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04話 解呪のポーション

「……ビックリするぐらい何にも感じねぇな」


 頭目の冷たくなった身体を見下ろしながら、セブンはつぶやいた。


 アビリティ『冷静沈着』の効果なのか、相手が同情の必要もないほどの外道だったためか、はたまたそれ以外の理由によるものか。人を殺めた後だというのに、セブンの心中には何の後悔も苦痛も生まれなかった。


「まあ、とりあえずはどうでもいいか。いま優先しなきゃならないのは……」


 セブンは、腕に刻まれた噛み傷を確かめる。


出血は止まっているが、すでに傷の周辺が、サミエルのように輝く黄銅色に染まり始めている。


「思った以上に進行が早いな」


 セブンは舌打ちしつつ、先ほど頭目が中身をぶちまけたウェストバックに手を伸ばした。


 ゲーム時代では、この中型のバックはクイックアイテム欄であり、同時にアイテムボックスでもあったのだ。


 ゲームのスキルが使用できたのだ。このバックも、ゲームと同じ働きをする、はずである。


「頼むぜ。ちゃんと機能してくれよ」


 すがるような気持ちで空になったバックに手を入れ、あるアイテムを頭に思い浮かべる。直後、手の中に固く冷たい手ごたえを感じ、引き抜くと赤い液体の入った瓶が握られていた。


 その液体の名は『解呪のポーション』。

バッドステータス『呪』を解除するための、回復アイテムである。プロメシオンなる未知の感染症に効くかどうか、確証はない。だが、ステータスの上では、セブンの状態は『呪』だ。ならば、賭けるしかない。


 セブンは手早く蓋を引き抜き、真っ赤な液体を傷口に振りかけた。


「ぐっ!?」


 とたん傷口が、いや血管が、まるで燃えるように疼いた。


「がぁあっ!」


 『冷静沈着』で抑制されている感情を、塗りつぶすかのような激痛の大波がセブンを襲う。


 激痛は、傷口から腕を這いずるように伸びていき、肩口に達しようとしていた。このままでは脳が直接、この激痛にさらされるのではと恐怖したが、幸いなことに痛みは肩口で止まってくれた。


 そして、時間にしてみれば、1分にも満たない時が過ぎ、腕全体を蝕んでいた痛みは黄銅色の輝きと共に消えていった。


「はぁっはぁっはぁっ。どうだ、畜生」


 荒い息を吐きながら腕を抱え込みつつ、セブンはステータスウィンドウを表示した。


 果たしてセブンの目論見通り、バッドステータス項目から、『呪』の文字が消えていた。


 賭けに勝利したことを確信し、セブンの口から笑みがこぼれた。


「は、ははっ。あははははっ。やったぜ! ザマあ、みやが……れ………」


 醜い化け物へ変貌しないで済むという安堵感と、これまでの疲労の蓄積が一気に襲いかかり、屈強な肉体を持つセブンをして、その場にへたりこんでしまった。


「はは……。畜生め。よりにもよって、とんでもない世界に来ちまったみたいだな」


 人を人とも思わない凶暴な無頼漢に、感染症に犯され醜く変わり果てた化け物。おまけにその化け物に噛みつかれれば、自分も化け物へと変じてしまう。


 これではまるで、世紀末ホラー映画さながらの混沌とした終末世界ではないか。


「くそっ。おい、俺を転移させた神様よぉ! もしこの声が聞こえているなら、今すぐ俺を元の世界に戻してくれよ!」


 ダメ元で叫んでみるも、神は奇跡をお示しになることはなかった。


「ああそうかい。神様、あんた最悪だ」


 セブンは負け惜しみで、天に向かって中指を立てる。


 幸いなことに、『冷静沈着』によって抑制された精神は、この現状を無理なく受け止めてくれている。期待も失望も、セブンの胸中には存在しない。あるがままを冷静に受け入れるのみである。


「とにかく、いつまでも素っ裸じゃ格好がつかねえよな」


 ひとまずセブンは、強盗に剥ぎ取られた装備を取り返すことから始めた。


 テーブルに放置された上下一対のインナーウェアを着込み、その上から大小無数の六角形プレートで組み上げられたスケイルメイルを装着する。さらに、無骨なガントレットとレガースを履き、髑髏を模したフルフェイスヘルムを被れば、完成である 。


 この世界にきて始めてのフル装備だが、特に重かったり、着心地が悪いといった不具合

なかった。装備品に付与された特殊効果も、問題なく反映されているようだった。


 武器も同じように回収、装備し、セブンは最後にウェストバックと、散らばった消費アイテムを拾い集めた。


「チッ。あの野郎、よりにもよって一番貴重なエリクサーを台無しにしやがって」


 床に残った茶色の染みと、砕け散ったガラス瓶を忌々しげに見下ろし、セブンは舌打ちした。


 兎にも角にも、多少の損失はあったとはいえ、セブンは所持品を取り戻すことができた。ならば次はどうするべきか。何をするのが最善だろうか。


 セブンはヘルム越しに顎を撫でさすり、自問自答する。


「俺は異世界に来た ばっかり。言ってみりゃ、ゲームの序盤ステージにいるってわけだ。考えろ。俺はゲームの最初にいつも何をしていた?」


 現状をゲームに当てはめて考えるという、ある種の暴挙に出たセブンだったが、今回はそれがうまく働いた。程なくセブンは、最適解にたどり着く。


「そうだ。まずは世界観を掴むために、いろんな場所を探索して情報を集めた。よし。まずはこの強盗たちのアジトを、根こそぎかっさらってやる。文句ある奴はいるか? いたら返事しろ」


 物言わぬ死体となった強盗たちに、セブンは戯けて笑いかけるのだった。


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