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  手紙と翼竜④

 事が動いたのは、夕飯の用意が終わり、ルカが公衆浴場までカレンを迎えに行った時だった。

 

 カレンは律義に、というよりはそうする他なかったのかもしれないが、きっちりと鎧を着こみ、居心地悪そうに公衆浴場の入り口に立っていた。


「カレン」


 控えめに声をかけると、金の髪が揺れて、彼女の顔がこちらを向く。

 温泉から上がって間もないのか、肌はほんのり赤くなっていて、金の髪は若干しんなりしている。


「えっと……夕食の準備ができたので迎えに来ました」


 なんとなく見つめてはいけないような気がして、ルカはそれとない動きで空に目を向けた。星はキラキラ輝いている。


「……あ、ありがとうございます」


 先ほどのことを引きずっているのか、カレンは少し硬い声だ。

 ルカは空を見たまま身をひるがえし、彼女が付いてくる足音を確認してゆっくりと歩き始めた。

 

「……」

「…………」


 続く無言が息苦しいが、先ほどの自分の辛口のせいでもある。だからルカは、ため息を飲み込んで星を眺めていた。

 遠く向こうに輝く赤い星が、きらきらと瞬いていて――。

 ルカはぴたりと足を止めた。


「ちょっと、なんです……」


 背中に何かが当たる感触も無視して、ルカはその星を睨む。ちらちらと明滅を繰り返すそれは徐々に膨らんでいるように見えた。


「あんなところに星、あったか……?」

「え?」


 ルカの言葉が早いか、その〝赤い星〟は空からこぼれ落ちた。

 嫌な風がルカの頬を撫でていく。

 どれくらい、経っただろうか。カレンがルカの横に並び立って、いぶかし気な表情でルカの顔をのぞき込んだ、まさにその瞬間だった。

 警鐘の音がシレクス村に響き渡った。

 

「えっ!? 何!? なんですか!?」


 ビクンと顔をあげたカレンが周囲を見回す。

 ルカは空に大きすぎる赤い星が再び明滅を繰り返し始めたのを確認してから、周囲を見回した。浴場から帰ろうとしていた人々は、来た道を戻り脱衣所になっている建物に駆け込み始めている。周囲を見回して、パニックになっている人がいないことを確認すると、ルカは振り返って、村の向こうにある山を見つめた。


「何なんですか、これ何の音なんですか!?」


 彼はその問いに答えずに山――マグニフィカト山に目を凝らす。


 ――マグニフィカト山。腹の内にマグマを抱えた、活火山だ。

 シレクス村の数少ない交易品である火属性を帯びた鉱石が産出される火山であり、その鉱石は精霊魔術師や薬剤師に触媒として買い求められている。

 産出される鉱石の帯びる魔力(エーテル)が高純度であればあるほど、その火山は活発、という論文がアングレニス王国内では出されている。ではマグニフィカト山はどうかと言えば、この山で採れる鉱石は、山の表面の小石でさえ良質な火属性の魔力を多分に含んでいる。ましてや、火口付近や、常に六十度以上に保たれている洞窟深部から採れるものは、最高純度を叩き出す。

 それが意味するは、マグニフィカト山はいつ噴火してもおかしくない、という事実である。

 にもかかわらずシレクス村は、そのふもと――噴火が起きれば逃げることもかなわない位置に存在している。村民たちだって、噴火におびえることなく生活している。

 なぜなら噴火それは――。


「――ねぇ! ねぇってば!」


 横のカレンを無視して、ルカは空に影を探した。やがて、それほど夜目が利くわけではないルカの目に村の後方にそびえる山――マグニフィカト山からこちらへ向かうように動く、二つの影が映る。影は急降下してルカとカレンのもとへ降りてきているようだった。

 風を切る音がルカたち近づき、その影はゆっくりと着地した。風圧で目を閉じていたカレンが恐る恐る目を開けて、それからとっさにルカの服を握る。

 

 目の前にいるのは人よりも大きな赤い竜。

 わずかな光を反射して輝く金の目に、カレンは息をのむこともできずにルカに縋りついた。

 竜がその鋭い牙の生えた口を開くと、パサリ、と布切れが地面に落ちた。

 チラリと振り返ってみれば、カレンが死を覚悟したような顔をしているのが見えた。確かに、こんなに大きな竜なら、カレンなど紙切れのように引き裂けるだろう。普通ならば。

 と、竜は二人の前に顔を動かし――。


「あっ! ルカじゃん! ねぇ警鐘鳴ってるからついてきたんだけど、なにがあったの!? みんな大丈夫!?」


 ――心配そうな声でそう言った。

 カレンが目を見開いて「しゃべった」と呆けたような声を出す。次いで降りてきた少し小さな影に乗っている人が、竜の言葉に答えるように言う。


「遠くで赤い物が瞬いた、あれは多分翼竜(ワイバーン)の火球だと思う」


 その人――アルヴァは、そう言ってルカに視線を移した。


「怪我人は?」


 間髪入れずにルカが答える。


「この辺は恐らく平気です。ただ、村の入り口付近はどうなっているか……。音もないし、魔力も騒がしくないから火事は起きてないはずです」

「そうか。でも一応」

「わかってます。『フォンテーヌ』にこちらに来てもらいます」


 アルヴァは頷くと再び空へと飛びあがった。その横、竜が声をあげる。


「じゃあ俺、怪我人とかいないか村を一通り回ってみる!」

「頼んだ!」

 

 そう叫んで、アルヴァは村の入り口方面へと飛んで行った。その一瞬後に、まだルカたちの目の前にいる竜が火に包まれた。びく、とほとんどルカに抱き着くようにしているカレンが、震える声で言う。


「い、いきなり燃えて……こ、このままじゃ火事に」


 なりません、とルカが鋭く答えた。


「火の魔力(エーテル)の申し子たる火竜が、そんな失敗するもんですか」

 

 炎の中の竜のシルエットが徐々に変わっていく。

 やがてそれは、人に翼の生えた姿となり、炎から突き出た腕が、地面に落ちた布を拾った。そして火が消える。それとともに現れたのは、背中にたくましい翼を背負って局部を布で隠した筋肉質な少年だった。


「ルカ、もし火事見かけたら鎮めとくから、焦って無理しちゃだめだよ!」


 じゃあまたね! そういって彼は分厚い飛膜を広げて飛び立っていった。

 腰が抜けたように地面にへたり込んだカレンが呟く。

 

「竜が――竜が人に、変わった……?」

 

 ――シレクス村は火山のふもとに位置する村だ。ひとたび火山が噴火すれば、飲み込まれて終わってしまう。


 しかし、しかし噴火それは――マグニフィカト山に居をかまえた火竜が火属性の魔力(エーテル)を操作して火山を御し、人々を守っている限り、起こりえないことなのである。


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