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おっさんエルフの逆異世界生活(仮)  作者: ジェイス・カサブランカ
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第五話 大賢者と白衣の令嬢

 巨大な校舎のエントランスは金属で出来た大きな靴棚が何個も並べてあり、フジナカ・キョウトウは私をそこの端の方へと連れて行くと、内履きらしい簡易なサンダルを差し出してきた。


「それじゃ、このスリッパに履き替えてね。

 ……その靴。妙に大きいブーツね。一人で脱げる?」


「はい、大丈夫です」


 私は彼女にそう言うと、ブカブカだったブーツを縛り付けていた紐を手早く解くき、渡された内履きへと履き替えると、彼女に連れられ長く広い廊下へと出た。


 外見からも分かっていた事だが、中へ入ってみると色々な物の大きさと多さに圧倒される。


 先程のエントランスにあった全生徒分の靴箱もだが、そこに置かれていた水槽やレリーフに私は目を奪われた。

 巨大な水槽の中には大小さまざまな色鮮やかな魚が泳ぎまわり、レリーフは出来は少々拙いが、エントランスの壁一面に飾られている。


 外から見た限りでは校舎は四階建てのようだが、一階だけでも部屋数は10以上は有り、しかもその一室一室が広い。


「一階は一年生と二年生の教室になってるのよ」


「そうなのですか……ん? これは……」


 私はフジナカ・キョウトウに連れられ廊下を歩いていると、教室だと思われる部屋と廊下とを仕切りる壁に、幼少の生徒たちが描いたのであろう、様々な絵が貼り付けられていた。


「それは生徒たちが描いた絵や書道ね」


 と、彼女はその壁に飾られた絵の事を説明してくれた。


 教室の内部からは年端も行かぬ子供達の声がするが、こんな年齢から芸術までをも教えているとは恐れ入った。

 教室の一室からは、何かの楽器の音らしい物まで聞こえてくるし。

 場所によっては簡単な計算を教えていたり、語学の授業を行っている。


「この学校は、生徒の専業別に教室や教える事を分けているのですか?」


「専業別? 時間で授業の内容は分かれているけど、みんな同じ事を学んでいるわよ?」


「なんと……そうなのですか」


 と、私が疑問に思った事を尋ねると、彼女はそう答えた。

 つまりは、全員に区別なく芸術的な物まで教えているという事だ。


 こんな感じの教育方法は、私の世界の方でも貴族や裕福な者が集う学校でなら稀に見られる事でもあるが。

 しかし、そんな教育を施す為には国全体が裕福でなければならない。


 なんせ芸術や音楽などは、その子供の家がそれを支える事が出来る財力がなければ、ほぼ無駄になる教育だからである。

 そして、それを享受できる程に、国も民も裕福で余裕がなければならない。


 この街に住む者達の全員が貴族か豪商の様な裕福な者達だけなのかもしれないと感じてはいたが、この恵まれた教育環境からもそれを強く感じられるな。


 私がそんな事を考えながら、教室から聞こえてくる教師や生徒の声に耳を傾けていると、フジナカ・キョウトウは一室だけ妙に静かな部屋の前で立ち止まり


「ここが保健室なのだけれど、ヨシオ君、ちょっとここで待っててくれる?

 わたしは、少し校長の所に顔を出さないといけないのよ。

 回動先生ー、居るかしらー? ちょっと預かって欲しい子がいるのだけれど」


 と、その部屋のスライド式のドアを開けながら中へと声を掛けた。


「はーい? いますよぉー」


 すると、中からは若い女性の間延びした声が聞こえた。


 カイドウ先生?

 たしか、私に似ていると話していた人物だったか?

 それが、この声の主なのか。


 私はそんな事を思いながらフジナカ・キョウトウの影から、開け放たれたドアの中を覗いた。


 その瞬間、私の心臓は一瞬跳ね上がった。


 その部屋の中に居た女性は、確かに髪の色や目の色が私と似ていた。

 だが、彼女はエルフなどでは無く、ただの人間だ。


 部屋の中に居る白衣を纏った女性は、長く絹糸の様なさらりとした明るい金の髪に、青き宝玉とも言える綺麗な瞳をしており、顔立ちは気品に満ちた美貌を湛え、肌も輝かんばかりに白く、身に纏う白衣と相まって王侯貴族の様な雰囲気が漂う。


 私が驚いたのは、彼女の私と似た髪や瞳ではなく、ましてやその美貌や雰囲気などでもない。

 その女性が、異界門を繋げた部屋で寝ていた、あの女性だったからである。


 寝ていた時の様なだらしのない顔をしている訳ではないが、彼女に間違いない。

 彼女から微量ながら漏れ出る魔力の色合いから、私にはそれが分かった。


「どうしました、藤中教頭?

