02話 プロメテシオン感染者
「気分はどうダァ、カンパニーの犬っころサマよぉ〜」
「オラ、黙ってねぇで犬ならワンワン吠えてみろよ」
「ワンワォ〜ン、ヘッヘッ。ギャハハ」
10人近い薄汚れた人相の悪い男たちが、七海の入れられた檻を取り囲み、口汚く囃し立ててくる。
檻の中では、なす術のない七海は、とりあえず男たちから離れようと檻の真ん中に陣取り、油断なく身構えていた。
少しでも弱腰の態度を見せれば、男たちはさらに調子に乗ってくると考えたのだ。何よりも、今にも折れそうな自分の心を奮い立たせるためでもあった。
「ちっ。群れなきゃ何もできねぇカンパニーの犬っころの分際で、生意気な野郎だ」
しかし、そんな七海の態度が気に障ったのか、強盗の頭目と思しい髭面の男が、苛だたしげに檻を蹴りつけた。
そんな強盗たちに内心チビりそうになりながらも、七海は側から見れば、冷徹に強盗たちを睨みつけた。
キャラメイク時にこだわった、無骨ながらも端整な顔立ちも、凄みのある雰囲気を出すのに一役買っていた。
(それにしてもこいつらの格好って……)
八割がたハッタリで盗賊たちにガンつけながら、七海は彼らをつぶさに観察する。
どいつもこいつも薄汚れ、擦り切れた衣類を身につけ、人によってはその上から鎧のつもりなのか、サビの浮かんだ鉄板を吊るしている。
問題なのは衣類の方だ。かなり痛んで入るが、それらは革ジャンだったり、何かのロゴが記載されたティーシャツだったり、ジーンズであったりと、七海の暮らしていた世界とかなり似通った服装だった。
さらに頭目は、カウボーイハットをかぶり、腰にはなんと大振りの回転式拳銃までぶら下げていた。
頭目の隣に侍る痩せ型の男に至っては、これ見よがしにオートマチックの拳銃までチラつかせてくる始末だ。
ミリオタではない七海には、種類まではわからないが、威力よりも装弾数を重視した設計であるように見えた。
(異世界転生っていったら、もっとこう、剣と魔法の世界ってイメージだったけど。ずいぶんと現代チックな世界に来ちまったらしいな)
どこかズレた感想を抱きながら、七海は残りの強盗たちの武装を確認していく。幸いなことに銃持ちは二人だけのようで、残りはナイフや鉈や、斧、鉄バットなどで武装している。
リアルの七海にとっては、それでも十分な脅威だった。だが、いまの七海に、いやセブンにとっては、この程度の連中なら丸腰でも勝てる自信が、そして確信があった。
セブンの体になったことで、他者の力量への嗅覚も身についたのだろうか。此奴らからは、強者が発する独特の危険な感覚がしてこない。
檻から出ることができれば、苦もなく制圧できるだろう。最も、檻から出ると言うのが一番難しいのだが。
「おい。ここはどこだ。なんで俺はこんなところにいる。お前たちは誰だ」
現状打破のため、セブンは取り敢えず強盗たちに質問をぶつけてみた。
「ああ? ここがどこだって? 決まってんだろ。ここは地獄の一丁目、その中でも最悪の糞溜めさ。テメェはそんな地獄のど真ん中で、呑気にもぶっ倒れてたんだよ。俺らはそんなお前を、親切にも我が家に招待してやったんだ。感謝してほしいね」
頭目の言葉に、強盗たちがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
「そして俺らは、お前らカンパニーに一方的に搾取される、哀れな子羊さ」
「待て。さっきから言ってるカンパニーってのは何だ? 俺はそのカンパニーとやらとは全く無関係だぞ」
セブンの言葉に、頭目は苛だたしげに檻を蹴飛ばした。
「スッとぼけてんじゃねぇぞ! あんな上等なプロテクトスーツを装備しておいて騙されるとでも思ってんのか!」
そう吠えて、頭目はテーブルの上を指差した。
「なっ!? それ、俺の装備じゃねぇか!」
テーブルの上に乱雑に置かれていたのは、セブンがクロスヴェルジュで愛用していた数々の装備だった。
髑髏を模したフルフェイスヘルメット。黒龍の筋繊維で編み込まれた漆黒のウェットスーツ。六角形のプレートで組み上げられたスケイルメイル。折りたたまれた無骨な複合弓。投擲用のナイフ。サブウェポンの斧剣とソードブレイカーに、アイテムボックスの機能を備えたウェストバックも無造作に置かれていた。
