03話 エネミー
「さあショウタイムだぁ! やっちまいなサム!」
頭目が囃し立てるように銃で檻を叩きつけた。他の強盗たちも、次々に檻を叩きつける。
「オラオラ喰い殺せ!」
「今回は何分持つかよぉ〜」
「賭けるか? 俺は1分だ」
「なら俺は30秒だな」
「ヒャヒャヒャ」
強盗たちに煽られるように、サミエルがその醜悪な姿からは想像もできないほどの俊敏さで襲いかかって来た。
「ヴァアアア‼︎」
「ヒッ!」
正視に耐えないその悍ましい姿に、セブンは情けない悲鳴をあげ、まるで転げ回るように逃げた。
如何にゲームの世界では強者であったとしても、所詮、中の人間は引きこもりの一般人だ。完全に腰が抜けてしまっている。
「ギャハハ! なんだそのみっともないザマは!」
「ほらほらアンヨは上手」
セブンの無様な逃げっぷりに、強盗たちの嗜虐心がこれ以上にないくらい刺激され、部屋の中に下品な笑い声が響く。
そんな侮蔑にも構っていられず、セブンは文字通り死に物狂いで逃げ回るが、狭い檻の中では逃げ切れるはずもなく、ついには檻の角に追い詰められる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
獲物を逃がさないとばかりに、サミエルが両腕を広げてセブンに迫る。
「く、来るなぁあああ‼︎」
必死の懇願も、理性のない化け物に通じるはずもなく、近づかせまいと必死に振り回していた腕を掴まれる。
「ウワアア‼︎ 離せ! 離せぇっ‼︎」
喚き叫ぶセブンを無視し、サミエルは唇がただれ、むき出しになった黄ばんだ歯を、その腕に突き立てた。人間と比べると異様に鋭い歯が、皮を突き破り、肉を抉った。
「ぎゃああああっ!」
想像以上の激痛に、セブンの端整な顔から、無様な絶叫が漏れ出る。視界の端に映るHPゲージの減りは微々たるものなのに、あまりの痛みに脳が焼け、思考が吹き飛ぶ。
「あははは。終わったな。お前終わったぜ!」
「時間は、45秒か。チッ。賭けはドローだな」
「グズが! もうちょっと粘れや」
激痛に晒されながらも、鋭敏な聴覚が拾う強盗たちの身勝手な台詞に、痛みに埋め尽くされていたセブンは激昂する。
「ふ、巫山戯んな! 勝手なことばかり言いやがって! 人様の物をぶんどることしか出来ねぇPK野郎どもが!」
こんな時にというべきか、こんな時だからこそというべきか、激痛に湯立ち、まともに思考できないセブンの脳は、ゲーム脳丸出しの台詞を口にさせた。
――PK野郎?
しかし、自分の口をついて出た言葉に、セブンの思考が僅かに逆立った。
「アー。ヴァー」
「テメェもこっちに来るんじゃねぇ! 雑魚エネミーの分際で」
――雑魚エネミー?
「何を訳の分からねえことを言ってんだコイツは?」
「ビビりすぎてイカれちまったんじゃねぇか?」
強盗たちは、愉快愉快とセブンを指差し嘲笑した。
(PK。雑魚エネミー。敵キャラ)
しかし、強盗たちの笑い声を無視してセブンの脳は、冷え始めていた。
【アビリティ『冷静沈着』発動。恐慌状態をディスペル】
視界の隅に映る、ゲームのアナウンスログに、その一文が追加された瞬間、セブンは完全に冷静さを取り戻していた。
「ヴァー……ア゛ー……」
耳障りな唸り声に顔を上げると、サミエルが再び噛み付こうと、目前まで迫っていた。だが、落ち着いて見れば、その動きはクロスベルジュでエンカウントするモンスターよりも鈍い。
噛み付かれた時のHPの減り具合も、こちらが丸腰であることを考えれば、その攻撃力は序盤に出現する初心者向けモンスター並み。即ち、このおぞましい姿をした化け物は、見掛け倒しの雑魚キャラだ。簡単に、殺せる。
(そうだ。こいつらはPKプレイヤー、そしてエネミーだ。人を殺して所持品を奪う最低のクズ野郎だ。だから……殺していいんだ!)