 あらぁ? 見かけない子ですねぇ。

 その子がどうかしましたか?」


「校舎の見学に来た子よ。

 案内していたんですけど、私、少し校長室に用事があるから、ちょっとの間この子を預かっててくれるかしら」


「はーい、分かりました」


 と、フジナカ・キョウトウとやり取りする彼女の姿は、寝ていた時とはまるで違い、大教会にでもいる徳の高いシスターの様だ。


「それじゃヨシオ君、ここで待っててね。直ぐ戻ってくるから」


「えっ? あぁ、はい」


 と、フジナカ・キョウトウは驚いて止まっていた私の背を押して室内に入れると、足早に去っていってしまった。


「それじゃ私とまってましょうねぇ。

 外国の子かしら? 日本語は分かる?」


「え、ええ。はい。話すだけでしたら大丈夫です」


「そうなの。それは良かったわ。

 まぁ、私も見た目は日本人には見えないから戸惑うわよね。

 さ、こっちへいらっしゃい」

 

 カイドウという名前らしい彼女は私の傍まで来ると、目線を合わせる様にしゃがみ込み、私の手を優しく取ると部屋の一角にあった椅子の所へと誘った。


「見学の子って事は、この学校に通う事になるのかしら?

 君、歳はいくつなの? お名前は?」


「名はヨシュアと申します。えっと……歳は10です」


 の見た目のはずだ。と私は『変幻齢の指輪』が機能しているか確認した。


 異界門を使い偶然忍び込む事になってしまった部屋の主と、忍び込んだ訳では無いが潜入した先で、こうして再び出会う事になろうとは……


 何者かの作為的な罠だろうか?

 もしや、私を何かしらの方法で此処へ誘導していたとでも言うのか?

 ……まずいな。ここはドラゴンの顎の中かもしれない。


 と、私が必死に表情に出さない様に考え込んでいると


「そう。それじゃ4年生か5年生になるのね。

 んー……あなた、何処かで見た事がある気がするわねぇ……」


「そ、そうですか? 初対面だと思います、が」


 と、彼女が言い私の顔をまじまじと見始め、私の心臓は再度跳ね上がる。


 やはり、あの時見られていたのか?

 だとしたら、彼女の下着を持ち出してしまった事もか?


 いやしかし、今、私の姿は子供になっているのだ。

 なら大丈夫では無いか?


 だが、それもバレているのだとしたら、此処には私を捕らえる為に用意周到に罠も仕掛けられているのでは……


「んー……、父さんの田舎……でもないし、親戚の誰か……

 あ! 分かったわ!」


 私が考えを巡らせながら会話を続けていると、彼女は何かを思い立ったようだ。


 正体がバレて居るだけならまだしも、彼女の部屋に残してきた異界門が問題だ。

 隠しはしたが、向こうへの繋がりを閉じてある訳では無いので、誰でも出入りできてしまう。

 くっ……こうなっては仕方ない、ここは多少強引にでも脱出を――


「――あなた、弟に似ているのよ」


 私が行動方針を決め、体内に魔力と気を巡らせて脱出に備えていると、彼女はそんな事を言い放った。


「は? 弟……?ですか?」


「えぇ。もう少し大きくなっていたら、君みたいになってたかしらねぇ……」


「……そうですか」


 と、私は答え、ほっとした。

 どうやら、私の正体がバレていた訳では無いようである。


 突然彼女に出くわしたため少々混乱していたが、翌々考えてみれば、こんなか弱い女性が罠を張り一人で待ち受けているなんて事は無いだろう。

 それに冷静になって周囲を見てみれば、この部屋にはそんな魔術的痕跡も罠の様な仕掛けも見受けられない。

 

 それにしても、私が弟に似ているか……

 私にも姉が一人いるが、目の前の令嬢の様な可憐で御淑やかな物では無いな。

 ここ数十年会ってもないが、あの姉であれば元気にやって居る事だろう。


 しかし、私の姉弟に対する思いと、目の前のカイドウなる女性の思いは真逆である様だ。


 彼女は「なっていたら」と言った。

 それを答えた時、彼女が少しだけ見せた悲し気な表情から察するに、あまり弟君の話は振らない方が良さそうだ。


「ところで、この部屋は何の用途に使う部屋なのですか?

