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  砂漠に咲いた黄薔薇を手折れ②

 ケネスが、大きな機械兵に捕まっている。


 目の前のその光景にアルヴァの右手がじとりと汗で濡れる。

 今すぐ駆け寄って助けたい。しかし、それはできない。そんなことをしたら、メグの頭に突きつけられた銃口が跳ねるだろう。

 そんなアルヴァの心を見通したように、ケネスが口を開いた。

「……俺は、大丈夫だ……っ!」

 彼は呻きの混じった声でそう言うと、落とすことなくその手に握り続けていた剣の柄頭で、己を握っている鉄塊の手首と思しき部分を殴り始めた。

 ガィン、ガィン、と響く音に、アニエスが一瞬眉を寄せたが、それはすぐに取り繕った笑みに変わる。

「ねぇー。そこの彼、助けたい?」

 アニエスは、ケネスを振り返らずにクイッと顎だけでそちらの方を示しながら、アルヴァに声をかけた。

「助けたいわよねぇ、さっきからチラチラ向こうを見ちゃってさ。兜かぶってるからバレてないとでも思ったぁ? わかるのよ、小さく小さく顔が動いてるもの。そういうの見逃さないように訓練されてるのよね、ワ・タ・シ」

 うふふ、と楽しそうにツインテールが揺れる。アルヴァの答えなど待っていないのか、アニエスはどんどん言葉を紡ぐ。その間にも、金属を叩く音が鳴り響いていた。

「条件飲んでくれたら、考えてあげてもいいわよ。そっちのアホと、このお嬢様の解放。やだ、そんなに身構えないで。簡単な取引よ」

 馬鹿でもわかるわ、と笑いながら、アニエスはゆっくりとアルヴァに近づいてくる。抱えたメグを膝で小突くようにしながら、彼女はアルヴァが一歩踏み出せば切りかかれる位置まできた。

 でも切りかかれない。アルヴァは唇を噛みながら、兜の物見の隙間からアニエスを睨みつける。ツインテールを風に揺らす女は、ここまで近づいてなお、余裕の表情だ。

「私が持ち帰らなきゃいけないのは、アルヴァ・エクエス。竜騎士よ。ソイツのお供の赤い竜――」

 アニエスの顔が歪む。

「――忌々しい火竜がいないみたいだし、どうせどこか空の上にでも待機させてるんでしょうけど。そいつを――私に、売り渡してくれれば……二人とも無事に返せるかも」

 どうする? と舌なめずりしながら首を傾げるアニエスは、自分の目の前にいるのが目的のアルヴァ・エクエスだとわかっていない。ならば、今ここで兜を脱ぎ去れば、一瞬でも彼女の気を逸らせるだろうか。彼女がそう考えたまさにその時、ひときわ大きく金属の音が鳴り響いた。


 流石のアニエスも、そちらを見ざるをえなかったのだろう。彼女の顔が初めてアルヴァから逸れた。

 何が起きたのか、だいたい想像できているアルヴァは迷うことなく砂を蹴る。

 その音にハッとしたアニエスが再びアルヴァの方を見た頃には、すでにアルヴァの右足はアニエスの左手にある小型の銃を蹴り飛ばしていた。その事実を一拍遅れて認識したらしいアニエスの顔が怒りを混じらせ醜く歪む。

 下ろした右足を軸に、すかさず後ろ回し蹴りを繰り出して狙うのはアニエスの頭。

 躊躇なく伸びる足で、しかしふくらはぎが彼女の頭に当たるようにされた調整は、アルヴァの甘さを物語っている。

 アニエスはメグから手を離し、迫りくるアルヴァの蹴りを両腕で受け止める。しかし、対格差がものを言い、アニエスは吹き飛ばされて砂に落ちた。

 金属の軋む音と、ビーッ! ビーッ! と言う警告音のようなものが砂漠に響く。

 次の何かが起きる前に、とアルヴァはメグを抱き寄せ大きく口を開いた。

「ケネス! 大丈夫か!」

「ああ!」

 アルヴァはケネスの元気そうな声に安堵しつつ、そちらに目を向けた。ちょうど、彼が体勢を変え、自分の上にのしかかっている大きな鉄の手を蹴りどかしているところが目に入る。

「ああくそ。悪いな、心配かけた」

 ケネスは服についた砂を取り去ることもなくアルヴァの下へ駆けてきた。

「軽率に飛び込んじまった」

「いや、まさかあんなのが控えているとは私も――」

 そう言いながら、アルヴァは何があってもいいようにメグを抱えている腕に無意識に力を入れて口を開く。

「――待て、あの大きい機械兵は」

「ふざっけんじゃないわよぉぉぉぉぉ!」

 どこに、と言う言葉は、アルヴァの声に重ねるように大きく甲高く響き渡るアニエスのヒステリックな叫びにかき消された。

 そちらを見れば、ケネスを拘束していた機械兵――右手が取れて火花を散らしている機械兵が、よろよろと立ち上がったアニエスの傍に着地して、砂を舞わせていた。

 煙る砂の隙間から、怒りを孕んだ灰褐色がちらついている。


 抱えたメグを後ろに回す。弟にちらりと目を向ければ、ルカは何もかもを理解して、真剣な顔で大きく頷いた。そして彼はメグの手を引いて振り返る。それから彼の後ろで泣きそうに顔を歪めているラフの腕も引っ掴み、後方へと駆け出した。

 彼とすれ違うようにしてアルヴァの下へやってきたのはフィオナとカレンだった。

「何か、お手伝いできることは」

 口早にそういうフィオナに、アルヴァは「ラフとメグの保護を」と頼んで前を向く。フィオナの隣、カレンが何か言いかけたようだったが、フィオナは彼女も引っ張って下がってくれたらしい。

 守るべき人たちは全てアルヴァの背の後ろにいる。


「ふざけんなふざけんなふざけんなぁ! もういい、交渉は決裂よね!? つっぱねたのあんたよ、兜頭! 後悔させてやる、後悔させてやる……!」

 ふー、ふー、と荒く息をしてアルヴァを睨むアニエス。彼女の目は、次に空へと向いた。

「全部殺せば、出て来ざるをえないでしょ、竜騎士! ええ? 見てるんでしょどっかで! 殺すわ、あんたが出てくるまで殺しつくすわよ!」

 彼女は苛立たしそうにショッキングピンクの髪を引っ掻き回し歪な笑みを浮かべた。

「もう、動かしちゃえばいいか。試作機の小型機だって、人相手なら十分働くわよね」

 そうよね、そうよね、と繰り返してから、アニエスは乱れた髪を振り乱して叫んだ。

 

DEM(ディーイーエム)ベータゼロワン! 攻撃許可! 全部、ぶっ殺せぇ!」

 ぶん、と奇妙な音共に、機械兵の頭部と思しき部分に灯っていた緑の光が赤に変わる。

『音声認証……承認。殲滅行動に移ります』

 無感情な声が小さく砂漠に響く。


 守るべきを守り切るのが騎士の役目だと、アルヴァはそう思っている。

 たとえどんなものが相手だろうと――砂を弾き飛ばしてこちらに向かい来る、巨大な機械が相手だろうと、彼女がすることはたった一つ。


 ――何があっても、後ろにいる弟たちへは傷一つつけさせない。


 アルヴァは剣を握り直し、ケネスと共に駆け出した。




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