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18. マリッジブルー・イン・エレミア後編①

 イグナール城の内装の美しさを瀟洒とするなら、エレミア城の内装は優美だった。


 どこか柔らかみを感じさせる美しさの溢れた調度品に囲まれて、ルカたちは今、ソファに腰かけている。

 客室の、ではない。

「ごめんなさい、客室が全て埋まっているとは……父様にも許可を頂きましたし、今晩の宿、僕の部屋で我慢していただけますか?」


 ――そう、目の前で申し訳なさそうな顔をしているラフの自室の、である。


「そんな顔しないでくれ」

 ラフの向かい側に腰かけているアルヴァが首を振った。赤髪をくくった短い尻尾が揺れる。兜をとって膝の上に置いているアルヴァは、心配そうに口を開いた。 

「と言うか君は本当にいいのか、私たちをここに泊めて」

「はい。アルヴァさんのお役に立てるなら、とっても嬉しいんです」

 にこ、と控えめに笑うラフにアルヴァとケネスの眉間に同時に皺が寄る。前者は憂いの滲む皺で、後者は苛立ちを表す物だった。

「なんだ、あんた。随分こいつ(アルヴァ)にご執心だな?」

 ああ、ついに我慢できなくなったか。

 ルカはストールの隙間のケネスの赤紫を見ながらそう思った。

 だいたい、イグナール城で初めて会った時からアルヴァさん大好きオーラ全開だったラフに口出しせずに貧乏ゆすりで我慢していたのが、この幼馴染に関して言えば奇跡に等しいのだ。普通は、アルヴァに粉をかける男が居ようものなら全力で排除するのが彼だ。

 ケネスの言葉に、ラフがぱちくりと目を丸くする。

 ケネス、とアルヴァが窘めると、彼はフンっと短く鼻を鳴らして腕を組みそっぽを向いてしまった。

 ラフがトロリとほほ笑んだ。

「アルヴァさんは、僕の大切な人ですから」

 こっちがぎくりとするほどの甘い声だった。ルカはそろりとケネスを見た。彼は横目でラフを睨んでいる。一触即発――主にケネスが、だが――の空気を切ったのは、他でもないラフの声だった。


「大切な人なんです」

 静かに目を伏せながら、ラフが続ける。

「――七年前」

 ああ、貴族に決闘申し込み事件の時の話か。そう思いながら、ルカはラフの語る言葉に耳を傾ける。


「あの時僕は、かなり……その、調子に乗っていました。一人っ子で、何をしても許されていて……」

 恥ずかしそうに上着の裾を揉みながら、ラフは訥々(とつとつ)と続ける。

「あの時は……無理やり連れてこられた訓練で、普段から剣の訓練なんか真面目にやっていませんでしたから、全然動けなくて。……なのに周りはみんな剣の扱いが上手くて……その中でも、一等上手に剣を振るっていたのが、アルヴァさんだった」

 ちら、と確認すれば、ケネスの目から険が消えていた。服の裾を捏ねていたラフの膝に、てちてち歩いて近寄ったイグニアの手がそっと乗った。彼が元気がないと思ったのだろう、イグニアは柔らかく鳴きながらラフの顔をのぞき込んでいる。ふ、と目を開けたラフが申し訳なさそうに眉を下げて彼女の頭を撫でた。

「君にもひどいことを言ってしまいましたね」

「んー」

 ごめんね、と言って微笑んでから、ラフが言葉を続ける。

「――エレミアの城の中では、僕がなんでも一番だった。だってそうですよね、一番に()()()()ほかが無かったんだ」

 僕はひどく駄々をこねる子だったから、と恥ずかしそうにラフが再び俯いて、それから顔をあげた。

「なのに、外に出て見れば――騎士の訓練に参加してみれば、僕よりずっと凛としていて強い子がいた」

 オニキスが見つめるのは、ルカの姉。ルカの隣で凛と背筋を伸ばしているアルヴァだ。

「悔し紛れに周囲に当たり散らして、結果、アルヴァさんの逆鱗に触れて叩きのめされて――僕、目が覚めたんです」

 とろりとした声に混ぜ込まれていたのは、恋情でも慕情でもなく、純粋な憧れだったことにルカはようやく気が付いた。恐らくケネスもそうなのだろう。彼はそっぽ向いていた顔をラフの方へと戻している。

「弟くんを守って剣を振るう貴女が、どれだけ素敵だったか。一人一人に心を込めて謝りに行った貴女が――どれだけ強く見えたことか」

 煌く声が噛み締めるように囁いた。

「今のままじゃだめだって――領主の息子として、上に立つ人間として、これではだめだと思えたのはアルヴァさんのおかげなんです。その思いは、貴女と手紙を通して交流していくうちにどんどん強くなりました」

 言いながらラフは柔らかく輝く黒い瞳で、まっすぐアルヴァを見つめて笑った。

「僕を変えてくれた貴女は、僕の大切な大切な、目指すべき人なんです」


 しっとりした空気が部屋に満ちる。すっと横目で確認すれば、隣のカレンが感極まったような顔をして目元を潤ませていた。この人涙もろいな、と考えながら、ルカはほんのり熱くなった目を擦って姉に目を向けた。静かに聞いていたアルヴァの耳はほんのり赤くなっている。ここまでまっすぐ憧憬の気持ちを向けられたのは初めてなのだろう。彼女は困ったように笑いながら口を開いた。

「私、そんなにすごい人間ではないよ」

「いいえ! アルヴァさんはすごい人です!」

 静かな空気をぶち壊す子犬の声と表情で、ラフが立ち上がった。ふすふすと鼻を膨らませ、パッと輝くような笑みを乗せている彼は、年齢よりも幼く見えた。

「貴女のすごいところを語りつくしたいところですが――僕がしゃべりすぎたせいで、もう夕餉時に近くなってしまいました」

 えへへ、と笑って頭を掻いて、それからラフは首を傾げた。

「皆さん、食堂で食事をとりますか?」

 その言葉に身を固くしたのはカレンだ。彼女の懸念は恐らく自分のテーブルマナーだ。領主家の人々とテーブルを共にして失礼をしてしまわないか、心配なのだろう。その点に関しては、ルカも若干不安だったので姉を見上げた。彼女の顔がこちらを見たので、小さく首を振って見せる。目で「外で食べてきましょう」と伝えると、彼女は頷いてラフに顔を戻した。

「いや――」

 私たちは、と言う言葉に被るように、ラフが顔面一杯の笑顔で声を発した。

「わかりました! それじゃあ、皆さんのお食事、僕がここに持ってきますね!」

 ちょっと待て、とアルヴァが慌てて手を伸ばすが、時すでに遅し。ラフは見えない尻尾をブンブン振りながら部屋を飛び出して行ってしまった。




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