 ホケンシツとフジナカ・キョウトウは仰っておられてましたが」


「あー、ここはね、具合が悪くなった生徒や怪我をした子の面倒を見る所よ」


 と私は彼女の気を紛らわせる為に話題を変えると、彼女はそう答えた。


 なるほど、これだけ大きい校舎だ。

 生徒も職員の数も多そうであるし、こういった救護施設も必要だろう。


 棚には緊急時に使うと思われるポーション類の入った瓶らしき物や、止血帯などの医療器具が収まっているし、室内は白を基調として清潔を保った様相である。

 僅かに酒精に似た香りがしている事からも、私の世界での先端医療に近い技術を要している事が窺える。


「それにしても、あなたも大変ね。

 そんなに日本語が達者って事は、育ったのもこの国なのでしょう?

 私はもう慣れちゃったけど、あなた位の歳の頃は大変だったわぁ……

 英語が苦手とかだと奇異な目で見られたりするのよねぇ……」


「は、はあ……」


「まぁ、この学校に通うなら、困った時はいつでもいらっしゃい。

 私は大抵ここに居るから」


「はい、ありがとうございます。

 その際は、ご相談に上がらせていただきます」


 私からすれば、彼女達が言うニホン語やエイ語などという単語は何ぞや?という思いの方が強いのだが。

 なにやら彼女は、自身と同じ悩みを私が持って居るのではないかと勘違いしたらしい。


 語、と言うからには、この世界でも地域や種族によって話し方に訛りがあったりするのだろうか?

 私と共通する外見を持つ彼女の悩みから察するに、どうやらこの地域では私や彼女の容姿は珍しい物なのかもしれないな。


 などと彼女と話しながら、私が考えていると


「回胴先生! すいません、ドア開けてください! 怪我人です!」


 と、突如、ドアの外から、少し前に別れたイシモトらしき者の声が響いた。

 その声に、カイドウ嬢は慌てて椅子から立ち上がるとドアの所へ行き、両手に生徒と思われる怪我人を抱えたイシモトの代わりにドアを開けた。


「なにがあったの!?」


「体育で跳び箱に激突したみたいです。

 たぶん、胸の辺りを強く打ったのではないかと……」


 と、イシモトは説明しながら部屋にあるベッドの所へと、抱えていた生徒を運び寝かせた。


「呼吸が上手く出来ていないみたいね。

 もしかしたら、肋骨にひびが入っているか折れているかもしれないわ」


 と、彼女が言った様に、運ばれて来た10歳前後とみられる女の子の生徒は、胸の痛みからか上手く呼吸が出来ていないようで、顔色が悪く脂汗も浮かべている。

 女の子の纏う気の状態からも、胸部の骨か肺腑に異常が有るのが見て取れた。


「ええと、どうしましょう? 車をもってきましょうか?

 それとも救急車ですか?」


「とりあえず車を保健室の前までお願いします。

 その間に私が状態を見ておきますので、それで救急車を呼ぶか判断しましょう」


「はい」


 と、イシモトは部屋の外に足早に出て行った。

 会話の内容からするに、怪我の状態が悪いようであれば何処かへ運んで治療するらしい。


 ふーむ……見た所、怪我の程度はそれほど酷くは無い様にみえる。

 なのに何故、何処かへ運ぼうとしているのだろう?


 普通であれば、直ぐにでも低級ポーションを使うか初級治療魔法でもかけて具合を見るのが応急処置としては常套手段のはずだ。

 それでもダメなら、高位の治療魔法を使える者を呼ぶか、それが出来る者の所へ運べばいい。


 そんな事を思いつつ、女生徒の体を調べ胸に厚手の布を乗せて何かをしているカイドウ嬢を見ていると、おかしな点がある事に私は気が付いた。

 彼女は、ここの医療担当の者だというのに、その身体からは治療の初等魔法さえも使えない程度の魔力しか感じない。


 もしや、彼女はこの学校の御飾り的な役職の者なのだろうか?

