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短編コメディ

転生トラック、はぐれ旅

作者: NOMAR


 気がつけば私はいた。私はトラック、1台のトラックである。

 人の思いを受けて、妖怪、あやかし、もっけ、と呼ばれる存在は生まれる。

『トラックに轢かれて異世界に転生したい』という人々の思いを受けて、私はこの世に産まれた。


 ♪ふん、ふん、ふーん、ふん、ふん、ふん、

 ♪ふふん、ふふん、ふんふーん


 今宵も一人の青年を轢いて異世界に送った。己の本分を果たして気分良く夜道を走る。

 私は産まれて間もない妖怪ではあるが、その特性からか少しは知られるようになった。

 主には異世界の神々に、ではあるが。


 あのとき異世界の女神に怒られて自我に目覚めなければ、ただ人を轢くだけの危険な妖怪として、古参の妖怪に処罰されていたかもしれない。

 そのときには知らなかったことだが、妖怪として存在感のステータスとして、人に知られること、恐れられたり、奇妙に思われたり、噂になることは妖怪として重要なことらしい。

 産まれたばかりの妖怪は己の本分に忠実に行動するあまりに人を害して、古参の妖怪に処分されることもある。

 人を轢くだけの私は先輩方に警戒されていたようだ。


 今はそのあたりのバランスなどを考慮した上で活動している。

 なので、11ー10。

 ()せか()10(テン)せい、のナンバーのトラックを見つけたからと、無闇に飛び込まないで欲しい。


 私も妖怪として、存在感を確固たるものとしたい。有名になりたいわけではないが、人の記憶に残り、語られるような妖怪になりたい。

 なので最近は妖怪の先輩方となるべく交流するようにして妖怪のありかたを教授してもらったり、映画やアニメなどを見て人の不思議なものに対する心理などを考察したりする日々。


 ジ〇リは良い。

 なかでもト〇ロ。

 私も猫バ〇先輩のように子供たちの興味と憧れの的になりたいものだ。

 猫バ〇先輩のことを私は同じ大型車両妖怪の大先輩としてリスペクトしている。


 やはりアニメか。

 いまだに妖怪〇ォ〇チから出演以来が無いあたり、私の知名度はまだまだのようである。


 少し前に古参の妖怪のなかでも大御所のぬらりひょんが私のところに来た。

 DVD -BOX を持って。

 新参者の私を見に来たと言っていたが、

「ワシの孫がのぅ」

 と延々と孫自慢に付き合わされた。

 アニメになって良かったですね。

 散々孫自慢を聞かされて、そのままだといっしょにアニメを見るはめになりそうだったので、仕事が入ってますと断ってその場を逃げた。

 どんなにおもしろい作品でも、横から孫自慢を聞かされながらでは集中できない。

 私はひとりでじっくり見る派なのである。


 アニメともなれば子供たちの目にとまって、存在感も増すというもの。

 私もいつかはアニメに出たい。

 理想を言えば、ゲ〇〇の〇太郎のリメイクとかで。

 人を轢くだけの私では退治される側なのだろうが。

 できれば主人公サイドで、たまに主人公がピンチになったときに駆けつけるようなポジションで。

 見た目が愛嬌の無い無骨なトラックだから無理だろうか。


 〇物語も良い。だが、あれは人の思いや感情と密接な存在が出てくるのが良いのであって、そこに私のような大型車両は合わない気がする。

 それにカッコ良くスタイリッシュに、猫、蟹、猿、蛇、と小気味よく漢字一文字がバン、バン、バン、と出る中にひとつだけ『トラック』とか出てしまうと見てる人が『?』となってしまうだろう。


 いずれにしろ、まだ産まれたばかりの私はまだまだ無名の新米妖怪。

 だからと言って無闇に活動するとまた異世界の神様に怒られてしまう。

 私は私のペースで地道にやっていこう。


 鼻歌しながら走っていると、道に少女がいた。親指を上げて手を上げている。

 ヒッチハイク、なわけは無いか。

 明らかに存在感が普通の人では無い。

 私に用がある異世界の神様だろう。

 私は少女の近くに止まり助手席のドアを開ける。

 少女は普通に私に乗り込んで来た。

 運転席にも助手席にも誰もいないトラックに平然と乗り込むあたり、私を知っている神様なんだろう。

 その少女は真っ黒い着物を着ている。黒地に鮮やかな花の柄が入っているので喪服では無い。

 黒い髪に白い肌、まるで日本人形のような美少女である。


 私に用がある神様はいわゆる西洋ファンタジーのような世界の神様が多いので、和風というのは珍しい。

 乗り込んできたものの、少女は喋らずに無言。しかたないので私から聞く。

 用件は?

