたちは、夕暮れでも活気のある港街で、目立ちに目立っていた。――と言っても、ルカやケネスが女装をしていて目を惹くとかではない。

  ならなぜ目立つのかと言えば――アルヴァとケネスが、揃ってストールで顔をほぼ隠しているからである。

 

 しかも、赤字に白の水玉模様と白と水色のストライプのストール。そんな派手な頭が、並んで歩いているのだ。

 怪しいにも程がある。

 加えて、その変質者じみた奴らが、フードを目深に被った小さな子供の手を引いているとあれば、それはもう事案である。だがしかし、一行を遠巻きに見る人々は『人攫いだ』と常駐騎士や衛兵に連絡をしあぐねている。それが何故かと言えば、二人のストールが人攫いのものにしてはハデハデなおかげだ。


 更に、その後ろから、見目麗しい少女たちがついていくのも、人を寄り付かせない要因になっているだろう。人々は口々に「女の子が三人もついて行ってる……」「大丈夫なのかしら……」と囁きあっている。――そうとも、ルカにとっては腹立たしいことだろうに、()()なのだ。また、女子に間違われている。

 彼は、ギッと前を睨み、奥歯を噛み締め目を吊り上げる。


 ――せっかく女装せずに済んだのに、なんで!? なんでアンタら僕のことも『女の子』のくくりに入れてヒソヒソしてんだよ! あれか? 僕の髪が長いからか? 髪を下ろしてるから? ふざっけんな!!


 そう叫びたいのをぐっとこらえて、ルカは周囲から聞こえる声を無視してズンズン歩く。そうやって歩いていたら、気が付いたら船着き場だった。年の割にがっしりしているお爺さんが、ちょうど船を出そうとしているところだった。


 船には「プラートゥス島観光協会」と文字が入っている。何人か、乗客もいるらしい。周りを見ても、もうこの一隻しかないようだ。

 アルヴァは、イグニアをケネスに任せ、小走りでお爺さんに駆け寄った。足音に顔をあげたお爺さんは、ぎょ、と言う顔をしてから「最後の便ですよう。乗りますかね」と朗らかな笑みを浮かべる。一行は、一も二もなく頷いて、船に飛び乗った。


 宵の口の薄闇に染まる船の中、奇異の目に晒されながらも、一行は無事、プラートゥス島の玄関街ミーティアにたどり着いた。街灯に灯った火が、暖かくルカたちを迎える。


 まずは宿を、と一行はミーティアの街をぶらつき始めた。

 もちろん長身二人のストールはそのままなので、道行く人が避けて通る。そりゃそうだよな、と若干の不機嫌を引きずりながら、ルカはポリポリと首の後ろを掻く。

 僕だって、こんな二人組が近寄ってきたら逃げる。そう思いながら、ルカは、ふと前に目を向けた。


 ルカたちの進行方向、こちらを見つめる茶髪の少年がいる。十歳くらいの見目だろうか。幼い顔立ちが、不思議そうにアルヴァを見つめている。

 と思ったら、少年はルカたちの方へと駆け寄ってきた。


「あのっ!」

「え?」


 まさか声をかけられると思っていなかった、とでも言うかのような素っ頓狂な声をあげ、アルヴァが少年に向き直る。大きな青の目がアルヴァを見上げているのを見ながら、ルカは姉の方へとゆっくり歩み寄る。


「あの、困ってるんじゃないかなって思って。きょろきょろしてるから」


 少し舌足らずな高い声に、アルヴァが膝を屈めて少年と目を合わせる。姉上とケネスのこの姿に全く引かないとは、とルカは感心したようにフムフム頷きながら、姉の隣に立った。


 アルヴァが少年に宿の場所を聞く声を聞き流しながら、ルカはなんとなく周囲に目を向ける。柔らかな街灯の明かりのずっと奥、薄闇に、山のシルエットが浮かんでいた。シルエットの縁がぼんやり滲んだようなのは、恐らく霧か霞のせいだろう。

 ――などと、ルカが景色を眺めている間に、どうやら少年が宿まで案内してくれることになったらしい。どうやら、人と待ち合わせをしていて、宿のある方に行くのだそうだ。


 アルヴァとケネスの真ん中に、イグニアではなく少年が立っている。

 出会ってすぐに仲良くなるの、姉上の特技だしな。そう思いながら歩くルカの横にはカレンがいて、後ろを気にして歩いている。なぜ気にしているかと言えば、そのすぐ後ろを、フィオナと手を繋いだイグニアが歩いているからだ。


「――そうなのか。君の家は、山の管理を」

「うん。あそこの山なんだけどね、しょっちゅう人が迷子になるから、みんな『迷いの山』って呼んでるんだ」

 

 山の上には綺麗な湖があってね、と楽しそうに言葉を続けていた少年が、何に躓くでもなく転んだのは、本当に突然のことだった。


 前触れ一つなく、少年が地に倒れる。そのまま起き上がらないのを見て、アルヴァがさっと地に膝をつけ、少年を抱え起こす。尋常ではない様子に、ルカは姉たちの方へ駆け寄った。


「か、体に力が入らな――」


 ルカが姉の向かい側に膝をついたと同時に、けひゅ、と喉に何かが引っかかったような咳をして、少年は目に涙を浮かべた。

 アルヴァが少年に声をかけながら、その背を擦る。しかし、咳は途切れることなく続く。何かあったのか、とルカたちの周り、広場にいた人々が寄ってきて、生け垣ができ始めた。

 じっと咳の音を聞いていたルカが、ぐっと眉を寄せて姉を見る。

 

「――吐くかもしれない。姉上、下を向かせてください」


 この体勢だと、嘔吐物が喉に詰まる可能性がある。

 そう思ってルカが指示を出すと、アルヴァはその通りにしてくれた。けひゅけひゅという咳が、ゲボ、と濁りを帯び始める。ルカとアルヴァが背を擦る目の前で、少年は、ただ、胃の中の物を逆流させただけ――と、最初はそう思えた。


 そう、最初だけは。


 逆流は続き、びちゃびちゃと言う音に混じって、石畳に固い物が落ちる音がしているのを、ルカの耳は聞き逃さなかった。


 ただの嘔吐じゃない予感がして、ルカは嘔吐物が手につくのも厭わずに、地面を撫でるようにして音の正体を探る。

 吐いた物に血が混じり始めている。


 まさかこれは――、とルカが思った矢先、彼の指先に、固い物が当たった。それは、ルカの思う()()()が、見事に的中してしまったことを意味している。


「ルカ、どうした」


 何かまずい病気か、と目で問いかけてくるアルヴァに、ルカはその固い物を拾い上げ、血の混じった嘔吐物を拭う。そして手のひらに置いたソレを姉に見せるのと、同時のことだった。女性の声が広場に響く。

 

「ちょ、どいて、どきなさい――ああ、ノエルっ!」


 悲鳴じみた女の声が呼んだ「ノエル」と言う名前は、この少年の名前だろう。

 振り向いたルカの視線の先にいたのは、濃紺の髪を振り乱して人の生け垣に割って入ってくる、青い瞳の女性だった。



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