「今時、こんな上等なもの持ち歩けるのは、カンパニーのトゥルーパーぐらいだろうが。しらばっくれてんじゃねぇぞ!」
「テメッ! 何勝手に……」
そこでセブンは、はたと思い至る。つまり自分は、この男たちに装備を引っ剥がされたのではないか、と。
その時の光景を想像して、背筋が泡立った。アバターの性別を女性にして置かなくてよかったと、つくづく思った。TS転生などしていようものなら、それだけでは済まなかっただろう。
もしくは、この中に男色の気がある奴がいなかったことに、七海は心の底から安堵した。どこがとは言わないが、妙ないたずらをされた気配は微塵もないのである。
「って、んなことより、俺の装備返しやがれ! 人ものは取っちゃいけないって母ちゃんに教わらなかったのかよ!」
「ハッ。俺がお袋から教わったのは、取られる前に取れ、だよ。そもそも、俺らから散々奪って来たお前らカンパニーが言えた義理かよ」
「だから、俺はカンパニーなんか知らねぇって言ってんだろ」
「まだしらを切るつもりか? それともテメェあれか? 脱走兵か? なら、なおさら捨て置けねぇなぁ」
頭目が嫌らしい笑みを、より一層歪めた。それはもはや、凶相と言っていいほどだった。
「正直、お前の扱いに困ってたところだったんだよ。下手に殺しちまってもしバレたら、カンパニーへの反逆行為とも取られかねないからな。だが、お前が脱走兵なら話は別だ。なにせお前も言ってた通り、カンパニーとは無関係、なんだからよぉ〜」
どこか不吉なセリフとともに、頭目は気取った仕草で指をパチンと鳴らした。
しかし、強盗たちは意味がわからなかったのか、ポカンとして隣と顔を見合わせわせた。
「……サムの野郎を連れてこいって言ってんだよ! それくらい察しやがれ!」
頭目がどやしつけると、何人かの男たちが慌てて隣の部屋に駆け込んでいく。
気を取り直すように咳払いすると、頭目はセブンをねめつけるように笑みを浮かべた。
「これから面白いショーを見せてやるよ。せいぜい期待してくれやカンパニーの、おっと、カンパニーとは関係ないんだったか。テメェ、なんて名前だ?」
「……なn、いや、セブンだ」
「ふん。妙な名前だな。まあ良い。墓には間抜けなセブンここに眠るって刻んでやるよ」
そう言うと頭目は踵を返し、テーブルに散らばったセブンの装備を物色し始めた。
「おい! それは俺のだって言ってんだろ!」
「そのザマでほざくんじゃねえよ。それにしても、質がいい割には妙に古臭い装備だな。最近のトゥルーパーは、弓なんざ使ってんのか?」
頭目が無遠慮に、セブンの分身とも言える愛用の弓を手に取り、引き絞ろうとした。
だが、カンストレベルのセブンに合わせてオーダーメイドされた特注品だ。強盗の頭目程度の筋力ではビクともしなかった。
「チッ。なんて固え弓だ。こんなモンよく使えるな」
頭目は腹立たしげに弓を投げ捨て、物色を再開した。
「テメェ! いい加減にしやがれ! マジでぶっ飛ばすぞ!」
あまりにも傍若無人なその行いに、セブンは怒り心頭で怒鳴ったが、頭目はもはや相手にするもの面倒だと言わんばかりに無視し、今度は斧剣を鞘から抜き放った。
「んだこりゃ? 妙ちくりんな形のマチェットだな」
拳一つ半程の直刃と、そこから伸びる半月を思わせる曲刀を、頭目は物珍しそうに矯めつ眇めつすると、徐ろにその刃をテーブルの角に叩きつけた。
金属製のテーブルの角が、まるでバターか豆腐のように切り落とされた。しかもその切り口は、熱を帯びて僅かに融解している。
『炎雷のコピシュ』。それが、かつてレッドドラゴンの鱗をたやすく貫いた剣の正式名称である。
斬撃時に高熱を発し、MPを消費することで電撃も纏う一級の武器である。
その予想外の切れ味に頭目はしばし唖然とし、次の瞬間、おもわずといった様子で哄笑をあげた。
「ハッハー! 何だこりゃすげぇ! ヒートブレードって奴か!? すげぇ! さすがはカンパニー。こんな代物まで開発していたとはな」
頭目は興奮を隠そうともせず、子供のようにはしゃぎながらそこらに積まれた箱や鉄パイプを斬りまくった。
その様子に、セブンは歯噛みする。まるでPKプレイヤーが他人から奪った装備を自慢しているかのような浅ましさと、腹の底が湯だつかと思うほどの屈辱感を覚えたのだ。