一般人なら最初から選択肢に入れない、不穏な考え。
だが、自分の身体がゲームのアバターになってしまったという現実離れした現状に、セブンは、どこか夢の中にでもいるかのような感覚で、暗い決意とともに拳を握りしめる。
「ヴァー……ヴァガッ⁉︎」
噛み付こうと大口を開けてきたところへ、体重を乗せたアッパーカットを叩き込み、強制的に口を閉じさせる。
【スキル『帝国軍式軍隊格闘術』発動。人型エネミーにダメージ30%プラス】
突然の反撃によろめくサミエルに、セブンはワン・ツーを放ち、続けてボディブロー。サミエルが、くの字に折れたところで、膝蹴りで無理やり体を起こさせ、最後に後ろ回し蹴りでフィニッシュとした。流れるような見事な打撃技のコンビネーション。
リアルでは喧嘩も満足にしたことのない七海だが、スキル補正を受けたセブンの身体は、まるで突き動かされるように、拳と脚を繰り出していた。
蹴り飛ばされサミエルが激突し、檻全体がグラグラと揺れた。
「ひっ⁉︎」
「な、なんだこの野郎突然!」
「くそっ。何やってんだこの化け物が! さっさと喰い殺せ!」
囃し立てる強盗たちに突き動かされるように、サミエルはよろよろと体を起こす。
「言いなりの操り人形か。憐れだな」
その様子にセブンは憐憫の言葉を口にする。だが、手加減はしない。そんな義理もないのだ。
再び向かって来るサミエルに、セブンは水面蹴りを繰り出す。棘で割り増しされた大柄なサミエルの体が宙に浮く。そこへすかさずセブンは、背中を使った体当たりを繰り出す。
【スキル『鉄山靠』発動。対象にノックバックの追加効果】
クロスベルジュでは、敵を吹き飛ばす効果のある体術系スキルは、この世界においても効果を発揮した。
まるで車に跳ね飛ばされたようにサミエルの体が宙を舞い、檻の扉に激突した。
錆の浮かんだ蝶番は、その衝撃に耐えきれずに甲高い音を立てて、サミエルを巻き込み扉ごと吹き飛んだ。
「げぇっ⁉︎」
「ウソだろ!」
「ひぃっ。こっちに来るな化け物!」
檻から蹴り出されたサミエルが、近くにいた強盗の一人に襲いかかった。
もともと理性のない化け物。檻の中という襲う対象が一人しかいなかったからこそ、執拗にセブンに襲いかかっていた。だがこの瞬間、文字通り檻から解き放たれたサミエルは、目につく人間を無差別に襲い始めた。
「ぎゃーーーっ‼︎」
セブンほどに格闘術に長けていない盗賊は、抵抗する間も無く首元に噛み付かれ、頸動脈を食い千切られた。
サミエルは立て続けに、二人三人と犠牲者を増やしていく。
「トニーがヤラれた!」
「チクショウ! 早く殺せ! 手遅れになるぞ!」
「誰を⁉︎」
「バカっ。全員に決まってるだろ!」
頭目のダミ声に弾かれるように、強盗たちは武器を手に取り、今なお暴れまわるサミエルに突撃していく。
「畜生、畜生!」
驚いたことに、サミエルに食い殺された仲間たちの死体にまで、強盗たちは武器を振り下ろしていった。
「何やってんだあいつら」
狂気とも思える強盗たちの行動に、セブンは嫌な予感を感じつつ檻から脱出する。
「やってくれたなこのクソやろう!」
頭目が憤怒の形相で、セブンにリボルバーの銃口を向けてきた。
銃口から目をそらさず、セブンは戯けるように肩をすくめる。
「先に喧嘩を売ってきたのはそっちだろうが。それより、あれはなんのマネだ? 死者への冒涜じゃないのか?」
セブンは顎で、悲痛な顔で仲間の死体を滅多刺しにしている盗賊を指す。
「バカかテメェは! ああでもしねぇと、アイツらまで俺達に襲いかかって来るだろうが!」
焦燥感をにじませる頭目の様子に、セブンは自分の予感が的中していたのを感じた。つまりは、そういうことなのだろう。
「つまり、プロメシオン感染者に噛み付かれたら、その相手もあんな化け物になっちまうってことか?」
「決まってんだろうが! ヒ、ヒヒッ。テメェもサムに噛まれてんだ。長くても数日で、晴れて化け物の仲間入りってわけだよ、ザマァみやがれ!」
セブンが横目でステータスを確認すると、確かにバッドステータス表示欄に『呪』という項目が追加されていた。
ゲームでは、グールやゴーストなど死霊系のモンスターからダメージを受けると、一定の確率でかかるバッドステータスで、一定時間、アバターのコントロールができなくなるというものだった。
この世界におけるプロメシオン感染者の症状が、クロスベルジュの概念に当てはめられた結果だろうか。
