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  地神竜エザフォスの祠②

 洞窟の奥から駆けてきた男女は、ルカたちの前まで来るとゆっくり足を止めた。ゆったりした布で体を覆う彼らは、褐色の肌に黒い髪、とエレミアの都の人々と似通った容姿をしていた。

 朗らかな女性の声と、まだ少し鼻声な男性の声。ああ、僕らを乗せてきてくれた地竜だ、とルカは察しがついた。


 そんな彼らに案内された、仄暗い洞窟の奥は、どこからか陽光を取り込んでいるのか、柔らかい光に満たされていた。その中で、大小様々な地竜と、一行を案内した二人のように人に変化しているらしい竜が、好き好きに寛いでいる。その、のーんびりした目に見送られながら、ルカたちを導く男女は、ずんずん進んでいく。一番後ろをついてくるイグニアが、瞳を輝かせて周囲を見回しては足を止めて小さく吠えるのを、ルカの隣のアルヴァが振り返って、苦笑しながら窘める。ルカも歩きながら振り返って、楽しそうな妹分を優しく見つめた。それから、その目をイグニアの少し前を歩く少女二人に向ける。

 ――周囲に地竜、後ろには火竜(イグニア)

 そんな状況で、カレンがどうしているのか気になったのだ。そして、ルカは彼女をその目に映し、それからパチパチと数回瞬きした。

 彼の目の見つめる先には、フィオナに後ろから抱きつくようにしているカレンの頭がある。悲鳴をあげずに着いて行くには、とカレンなりに考えて、結果、そうするしかなかったのだろう。ルカは、難儀なもんだな、と思いながら、前を向いた。


 やがて彼らが辿り着いたのは、恐らくこの岩山のど真ん中。

 見るからにきめ細かい砂が、まるで湖か何かのように眼前に横たわっている。と、その砂の湖面がゆらりと持ち上がった。

 雨にも似た、ザアザアと言う音ともに砂の湖から身を持ち上げたのは、黄土色の体色の、大柄な地竜だった。機械兵と戦った後に、ルカたちの前に現れた三頭の中で一番大きかった地竜だ。

 ばさ、と音がしてもいいくらいにみっしり生えた重たそうなまつ毛を震わせて、黒い瞳が現れる。地竜は眠そうな瞳を瞬かせて「あ、来た」と呟いて、ルカたちを見下ろした。


「あーしも準備終わったし、やる?」


 開口一番それだった。何を、が抜けたセリフだったが、ルカもアルヴァも静かに頷く。

 おっけー、とのんびり答えた地竜が、どっこいしょ、と大きな体を砂から引き抜いた。同時に、地竜の背中を飾る、空を飛ぶのには適さないだろうごつごつした翼がぐっと伸びる。人間で言うと伸びをする感覚なのかな、と思いながら、ルカは、ちらり、とカレンを確認した。

 ルカの想像通り、彼女はフィオナの後ろに隠れて小さくなっている。その様子に、しかたないな、とルカが口を開こうとしたところで、ルカたちを案内してくれた女性が声を出した。


「トゥルバ様ー、この子、竜が怖いんだってさー」


 この子、と彼女の指が示すのは、フィオナの肩のあたりに、ひょこりと見える金色の頭。その金の頭は、びくっと跳ねると完全にフィオナの後ろに隠れてしまった。案内してくれた男性が、ついでのように「あ、この竜、地竜の長のトゥルバ様な」とルカたちに教えてくれる。

 砂の湖の上に尻を落ち着けた砂色の地竜の長――トゥルバは「え、マジ? 怖いん?」と首を傾げた。それから、猫が前足を伸ばすように、ぐっと体を屈める。

 瞬間、魔力がトゥルバの周囲に集まった。


 砂がブワリと巻き上がる。

 砂煙の幕の向こう、巨大な地竜の影が、徐々に小さく変わっていく。それと同じ速度で、砂煙が落ち着き始める。

 それを眺めながら、ルカは、そう言えば、と目を瞬かせる。


 ――竜が人に変化するとき、裸だよな?


 目の前で変化中のトゥルバは、声からして女性。しかも、結構若そうな声だ。ルカが「あっ」と思った時には、砂煙はすっかり薄くなっていた。


 砂の上には、猫の伸びのように手を伸ばし、ぐっと背を反らした女性がいる。

 褐色の体。長い手足。サラサラと流れるストレートの、深い茶色の長い長い髪が、砂に垂れ下がっている。

 その隙間から覗く、ふさふさのまつ毛に彩られた、眠そうな黒い瞳。

 それから、その下。すっと長い首の下には、かなり大きく柔らかそうな――と、慌ててルカは顔をあげる。その瞬間、眠そうな黒と目が合って、ルカは弾けるように顔をそらした。


「別に見られたって減りゃせんし、あーし、気にしないけど」


 さふさふ、とリズム良く砂を踏む音。恐らく、彼女が立ち上がったのだろう。

 その音と共に聞こえたのんびりした声に、そういうわけにはいかないんです、と答えはせずに、ルカはじっと、明後日の方を見つめていた。


「んじゃ、行く?」


 え素っ裸のまま案内する気ですか、この方は!?


 ルカが驚愕と混乱に目を見開く。視線は変わらずトゥルバには向けない。そうしてあらぬ方を見つめていたルカだから、近づく人影に気が付くことができた。


 その人――恐らく男だろう。見目からして、二十代後半くらいだろうか。若い男だ。その男は、腕に布を抱えて、しゃくしゃくしゃく! と砂をまき散らすようにこちらに駆け寄ってきている。隣に立つ姉もそれに気が付いたらしいのが気配でわかる。

 誰だろうと、いい。目の前の裸体を覆い隠してくれる人なら、誰だって。

 ルカのその願いは、瞬く間に叶えられることとなった。


「嫌な予感がしてきてみれば……お前と言うやつはぁぁぁ!」


 ばさ、と布がかかる音。しばらく衣擦れの音が響く。それでもじっと向こうを見つめて動かなかったルカの肩を、姉がポンポン叩いて、前を見ても大丈夫、と知らせてくれる。

 ゆっくり目を戻したルカの前、眉を吊り上げた男が、トゥルバの頭に拳骨を落とした。

 ガツン! とルカが思わず顔をしかめるくらい、手加減なしの拳骨の音が響く。


「慎みを持てと! 何度言ったら!」

「だって、減らないのは事実……痛ってて。暴力はんたーい」


 肩で息をする男は、しばらくトゥルバに説教をして、それからルカたちに向き直って頭を下げた。

 その顔に、ルカはなぜだか見覚えがあった。


「申し訳ない、こいつは昔からこうで……俺も、君時分の頃は悩まされたよ」

「あ、いえ……」


 ゆるく首を振りながら、ルカは記憶を手繰る。

 果たして、どこで見たんだったか。


「二百年以上前の話、引き合いにだすなし、マフディ」


 二百年。


 未だ眠そうな顔のトゥルバのその言葉に、ルカの中でピースがカチリと嵌る。


 二百年前。

 そして、今いる場所、エレミア地方。

 元エレミア王国の統治していた場所。


『アングレニスの王が、良き王である限り、エレミア王家は忠を尽くす』


 その文章の上、丁寧に描かれた肖像画の、気品を纏った笑み。

 そうだ、彼を見たのは歴史の教科書の中だ。ルカは目を丸くしながら、無意識に口を開く。


「エレミア王国、最後の王――マフディ・エレミア・シャリーフ……?」


 ルカの口から漏れた言葉に、目の前の男は、彼に目を向ける。それから、にっこりと優しく、気品を纏って微笑んだ。

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