筆音が紡ぐは、忘れえぬ軌跡
静かな部屋に、若い人影が一つ。髪は夕日に赤く染め上げられている。向かう机の傍らに、豪奢ではないが剣としての美しさを備えた長剣が侍っているのが印象的な、背のすっと伸びた人だった。
その人は、そっと耳を澄ましているようだった。
鼓動と似た速度の時計の針の音。遠くに聞こえる子供の楽しげな声。静かな、静かな――平和な、世界。優しい溜め息が零れた……かと思えば、その溜め息を呼び水に息がどんどん吐きだされて、重さを増していく。
――自分たちの軌跡が本になるなんて。しかもそれを執筆するのが自分自身だなんて。こういうのって普通、誰か、その道のプロが書くのでは。
そんな風に考えたって、受けてしまった仕事はこなさねばならない。その人は、吐き切った溜め息を取り戻すように息を吸いこんで、原稿用紙にペン先を付ける。
――書き出しは……そう、これがいい。
綺麗な字が書き綴るのは、その人が仲間とともに触れた神話を、共に歩んだ神話を――そして至った神話を表すには、ぴったりの言葉だ。
『神話とは、愛の物語である』
書いた文字をなぞるその人は口に笑みを乗せて、大好きな赤に染まった空を見上げている。手にしっくりくる長剣の柄を優しく撫でながら、その人はかつての冒険を思い出すように目を閉じた。
こちらの素敵な挿絵は、『Eudaemonics ─四千年の泡沫で君ヲ想フ─ (URL:https://ncode.syosetu.com/n2170fa/)』の作者様である、社 登玄先生より頂きました!