「テメェは変異しても殺してやらねぇ! サムと同じように飼い続けてやる。永遠の地獄を味わいやがれ!」
唾を飛ばしながら喚く頭目だが、アビリティ『冷静沈着』の効果か、セブンは恐怖を感じなかった。それどころか、アビリティやスキルといったゲーム要素が現実となった今なら、問題なく治療が可能であるとすら考えていた。
その為にはまず、この場にいる敵を全て倒す必要がある。
セブンは素早く視線を走らせ、残りの敵を確認する。サミエルに襲われ、命を落としたのは4人。
「ア゛……ア゛ア゛………」
「クソ。この化け物が」
「今まで生かしてやった恩を忘れやがって」
そのサミエルも、生き残った3人の強盗達に袋叩きにされ、虫の息になっていた。
(相手をしなきゃならないのは、4人か)
セブンはまるでゲームをしている時のように、冷静に、冷徹に、そして僅かばかりの喜悦と共に戦闘方針を定めた。
【スキル発動『アクセルLvⅤ』。基本速度プラス25%】
加速スキルの発動と共に、セブンの四肢に発光する幾何学のラインが浮かび上がる。
明らかに尋常ではないセブンの様子に、頭目は慌てて引き金に指をかける。
「テメェ、何を……っ」
――バキン
頭目は、自分の腕の中から響いた、乾いた枝を折るような音に口をつぐんだ。見ると、本来なら関節の存在しない膳椀部が直角に折れ曲り、おびただしい出血と共に、腕の中から骨が突き出していた。
視認すら困難な速度で動いたセブンが、両手で挟み込むようにして頭目の太腕をへし折ったのだ。
「……あ? あ、ああ、あああああああっ⁉︎」
どこか現実離れした光景に、しばし惚けていた頭目だが、わずかに遅れて襲ってきた激痛に、強引に現実に引き戻される。
ダラリと弛緩した手から、大型のリボルバーが溢れ落ちる。
頭目の悲鳴に、驚いて顔を上げた強盗達が見たのは、テーブルに放置された『炎雷のコピッシュ』を掴み上げるセブンの姿だ。
「こ、このっ!」
オートマチック拳銃を持った痩せこけた盗賊が、引き金を引いた。
タンッタンッと、思いの外軽い銃声と共に放たれた弾丸は、しかしセブンに掠る事もなく壁に小さな穴を開けるだけだった。
盗賊の射撃の腕がお粗末だったのではない。加速スキルによって底上げされ、常人にはもはや瞬間移動としか思えないような速さで、セブンが銃弾を避け、盗賊のすぐ目の前に迫っただけのことだった。
「ひっ」
突然、自分の目の前に現れたセブンに、盗賊は銃を向ける。
だが今度は、引き金を引く間も無く、腕を斬り飛ばされた。
金属をも焼き切るコピッシュの高熱の刀身に血管を焼き潰され、傷口からは一滴の出血もなかった。
「ぎ……」
まるでおもちゃのように宙をまう自分の腕を見上げ、悲鳴を上げようとした強盗だが、セブンはそれすら許さず、首を斬り飛ばした。
「こいつっ‼︎」
「ぶっ殺してやる‼︎」
残りの2人の強盗が、セブン目掛けて鉄パイプと斧を振り下ろしてきた
しかし、クロスベルジュ基準では初心者すら装備しないような粗末な武器と、初心者並みの身体能力では、カンストプレイヤーであるセブンの足元にも及ばない。
「が……」
「ぐげっ」
鎧袖一触とばかりに、あっけなく斬り伏せられる。
轟音が鳴り響き、セブンの足下に穴がうがたれた。
「畜生! カンパニーのクソ飼い犬野郎がっ」
振り返ると、折れた腕をかばいながら、残った腕で銃を構える頭目がいた。
解放骨折の激痛に、顔からはおびただしい冷や汗が流れ出ている。
「何度も言ってんだろうが。俺は、カンパニーとは何の関係もねぇっての」
コピシュを肩に担ぎ、セブンはやれやれと首を振る。
「うるせぇ! ぶっ殺してやる!」
「その前に、後ろ見ろ」
セブンの言葉につられて、ではなく、自分の背後から迫る気配に頭目が振り返ると、息も絶え絶えになりながらも、プロメシオン感染者特有の執拗さで襲い掛かるサミエルの姿がそこにあった。
「ひっ!?」
完全に不意を突かれた頭目は、片腕が利かないことも相まって、あっさりと首筋を食い破られる。
そこでサミエルは何かに満足したかのように力尽き、その眼からは急速に光が失われていった。これまで散々な扱いを受けてきたことに対する、最後の復讐だったのかもしれない。
「がっ! だ、誰か、助け……っ!」
絶望と苦悶の表情を浮かべる頭目に、セブンはコピッシュを振り上げ、冷たく言い放つ。
「だから言ったろ? 後悔させてやるってよ」
苦しませず、一太刀の元に介錯してやったのは、せめてもの情けだった。