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隣のテディのほっこりランチ

テディは今日もキッチンに立つ

作者: パルコ

「隣のテディのお弁当」続編です!

ハイスクールごはんライフ第2弾


「隣のテディのお弁当」のテディのセリフである「作る人いない」理由も。

 AM6:40。いつものように俺はベッドから抜ける。冷水で顔を洗って、毎日使っている黒いエプロンを部屋着の上から着けた。


 三年前から始めたものはすっかり習慣になって、今では自然に台所に足が向くようになっている。母親の亜純あすみはまだ寝ているだろう。今日も出勤日だったはずだし。そんなことを考えながら炊飯器を開けた。


 まだ熱いご飯を平らな皿に広げておく。こうすれば短い時間でご飯を冷ますことが出来る。それから、昨日の夜に作って置いたきんぴらごぼうを冷蔵庫から。お弁当に入れるから普段より濃いめの味付けにして、今回は細く綺麗に作った。普段は面倒だから太いささがきで作るんだけど。次に冷凍庫から作り過ぎた昨日の晩御飯を出しておいて解凍する。そうだ、亜純に遅くなることを伝えなきゃ。


 亜純は三十四歳には見えない童顔と本来の甘えたな性格で店でも人気があるらしい。俺がまだ小さい頃、亜純が駅近くのスナックバーで働いている間はおばあちゃんが俺を見てくれた。料理はおばあちゃんの手伝いをしているうちに上達した。


 亜純はいわゆる未婚の母で、俺が生まれて間もなく今の店で働きだした。俺は男に媚びて、女として生きてる亜純が嫌でたまらなくて、丸一日口をきかないでいることが、中二の頃まで続いた。それを変えた出来事が、高校受験を考える季節になってからで、おばあちゃんが俺を呼んで、通帳を渡してきた。通帳は俺の名前だった。おばあちゃんがにこやかにしている前で開いたら、そこには七十万近い残高が記帳されていた。

『これは、お母さんが瀬和せおの為に貯めたお金だよ。お母さんは毎月少しずつお金を入れて、このお金には一切手をつけてないんだよ』

おばあちゃんの言葉を聞きながら俺は泣いていた。亜純が俺の将来を考えてくれた事が嬉しいというより、亜純をきちんと見ようとしなかった俺自身が恥ずかしかった。男に媚びて、母親らしいことをしない母親だけど、それはお金を得て家計を賄うため。俺を育てるため。気づけば亜純の部屋で『ごめんなさい……ごめんなさい……』と繰り返していた。


 その時から、家事は俺がするようになって、早起きすることも習慣になっていった。数年前を回想し終わったところで亜純の部屋に入った。

「亜純おはよう」

「ぅん……瀬和……おはよう……」

「今日、部活あるから遅くなるよ。冷蔵庫にご飯入れとくから、チンして食べて」

「わかった……アタシもう少し寝るね……」

俺は亜純の部屋から出て、ドアをそっと閉めた。



 台所に戻って、ジップパックに入った冷凍つくねに触ると微妙に凍っている。待っている間にだし巻き玉子を作って置こう。卵と白だしと、あと三温糖を少し入れる。出汁だけでも美味しいけど、砂糖を入れると角が取れるっておばあちゃんが言っていた。油を引いて温めたフライパンに卵液を流すとジュワッと卵に火が通る。少しかき混ぜてフライパンの奥に寄せたら、もう一度油をひいて卵液をまたフライパンに流す。さっきの半熟炒り玉子みたいな部分をめくって底にまで流し込む。綺麗な玉子焼きを作るコツもおばあちゃんが教えてくれた。形が崩れてもこれを繰り返せば綺麗に出来る。焼きあがっただし巻き玉子はほのかに出汁の香りがして箸で軽く叩くと跳ね返ってきた。あとは冷めるのを待つだけ。


 解凍した冷凍つくねをフライパンにぶち込んで、冷凍ブロッコリーも同じようにお湯が沸いている鍋にバラバラと落としていく。つくねは鶏挽き肉と豆腐で作った。弁当に入れることを想定して豆腐は水切りをした。焼き目がついたら、みりん、酒、砂糖、醤油を合わせたタレを煮詰めて絡めれば完成。


 ブロッコリーも茹で上がっておかずの準備が出来たところで、弁当に入れる分と、亜純の分を分けて、あと残りは俺の朝ごはんになる。冷ましている間に着替えと朝食を。バタバタと制服に着替えて(亜純が寝ているのにうるさくしたのは後で気づいた)、味見がわりに朝ごはんとして弁当のおかずを食べる。だし巻きはいつも作る甘い玉子焼きより出汁の味が強い。水分が多くて焼くのが大変だったけどなんとか綺麗に巻けているし上手くいったんじゃないかな。つくねは昨晩と同じ味付けにしたけど、昨晩より甘い味になってしまっただろうか。あの子が気に入ってくれればいいけど。あ、つくね自体は美味しい。豆腐が入ってるから普通のつくねよりフワフワしてる。

「ご馳走様。よしっ」


 ご飯もおかずも冷めたところで、戸棚から曲げわっぱを二つ出す。俺が小さい頃、俺と亜純がピクニックに使うためにおばあちゃんが買ってくれた大きめのやつと小さめのやつ。ピクニックには行けなかったけど、こんな時に役立つとは思わなかった。今は天国で休んでいるおばあちゃんに感謝します。ありがとう。曲げわっぱにご飯を半分ほど詰め、空いている部分に作ったおかずを詰めていく。うん、綺麗にできた。


 二人分作っても時間も労力もそんなに変わらなかった。思い出すのは、昨日の昼休みの約束。棒のような腕で、俺とは正反対の体型をした隣のクラスの子。「食」に興味が湧かず、一日ほとんど食べないでいるあの子。昨日、俺の弁当を「美味しい」って言って食べてくれた。俺の弁当に興味を持ってくれたから、今日のお昼を作ることを約束した。興味のあるものなら、食べてくれるかと思って。今日も上手くできたから、食べてくれると嬉しい。包んだ弁当をトートバッグに入れて、ガス栓も戸締りも全部確認して、いつもより多い荷物で家を出た。


AM8:15。俺は自転車で学校の裏門を走り抜けた。

食べることに興味のないあの子が、つくねをかじって「美味しい」と笑うまで、あと四時間半。

ここまで読んで下さりありがとうございます。

連載はもうしばらくお待ちください。

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