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01話 知らない天井だ

 最初に目を覚ました時の七海の心情を端的に表現するなら、『知らない天井だ』、だろう。


 ひび割れたコンクリート製の天井に、時代遅れの裸電球が垂れ下がり、光を放っていた。当然、七海の自室ではない。


「ハァッ!?」


 いきなり飛び込んできた予想外の光景に、七海は文字通り飛び起きた。


「どこだここ?」


 慌てて周囲を見回す。


 そこは檻の中だった。錆びの浮かんだ鉄格子か、ぐるりと周囲と天井を取り囲んでいる。地面は天井と同じく、コンクリートが向きだしで、寝転がっていた背中が少し痛んだ。檻は大型獣用なのか、かなりの面積があった。


「え、なに? どういう事? 寝てる間に拉致られたのか俺? ウチには引き籠もりの穀潰しに払うような金なんか無いぞ」


 混乱のあまり、自虐的なセリフをつぶやきながら、七海は辺りを見回す。


 鉄格子の向こうは無人の部屋で、乱雑に物が置かれた大きなテーブルがあった。壁に備え付けられた、回転の止まった通風口の奥からは、すきま風と一緒に赤い西日の光が差し込んでいる。


「へぶしっ! って俺、裸じゃんよ」


 さっきからやけに寒いと想ったらと、七海は自分の身体を見下ろし、そこでさらなる驚愕に襲われる。


「えっ? 何この細マッチョ」


 見下ろした先には、不摂生がたたり、醜く肥え太ったメタボ体型は影も形もなく、猫科の猛獣を想起させる、しなやかに引き締まった肉体があった。腹も見事なまでに均等なシックスパックに割れている。


 そんなギリシャ彫刻のような肉体美が、白無地のボクサーパンツ一丁で白日の下にさらされていた。


 眠っている間に拉致されただけでなく、悪の軍団に肉体改造でも施されたのだろうか。七海は混乱するままに、ぺたぺたと変わり果てた自分の身体を触りまくる。


 端から見てじつに怪しいその動きは、腕に彫り込まれたタトゥーが目に入って止まった。


「Ⅶ?」


 ファンタジックな模様でデコレーションされたローマ数字の「Ⅶ」が、肩から二の腕にかけて大きく彫り込まれていた。


「まさか、この身体ってセブンか?」


 それはまさしく、クロスヴェルジュで課金アイテムを使ってまでアバターに施したタトゥーだった。


 よく見れば、唯一身に着けているパンツも、クロスヴェルジュにおいてすべての装備品を外した状態のアバターが身に着けているインナーだ。


「ってことは、もしかして……メニューオープン」


 ゲームと同じ感覚で、七海はメニュー画面を呼び出してみる。すると、まるでヘッドアップディスプレイのように、様々な項目が表示されたウィンドウが現れた。


 しかし、項目のいくつかが文字化けを起こしており、選択することができなかった。


「クソ。ログアウトはダメ。GMコールもアウトか」


 ある意味で最も重要な項目が文字化けしていることに、七海は愕然とした。もしかしたらこの意味不明な事態から逃れられるかもと期待していただけに、ショックは大きい。


 だが、七海はどこかで理解していた。自分が今いるのは、ゲームではなくまぎれもない現実の世界なのだということを。


 VRはどこまで行っても仮想空間でしかない。現実の世界とは、明確な齟齬がある。視覚の狭さ、触覚の鈍さ、嗅覚がないなど、これは現実ではないのだとプレイヤーに感じさせる感覚の壁が確かに存在するのだ。


 だが、今の七海にはそれがない。


 視覚に映る光景は、ありのままを鮮明に捉え、触覚は地面に散らばるチリの一粒すらを明確に感じ取り、嗅覚は不快なカビ臭さを嗅ぎ取っている。


 本能が訴えてくるのだ。これは、まぎれもないリアルなのだと。


「ゲームキャラで異世界転生ってか。事実はSSよりも奇なり、だな。けどいきなり檻の中とか、ホットスタートもいいところだろう」


 やけっぱちに吐き捨てながら、七海はステータスの項目を選択する。


 トッププレイヤーに相応しい、カンストされたレベルと入念に計画を立ててステ振りされた各種パラメーターが表示された。


「ステータスは最後にログインしたのと同じ状態か」


 幸いなことに、弱くてニューゲームなどというハードモードではないようだ。唯一の明るい情報に、七海は少しだけ不安が軽くなるのを感じた。


 なにより、人生を狂わせるほどのめり込んだクロスヴェルジュにかけた情熱が、無駄にならなかったことに安堵を覚えた。


 七海はさらに、習得したスキルやアビリティなどの項目にも目を通し、それらの効果やフレーバーテキストを読み漁る。


 それは、いまの自分の能力を確認するという意味もあったが、どちらかと言うと現実逃避に近いものがあったのかもしれない。


 表面上は落ち着いているように見えて、実はイッパイイッパイの七海であった。


 しかし、そんなひと時は、荒々しい足音共にドアが蹴り開けられたことで終了となった。


「おーおー。ようやくお目覚めかよ。カンパニーの犬っころサマよぉ」

「ハッハー! お楽しみの時間だぜ」


 世紀末にでも登場しそうな強面の男たちがゾロゾロとやってきて、七海は内心、ガクブルになるのだった。


 どうやら七海は、強盗団に囚われてしまったらしい。


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