地神竜エザフォスの祠④
一言も発せずに跪くルカたちに、どんな性別にもどんな年齢にも聞こえる声が慌てたように語りかける。
「やめてくれやめてくれ! 俺、跪かれるほどのものじゃないから! 顔上げてくれ、な?」
上げられない。上げられるはずもない。
だって、目の前にいるのはこの国の神の一柱だ。
そんなふうに身を固くしているルカを代弁するように、アルヴァが口を開いた。
「――地神竜エザフォス様。このような身なりで御前におります御無礼をお許しください」
流れるアルヴァの中音は、緊張にほんの少しだけ震えているようだった。
「わー! やめてくれって! ほんとに!」
顔上げてくれ、と再び言われて、それを拒むのはとんでもなく失礼に当たる。そう思って、ルカはゆっくりゆっくりと、顔を上げた。
彼の目の前にいるのは、優しい茶色でゆっくりと瞬く、光球。よくよく目を凝らせば、その姿が超高濃度の地の魔力で形作られていることがわかる。
ルカは、フィオナが言っていた言葉を――『この世に生きる者は上位、中位、下位にわけられる』という言葉を思い出した。
自然に満ちるのと同等の魔力を有する『上位者』と、それよりも質の落ちる魔力を有する『下位者』。そして、その中間の『中位者』。
目の前の光球が宿す超高濃度の魔力は、属性竜にも、ましてや人間になどは天地が逆さになっても作り出せないレベルの高濃度の地の魔力だ。目の前の光球が、まぎれもなく、それより上の存在――神であることを示している。
その神が――エザフォスが、大慌てでルカたちの周りを飛び回る。
「そんな堅苦しくしないでくれ、な? 俺のことは、近所のおじさんくらいに思ってくれればそれでいいからさ!」
そう言いながら、エザフォスはルカの顔の前でふわりと止まった。
ルカは一層身を固くしながら、そう言えばどこから声を出してるんだろう、と心の中で首を傾げた。
地神竜は言葉を続ける。
「俺は、エザフォス。今は結界の維持で魔力使ってるからこんな姿だけど、仲良くしてくれると嬉しいぜっ!」
よろしくな、と瞬きながら、エザフォスの魔力の体がルカの額にチョンと触れる。その一瞬の接触だけで、ルカの中に地の純粋な魔力――地神竜の魔力が満ちた。ルカの頭の上、じっと座っていたエクリクシスが「おお……」と感極まったような吐息を溢す。
エザフォスは、アルヴァたちにもそうやって触れてから、再び祠の前に戻ってきた。
「で、お前たちは結界を起動させに来たらしいけど、何かあったのか?」
そうやって気軽に声をかけてくるエザフォスに、ルカは唇を湿らせて、小さく唾を飲みこんでから口を開いた。
ルカが訥々と語ったのは、アングレニス王国の王妃リアダンのいっていた言葉。
女王が国の危機を夢見で知ったこと。禁足地に足を踏み入れなければならないこと。そのためには祠を巡らなければならないこと。
それを伝えると、エザフォスはチカチカ瞬いて「うーん」と唸った。
「禁足地に入りたい、か。うーん、どうなんだろ。……まだ連絡無いんだよな。勝手に開けたら、アイツ怒るよなぁ……」
でも、国の危機なんだよな? エザフォスが確認してくるので、ルカは大きく頷いた。
「はい。僕の姉が――えっと」
言いながら、ルカは姉を振り返って彼女を指さす。
「彼女が、禁足地に入らないといけなくて」
「ううーん……ちょい待ち……」
エザフォスが、ふんふん頷きながらアルヴァの周りを検分するように回る。
「まあ、悪い奴じゃなさそうだ。……よし、やってやるよ!」
彼のその言葉と同時に、彼の後ろの祠に鎮座する魔力塊が、強い光を放った。そして、地面が大きく揺れる。
そして、ルカは結界が二段階組まれたのを感じた。
「これでよし! 禁足地の周り、もう石礫は飛ばないぞ! 魔力は国を守ってる方の結界と、それから封印の方にまわったからな」
「――……封印? 地神竜様、封印と言うのは、遺跡の方に張られている結界のことなのでしょうか?」
フィオナの声に、エザフォスが頷くように縦に動いて、それから「あれ?」と呟いた。
「イグニスの方の魔力塊、もう起動したんだろ? 火竜の長から詳しい話聞いてない?」
エザフォスの疑問に答えたのは、アルヴァだった。
「きっと、エシュカ様は――今の長は、そのお話を知らなかったのだと思います」
「――ああ、そっか。結界を張った頃から何年も経ってるもんな。下手すると、二、三千年は経ってるのか」
「そんなに前から!?」
思わず声をあげてしまって、ルカは慌てて口を押える。エザフォスは気にした様子もなくカラカラ笑って肯定する。それから、彼はしみじみと呟いた。
「そっか、お前ら詳しい話知らないのか……」
んむむ、と考え込むような様子を見せて、それから、茶色の光球はぴょこんと跳ねた。
「よし、この後ちょっと、禁足地に一緒に行こうぜ!」
そこで詳しく教えるよ、と今すぐにも飛び出しそうなエザフォスに、トゥルバののーんびりした声がかかる。
「その前に、人間は昼ごはん食べないとじゃね?」
トゥルバの声に応えるように、ルカの後ろから腹の虫の鳴き声が聞こえる。振り返って確認すれば、鳴いた腹の虫の主はカレンだったようだ。
ルカがじっと見つめると、彼女は真剣を取り繕った表情を徐々に顔を真っ赤にしていった。




