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プロローグ

 雄大な空を、1匹のレッドドラゴンが飛んでいる。


 その姿は、世界最強の種族には似つかわしくない程に痛々しかった。


 翼の皮膜はぼろぼろに破れ、前足は片方がちぎれ飛び、片方の眼球には矢が深々と突き刺さり隻眼となっていた。他にも雄々しい深紅の身体の至る所に矢が突き刺さっており、まるでハリネズミのような有様だった。


 そして今、レッドドラゴン目掛けて、必殺の矢が再び眼下の森から放たれる。


『GYAAAAAAAA!!』


 矢は寸分違わず、レッドドラゴンのウィークポイントの一つである尾の付け根に深々と突き刺さる。


 レッドドラゴンが、怒りに目を血走らせ、矢の飛んできた森の一角へと灼熱のブレスを放った。


 ブレスは瞬く間に森の半分を飲み 込み、深緑の大地を焼け野原へと変える。


 これでは矢を放った者も、骨まで残らず消し炭だろう。


 しかし、またしても別の方角から矢は放たれ、翼の皮膜を打ち抜いた。


 皮膜の大半を打ち抜かれたレッドドラゴンは、ついに飛翔力を無くし、地面に叩きつけられた。


 墜落の衝撃で更にダメージを受けたレッドドラゴンが、弱々しく首を持ち上げる。そしてたった一つ残った目が、自分をこんな目に遭わせた者の姿を捕らえる。


 相手は、わずかに燃え残った木々の影から、ヌルリと亡霊のように姿を表せた。手には無骨な複合弓を持ち、漆黒のインナーと、六角形のプレートで組み上げられた鈍色のスケイルメイルを身につけている。だが、何よりも目を引くのは、頭部をスッポリと覆う、髑 髏を模したフルフェイスメットだ。その姿は、見る者に嫌でも不吉な想いを抱かせる。まるで魂を刈り取る死神そのものだった。


 死神は、おもむろに背負った矢筒から矢を引き抜き、複合弓に番えた。


 ギリギリと満月のように引き絞られた弓から、カァンと響くような音がした。


『GAAAAAAA!!』


 そう思った瞬間に、レッドドラゴンの額に矢が突き刺さっていた。恐るべき速度と威力である。鋼をも凌駕するドラゴンの鱗を、あの複合弓から放たれる矢は易々と貫いてくる。


 せめて一矢報いようと、レッドドラゴンは、渾身のブレスを放つ。


 しかし、死神は人外じみた跳躍でその場から飛び退き、ドラゴンのブレスを難なくかわす。


 レッドドラゴンはたて続けにブレスを放つが 、死神は時に縦横無尽に飛び跳ね、時に地面スレスレを這うように疾走し、まるで演舞でも披露しているかのようにかわしていく。


 それだけにとどまらず、死神は回避の合間にも次々と矢を放った。それらは全て正確無比にウィークポイントへ突き刺さり、レッドドラゴンはついに地面に沈み込んだ。


 それを見届けると、死神は腰に手を伸ばし、赤い刀身に金の装飾が施された斧剣を引き抜く。


『GURURURU……』


 とどめを刺さんと近寄ってくる死の具現に、レッドドラゴンは最後の抵抗とばかりに唸る。


「終わりだ」


 だが死神は意に介さず、レッドドラゴンの身体に斧剣を突き刺した。


『GYAAAAAAAA………!!』


 断末魔を上げ、レッドドラゴンの身体が、深紅のポリゴンとなって砕け散っていった。


 ――討伐クエスト『深紅の暴竜を倒せ』が達成されました。


 ファンファーレと共に、VRMMORPG『クロスヴェルジュ』の空に『Congratulations』の文字が煌々と映し出される。


 『クロスヴェルジュ』トップクラスのプレイヤーである『セブン』こと須藤七海は、自身の偉業を称えるインフォメーションを見上げ、満足げに頷いた。


「長い戦いだったな」


 解放感と達成感を感じながら、七海は呟く。


 そう。長く苦しい戦いだった。


 本来なら、10人規模のパーティを組んで挑む高レベルのクエストを、5時間超という膨大な時間をかけて七海はソロでクリアしたのだ。


 装備を整え、各種回復アイテムを準備し、廃ゲーマーとしてのプレイヤースキルと集中力を駆使して 、七海はレッドドラゴン単独討伐という難業を成し遂げたのである。


 ゲーマーとしての挑戦心から目指したソロ攻略だが、挑戦中は何度、心が折れかけたことか。


 ハイドスキルを駆使して絶えず身を隠し、伝手をたよって手に入れた、最高レベルの職人プレイヤー謹製の弓で、針を通すような連続長距離射撃を数時間に渡って成功させ続ける。聞くだけで気が遠くなるような芸当をやってのけれたのは偏に、トッププレイヤーとしての教示と、引き籠もりの廃ゲーマーゆえの膨大な時間と、人生を狂わせる程のめり込んだクロスヴェルジュにかける偏執のなせる業だった。


 しかし、それも限界を迎えようとしている。時刻は既に深夜0時を回っており、達成感と同時に溜まりに溜まった疲労感が怒濤のように押し寄せてきた。


「あ〜 眠ぃ〜」


 VRMMOでは存在しないはずの身体的疲労感も感じ始め、七海は大の字に横たわる。リアルの時間とリンクして、見上げた先には満天の星空があった。


「このまま寝落ちしたら、最高に良い夢が見れそうだな」


 笑みを浮かべながら、七海は眠りに落ちていった。明日はどんなクエストに挑戦しようか、そんなことを考えながら。


 しかし、クロスヴェルジュの世界に七海が、セブンが戻る事は、二度となかったのである。

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