「人を、轢いて欲しい」

 いや、私は人を轢くことしかできないんだからそうなんだろうけれど。

 あ、前に1回クマを轢いたことがあったか。

 そして少女はまた無言。

 私に用のある神様は気軽に他所の世界にふらっと来たりするような神様なので、軽いというかチャラいというか、おしゃべりな神様が多い。

 口数の少ない神様がはじめてで対応に困る。

 えーと、どんな人を轢いて欲しいのか?

「相手は、決まっている」

 む、決まっているのか。

 異世界の神様の希望に応えるべく、このあたりの農業、工業の学校や美術大学。予備校や水産試験場や自衛隊基地の場所は把握しているのだが、今回は技能者目当てではないらしい。

 前回のような有名人だと困るので、念のためにその人物の名前を聞く。

 私の知らない名前なので問題ないだろう。

 日本人形のような少女が指差す方向へと走っていく。


 しばらく走っていくと目的の人物発見。

 痩せたおじさんが車道をふらふらと歩いている。

 さっそく轢こうと加速、

「待って」

 え?

「すぐには轢かないで」

 えー?

「追いかけて、追いつめて、怖がらせて」

 なんですとー?


 こんなリクエストははじめてで困惑するが、なにか理由があるのだろうか。

 転生後のために必要なこととか?

 とりあえずクラクションを鳴らしておじさんを追いかける。

 怯えた顔で逃げまどうおじさんを速度を落として蛇行しながら追い回す。

 転生トラックとしては、

『気がついたときには目の前にトラックが迫ってきて、俺は――――』

 的な展開で主人公を轢くべきだと思うのだが、この行為になんの意味が?

 しばらく追い回しておじさんは息も絶え絶え、恐怖で顔をひきつらせて走ることもできなくなって、それでもフラフラと脚を動かして逃げようとする。

 あー、そろそろいいだろうか?

 少女がこくりと頷いたので、私は加速して痩せたおじさんを轢く。

 車体がおじさんにぶつかる直前、少女は呟いた。

 それはまるでいつもの決め台詞のように。

「いっぺん、死んでみる?」

 あなた様わぁっ!?


 いやいやまさかこんなところで大御所の有名人の仕事を手伝うことになるとは。

 私の本分は人を異世界に送ることであって、地獄に送るのはなんか違うと思うのだが。

 地獄も異世界と言えば異世界、なのか?

「ありがとう」

 いえ、こちらもお役に立てたなら光栄です。

 ところでいつものあの3人は? 頼りになるおじさんとイケメンの青年と美人のお姉さんはどうしました?

「……インフルエンザ」

 あー、同じ職場だとひとりがかかると移ってしまうもんですね。

「助かった」

 恐縮です。

 日本人形のような美少女は一礼して帰っていった。


 なんだか見覚えあると思ったら、何度もアニメになってその勢いでパチンコにもなったお方だったのだから当然か。

 すぐに思い出せなくて新米の私が無礼な口をきいたことにも気にしてないあたり、大物って感じがする。

 どうりで貫禄があったわけだ。


 後日、あのお方のお付きの美人のお姉さんがお礼を持って来てくれた。

 わざわざご足労いただき恐縮です。

 いただいたものは、さすが分かってらっしゃる。エンジンオイルである。

 水色の多脚戦車も踊って喜ぶ高級天然オイル。

 新米の木っ端妖怪にも律儀なあたりに大御所の風格を感じる。


 ところで、私がお手伝いした回はアニメになりますか?

「あれは急に入った飛び込みの仕事だからねぇ。だからササッと片付けてしまったわけだし、無理だろうさ」

 あの、人の恨みとか、命がけで呪ったりとかなんじゃないんですか? そのササッと片付けられてしまった人の恨みとか、気になるんですけど。


 またなにかあれば、お手伝いしますと言ったところにっこり笑って、じゃそのときはよろしくね、と一言残して帰っていった。

 む、サインをもらうのを忘れてしまった。

 次に機会があることを期待して色紙を用意しておこう。


 私はトラック。妖怪『転生トラック』

 今夜も人を異世界に転生させるために夜道を駆ける。

 

 いつかアニメに出る日を夢見て。



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