遊園地
遊園地には、父さんが送っていってくれることになった。
……今さら気づいたんだけど、俺、遊園地が苦手だ。ジェットコースターみたいな絶叫系は全くダメだし……子供じゃないし、メリーゴーランドとか乗るわけにもいかないし……。
つまり、遊園地に行ったところで、何もアトラクションに乗れない。そんなやつと遊園地に行って、何が楽しいのだろうか?
隣の瑠璃を見る。とてもウキウキした様子で、俺と行くなんて、本当に申し訳ないなと思う。
長い前髪が左目にかかる。
「よし、着いたぞ」
遊園地の入口前。
「ありがとうございます」
瑠璃が頭を下げる。
「悪いが、帰りはこれないから、母さんの方に連絡してくれ」
「ん、了解」
父さんの車はどこかへ行った。
……はぁ。気が重いな……
「天青、早く行こ!」
瑠璃がオレの腕を引っ張る。
「ん……あぁ」
俺たちは遊園地へと入っていった。
「天青はジェットコースターとか、大丈夫かな?」
隣を歩く瑠璃が一番聞かれて困ることを聞いてきた。
「う……ん。大丈夫……だと思うよ……多分」
「そっか。私、あれ乗りたいなぁって思って。一緒に乗ろ!」
瑠璃はこの遊園地で一番大きいジェットコースター『キング・オブ・ドラゴン』を指差していた。
――――――やっべぇ……。あれに乗ったら、俺、絶対死ぬって……。
横でとても嬉しそうにジェットコースターを見ている瑠璃の姿に、断るに断れない。
「あぁ……いいよ」
OK してしまった。
俺はジェットコースターを見る。
――――――たかがちょっと逆さまになったり急に落下する乗り物なんかにびびってんじゃねぇよ、俺。情けない。しっかりしやがれ、風斬 天青!
……そう気合いを入れたが無意味だった。
乗り込む時点でもう足は震えていたし、発進して一番最初の最高点から落下・回転している途中、時間にして1分にも満たないうちに、悲鳴を上げる間もなく意識を手放した。
気がつくと、見知らぬベッドに寝かされていた。
「よかった。気がついたんだね」
瑠璃が俺の顔を覗きこむ。
その顔はどこか元気がなかった。
「……救護室か? 大袈裟だな……」
体を起こす。
「ごめんなさい」
「ん? また謝るのかよ」
「……だって……」
自分が悪いとでも思っているらしい。
「乗るって言ったのは俺だ。こうなったのは俺の責任だ」
「でも、私が乗りたいって言ったから……」
「あーもう、うるさいなぁ」
瑠璃の頭を小突こうと手を伸ばしかけ、途中で止める。
「お前がそんな顔してたら、せっかくの遊園地が台無しだろ? 気にするな」
「……うん!」
瑠璃は笑顔で頷いた。
「よし、行くか!」
伸ばしかけていた手で瑠璃の腕を掴む。そして、ベッドからおりて外へ出た。
――――――来て、よかったな。
ジェットコースターのような絶叫系は避けつつ、色んなアトラクションに乗った。案外、楽しい。
「もう一回! どうしてもお前に勝ちたい!」
シューティングゲームは5回位やったんじゃないかな……? でも、全敗は無いだろ?!
「何でいつも負けてんだ!」
「だって天青、狙いが甘いもん」
「数打てば当たるってことわざがあるだろ?」
「まぁ、そうだけど……もう一回、やろっか」
「今度こそ、勝ってみせる!」
(その後も負け続けたのは、ここでは伏せておく……)
「あ、天青、ちょっと買いたいものがあるんだけど、いい?」
「いいけど」
嬉しそうに店の中へ入っていく。そしてちょっとしたらすぐに出てきた。
「はい! これ、あげる!」
そう言って瑠璃はこの遊園地のお土産のキーホルダーを差し出してきた。
「……俺に?」
「うん」
瑠璃がもうひとつ、俺のとは別の色のキーホルダーを見せる。
「お揃いだよ」
「……いいのか? 俺なんかで。友達とか……お前の好きな人にあげればいいのに」
「私、天青のこと、好きだよ」
突然笑顔でそう言われて、自分でも顔が熱くなるのが分かる。
――――――そ、それって一体……どういう意味だ……?
「あ、ありがとう。大切にする」
俺はキーホルダーを握りしめた。
「もうあと一個ぐらいしか乗れないけど、どうする?」
もう夕方で、時間も残りわずかになった。
「そうだなぁ……あ」
瑠璃の視線の先には観覧車があった。
「乗りたいのか?」
「……でも……天青、大丈夫?」
どうやら俺は高いのが苦手と思われているらしい。
「あれくらいゆっくりなら大丈夫。高いの自体は平気だから」
「うん。じゃあ、乗る!」
俺たちは観覧車に乗った。(受付の人に妙な視線を送られたのは、はたして気のせいだろうか……?)
乗ってから気づいたが、観覧車に乗っても特にやることがない。
――――――なんか、話すべき……だよな……
「あ、あのさ……」
話しかけるが、話題が無い。
「天青、今日はありがとう」
「え? あぁ、いや、別に、俺は何も……」
「私、誘ってもらえてすごく嬉しかった。遊園地は、ずっと行けなかったから」
そういう瑠璃は少し寂しそうだった。気になったが、家庭の事情などに深く入り込むのは初対面同等の関係である今の俺たちにはよくないと思ったから、何も聞かなかった。
「この観覧車から、天青の家は見えるかな?」
「どうだろう? 方角的には見えるだろうな」
俺は窓から家のある山の方を見る。――――何か泉の方で黒いものが渦巻いているような気がした。
――――――まずいな、あれ。異界への扉が壊れかけている……!
「天青、どうしたの? やっぱり……怖い?」
俺が難しい顔をしていたため、勘違いされているみたいだ。
「いや、そういう訳じゃなくて……ただ、泉の方が少し気になっただけだ。今夜にでも、見に行ってこようかな……?」
「怖く、ないの?」
瑠璃も薄々とは気づいているようだ。あそこが、禍々しい雰囲気になってきたことに。
「別に。それが俺の仕事だ。俺がやらないといけないんだ」
「……そっか」
もうすぐ、一番高くなる。
「そう言えばさ……」
俺は少し聞きたい話題を思い出した。
「瑠璃は、歌手とかになるのか?」
「え?」
「ほら、昨日、歌ってただろ? だから、そうなのかと思ってさ……」
「ううん。そういう訳じゃないの。ただ、好きなだけ」
「昨日歌ってた曲、何て言うんだ?」
「名前はないよ」
瑠璃は窓の外を見る。
「私が作ったの。まだ、完成していないけどね」
夕焼けがとても眩しかった。
「……いつか、完成したら聴かせろよ」
「えっ……」
「俺、中途半端は嫌いなんだ。完成したやつを、聴きたい」
少し、図々しかったかもしれない。
「もう少し自信持ったらどうだ。あんなに上手いのに。自分を過小評価しすぎじゃねぇか?」
「……そう……かな……?」
「あぁ。俺が保証する」
瑠璃はかわいくはにかみながら「ありがとう」と言った。
俺はこっそり、もらったキーホルダーをやさしく握った。