そんなセブンの心情など無視して、頭目はさらに荷物を漁る。
次に目をつけたのは、ウェストバックだった。
もはや遠慮もへったくれもない頭目は、乱暴な手つきでウェストバックを逆さに振り、中身を取り出す。
クイックアイテム欄に収められた即効性を重視された高レベルの回復アイテムや、高威力の消耗アイテムがバラバラとテーブルの上にこぼれ落ちる。
「おいおい。酒なんてもんもあるのかよ」
頭目は嬉々として、褐色の液体の詰まった小瓶を手に取る。当然、それは頭目の期待するようなものではなく、だがある意味想像以上の代物である。
クロスヴェルジュで最高の回復アイテム、『エリクサー』だった。HPとMPを完全回復するゲーム内においても非常に希少なもので、セブンもいざという時のお守りにバックに入れたものを含めて、数本しか所有していない。
「おい! それに手を出しやがったらマジで承知しねぇぞ!」
セブンの怒りを無視して、頭目は小瓶の中身を呷った。
「ブゲッ!」
そして直ちに吐き出した。現実のエリクサーは、非常に不味かったらしい。
「巫山戯んな! 何だこの馬の小便はよぉ! 期待させやがって!」
頭目は、まだ半分ほどが残った小瓶を地面に叩きつけ踏みにじった。瓶は粉々に砕け、地面に茶色いシミができる。
「……テメェ、あとで絶対に後悔させてやるからな。覚悟しとけや」
もはや怒りも通り越したといった風に静かに宣言するセブンを、頭目は嘲笑う。
「ハッ! 覚悟するのはテメェだよ。ちょうど来たようだぜ?」
頭目が顎をやった先を見ると、強盗たちが、鎖や刺又のような器具を使って一人の人間を連れて来ていた。
いや。果たしてソレを、人間と呼んでいいものだろうか。
ソレは、確かに直立二足歩行だった。腕の末端には、道具を扱うのに特化した5本の指も生えている。
人間の最大の特徴を、ソレは確かに備えていた。だが、逆に言えばソレを人間と判断する要素は、その二点だけだった。
全身の皮膚の大半が捲れ、血管と思しき管には、鮮血の代わりに輝く黄銅色とでも言うべき悍ましい液体が流れ、血管を醜く浮かび上がらせている。
体の所々から、腫瘍のような棘が生え、まるで子供の落書きのように輪郭を不自然に歪めていた。
凡そ、生物としての合理性を欠いたその醜悪な姿は、モンスターや化け物といった表現では追いつかない。正にクリーチャーといった表現が、正鵠を射ているように思えた。
思考能力も皆無なのか、時折、「アー」「ウー」と、意味のない唸り声を上げる有り様が、さらにその考えを加速させる。
「な、なんだソイツは!?」
「ご紹介いたしましょう! この色男の名は、サミエル・ホイットナー。親愛なる俺の甥っ子にして、感染度65パーセント越えのプロメテシオン感染者さ!」
漸く明確な怯えを見せたセブンに気を良くしたのか、頭目は愉快そうに口上をたれた。
「プ、プロメテシオン感染者?」
「ハッ! お前らカンパニーの支配地域じゃ、感染度が50を超えると問答無用で殺処分しちまうからな。ここまで重篤の感染者を見るのは初めてだろうよ」
楽しくて仕方ないといった様子で、頭目は檻の扉を開けた。
咄嗟に檻から飛び出そうとするセブンに、頭目は銃を突きつけた。
「動くんじゃねえ」
向けられる銃口に、セブンは一瞬だけ怯んだ。銃というものの威力が想像がつかなかったし、現実となった今の状況でダメージを受けることに、及び腰になったのだ。
ゲームの時ならばHPの数値が減るだけで済んだ。死んでもデスペナルティを受けるだけで、生き返ることもできた。だが今は、それだけでは済まないだろうということを本能で感じ取ったのだ。
触覚がここまで鮮明になっているならば、数値的には大したことのないダメージでも、場合によっては、それこそ「死ぬほど」痛むだろう。
死んでも生き返る、などという奇跡は絶対に起こらないだろう。
それが分かってしまったからこそセブンは、あきらかな格下の脅しに屈してしまったのだ。
「そうそう。そうやって大人しくしてりゃ……苦しんで死ねるからよぉ!」
そう吐き捨てるや否や、頭目はサミエルを檻の中に蹴り入れ、素早く扉を閉めてしまった。
「さあショウタイムだぁ! やっちまいなサム!」




