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  砂漠に咲いた黄薔薇を手折れ⑤

 アルヴァをぶら下げたまま、機械兵の巨躯がガクンと揺れる。


 このままだと潰される未来しかない。

 だったらそうなる前に愛剣を引き抜かなければと、アルヴァはぶらぶら揺れていた両足に力を入れた。彼女はなんとか機械兵の腹部の引っかかりに足をかけ、柄を握る両手に力を込める。それから、まるで抜けないカブを引っこ抜くように足を突っ張って、ぐっと後ろに体重をかけた。

 ぐぅ、と唸りながら力を入れ続けたアルヴァは、少し角度を変えて引っ張るとあっけないほどスポンと抜けた剣を振りかぶるような姿で、空に投げ出された。


 投げ出された、とは言っても、彼女は最初に肩のあたりから落ちたときのように怪我の心配はしていなかった。と言うよりは――地面に叩きつけられることは()()()()ので、痛みに備える必要も、怪我の程度の心配も、する必要がない、と言うのが正しいのかもしれない。

 彼女は落ち行く中で冷静に体勢を変えて下を見る。そこには彼女の想像通り、相棒の姿があった。イグニアはアルヴァを迎えるように翼を羽ばたかせて昇ってきている。


アルヴァは、イグニアを剣で傷つけてしまわないように気を付けながら、抱き着くようにして彼女の背に乗りあがった。そして、そのままぐんぐん空を昇り、アルヴァとイグニアは、再び機械兵より上をとった。

 金属の擦れる嫌な音をたてながら、巨大な体が傾いでいく。倒れるその先に何もないことを確認して、それからアルヴァは、黄色味を帯びた琥珀の瞳を砂の上へと向けた。

 機械兵に吹き飛ばされたケネスを一番に確認すれば、彼がゆっくりとだが体を起こしているのが目に入った。それにひとまず安堵して、また眼下の砂海へと視線を走らせた。彼女の目が探すのは、ショッキングピンクだ。人工物のほとんどない砂漠に置いて、何より目立つピンクを探す。

 しかし――見つからない。アルヴァの目に入るのは、午前中の高い太陽に照らされ輝く金の海だけだ。

 ずずん、と機械兵が砂漠に倒れ伏した。その勢いで舞い上がった砂煙が、ちょうど吹き抜けていった風に攫われる。

 アルヴァは静かにため息を吐いた。


「――……逃げられたか」

 

 その無念そうな声に、イグニアが短く吠え声を返す。励ますような響きを持った鳴き声に、アルヴァは苦い物を飲み込んで、イグニアの首元を優しく撫でて「降りようか」と呟いた。


 さふ、とイグニアが静かに砂に着地する。着地の勢いで数歩歩いたイグニアが、ゆっくり足を止めた。


「姉上!」

 

 アルヴァはイグニアの背から身軽に降りながら、声の方へと目を向けた。そこにいたのはルカたちで、彼らはアルヴァへ駆け寄ってきていた。その中に、顔をしかめてはいるが大きな怪我もなさそうなケネスもいる。

 右手でイグニアを撫でながら、アルヴァはホッと小さく息を吐いてから、その顔に申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「すまない、あの王室魔導士、逃がしてしまった……」

「それはひとまず置いておきましょう」


 怪我はないですか、とルカがペタペタアルヴァの体を触る。彼の頭にあぐらをかいているエクリクシスも、心配そうにアルヴァを見つめていた。ルカの手に、特に機械兵の拳がかすった左腕周辺は念入りに撫でさすられて、アルヴァは弟を安心させるようにぐるぐると腕を回して見せた。


「怪我はないよ、ほら。何の問題もない」

「……マジで大丈夫なんですか? 痛みは? 本当に、ありませんか」

 

 うん、と笑って頷いて、それからアルヴァはルカたちの後ろ、ケネスへと目を向けた。


「ケネスは」

「俺も平気だ」

 

 被せるように答えられてしまって、アルヴァはちろりと弟に目を戻す。視線で「本当か?」と尋ねると、ルカはこっくり頷いて口を開いた。


「ええ。受け身のとり方が上手かったんでしょう、骨なんかに異常はなさそうでした」


 あたしも調べたから大丈夫よ、とフォンテーヌがルカの言葉を継ぐように言葉を紡ぐ。


「ほら、人ってほとんど水だから。ちょっと集中すれば体の中がどうなってるのか、わかるのよ。で、診てみたけど内臓なんかも無事だったわ」

 

 安心なさい、と微笑むフォンテーヌの言葉に、アルヴァはケネスの方へ視線を戻し、目を細くしてゆっくりと息を吐いた。良かった、と心の底から安堵してそう言えば、ケネスは拗ねたように唇を尖らせる。


「……そんな顔で俺を見んな、もっと悔しくなる。――足引っ張ぱったな、悪かった、アルヴァ」

「なんの、気にするな。お前が無事ならそれでチャラだ」


 アルヴァはケネスに近付くと、静かに微笑んで彼の肩を叩いた。そしてそのまま足を止めずに、一行の後ろ、互いに向き合って立ってるラフとメグの前で足を止めた。

 そんな彼女の前で、ラフがおずおずと口を開いた。


「あの……」


 領主息子の仮面をかぶるのも忘れたラフの声は、震えていた。メグはラフを一瞥して、それから視線を下げる。そんな彼女の様子に、ラフはそこから何も言いだせずにそのまま口を噤んでしまった。

 良くない。そう思いながら、アルヴァはどちらに声をかけるか迷って、それから口を開いた。


「――メグさん」

 

 メグの華奢な肩がびくりと揺れる。しかし、彼女は顔を上げなかった。

 上質な布で出来ているであろうワンピースドレスは砂にまみれて黄色を帯びてしまっている。アルヴァはそんな彼女の肩の汚れを優しく払い、メグの片頬に優しく右手を添わせて、促すように持ち上げた。

 揺れる栗色の瞳と、アルヴァの金の目が交差する。


「ラフは、あなたを――裏切ってなど、いません」


 しっかりと強く、しかし静かに、アルヴァはメグに伝える。栗色が瞬くのをじっと見つめながら、使う言葉を吟味して、彼女は言葉を続けた。


「彼が毎日、決まった時間にいなくなると、あなたはそうおっしゃっていましたね」


 自分の後ろでラフがそわそわとしている気配を感じながら、アルヴァはメグの誤解を完全に解くために、と最良を選んで口にする。


「――申し訳ない。彼は、私を待ってくれていたんです」


 

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