 だが、それならポーションを使えばいいだけだ。

 貴族の子供が多く通う学校なのだし、ある程度の備蓄はあると思うのだが……

 ……それすらも切らしていると言うのか?


「えっと、ヨシオ君。

 この子の胸のタオルを軽く押さえててくれる?

 それで少しは、この子も呼吸が楽になるはずだから。

 私は外のドアの鍵を開けて来るわ」


「え? あ、はい」


 と、私が状況の奇妙さに頭をもたげていると、彼女はそう私に頼んできた。


 私は言われるがままにベッドの所へ行き、そこで横になっている女生徒の胸部に置かれている、ふわりとした厚手の布を軽く押さえる。

 だが、やはりこの行為には気休め程度にしかならないのだろう。

 女の子の呼吸は依然、痛みを怖がるように弱々しいままだ。

  

 しかたない。

 ポーションを切らしていて、カイドウ嬢も回復魔法が使えないと言うのであれば、私が使うしかないか。

 大賢者で、しかも全属性の魔法に適応する資質を持つ私からすれば、回復系統の魔法であろうと容易い事だ。


「この辺か……?『ミドルヒール』」


 私は、女生徒の骨折部位に軽く手を当てると、そこへ中級治療魔法をかけた。

 これで、骨折は勿論、ある程度の内臓の損傷があっても完治したはずだ。


「はぁ……はぁ……はぁー……ふぅー……」


 と、寝かされていた女生徒は痛みが消えたのか、呼吸は深く落ち着いた物へとなった。

 先程までの痛みと苦しさのせいで、びっしょりと汗をかいているので、後は水を飲ませてから乾いた衣類に着替えさせてやれば良いだろう。


「ありがと、ヨシオ君。後は私が代わるわ」


「あぁ、カイドウ先生。

 もう治したので大丈夫ですよ。骨も繋がっているはずです」


「え? 治したって……何をしたの?」


「えーと、こちらでは何という名称なのかは分かりませんが。

 中程度の治療の術を施しました」


 と、戻って来たカイドウ嬢に説明をしたのだが、彼女の反応は妙な感じだった。


「治療の術……? あー……うん。

 えーっとね、ヨシオ君。この子は本当の怪我人だからね。

 アニメや漫画の真似事はしちゃだめよ?」


 と言いう彼女は、やんちゃな子供を叱るお姉さんみたいな感じである。


 ん……? これは……何かまずい事をしたのか?


 もしや、勝手な治療行為は、この辺の組合などの組織の既得権益にでも差し障る行為だったりするのだろうか?


「あら……?

 呼吸がちゃんと出来てるし、落ち着いてる……?

 え? あれ!? 痣も腫れも無くなってる!?」


 私が叱られた原因を考えていると、カイドウ嬢は女生徒の状態を見て今度は混乱し始めた。


 んん……?? なんだ? この反応は?


「回動先生! 車、正面まで持ってきました!

 月村の容態はどうです? やはり救急車を呼んだ方がいいですか?」


「あっ、石元先生! この子の怪我した場所って、胸のここ?

 この辺りですよね!?」


 私が彼女の反応に首をひねっていると、そこに部屋の庭に面した方のドアを開けてイシモトが戻って来て、カイドウ嬢は女生徒の胸部の服を捲り上げ胸部を指さし尋ねる。


「え……? あ、ちょッ!?

 あの、その、さすがに女生徒なので、服の下までは確認していないので正確な場所までは分かりませんが……

 どうしたんです? そこを怪我しているとマズいんですか?」


と、イシモトはそれを見て直ぐさま顔を背けると、しどろもどろになりつつ、そう答え


「あ……あの……先生。ふ、服めくらないでぇ……」


 ふくを捲り上げられている女生徒は意識がはっきりとしてきたのか、弱々しく抗議の声を上げている。


 うーむ……


 なんなんだ、この状況は……

ちなみに主人公の元の世界では、カタカナが元となった言語体系をしています。

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