表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風斬る夜に  作者: 縦院 ゆい
夏休み
6/21

歌 

「ったく……。母さんは、何考えてやがるんだ……」

 俺、天青は今、自室のベッドで寝っ転がって、手の中に握られた2枚の紙を見つめていた。

 2枚の紙――近くの遊園地の無料招待券だ。

 なぜそんなものを持っているか――それは数十分前に遡る。


 瑠璃を部屋に連れていったあと、母さんに話しかけられた。

「天青、明日、空いてる?」

「……空いてるけど。あ、母さん、うちに女の子一人、泊まるから」

「うん、わかってる」

 なぜか母さんはニヤニヤと笑っている。

「……何か、用でもあんのか?」

 嫌な予感しかしない。

「じゃじゃーん!!」

 母さんは俺に2枚の紙を、遊園地の無料招待券二人分を俺の目の前につきだした。

「これ、いるでしょ?」

「いらねぇよ!!」

 俺の返事は0.3秒。即答だった。

 俺がそんなとこに行くようなやつに見えんのか?!

「まぁ照れるな、恋に悩める少年(むすこ)よ。せっかくの機会なんだから、好きな人と行ってきなさい」

「誰が瑠璃に恋してるんだ?!」

「私は一言も『瑠璃ちゃんと行ってきなさい』なんて、言ってないわよ? 好きな人と行ってきなさい、とは言ったけど」

「……」

 自分の顔が熱くなる。

 母さんは俺の胸にチケットを当てる。

「頑張りなさいな」

 俺は外に逃げた。ちゃっかりと2枚の紙を握りしめたまま。


 俺は、瑠璃のことが好きだ。

 小さいとき、俺と瑠璃は会った。

 名も知らない俺と遊んでくれた。

 神社付近の森で迷子になっていた瑠璃を神社までつれていったこともあった。

 そのとき車の中で、瑠璃はこう言った。

『来てくれて、ありがとう』

 そのときの声が、笑顔が、今でも忘れられない。

 俺はただ、自分の家まで連れていっただけなのに。

 お礼を言われるようなことは何もできなかったのに。

 あの瞬間、俺は瑠璃を好きになったのかもしれない。


 あのあとしばらくして彼女は引っ越してしまったらしいが、まさか、こんな形で会えるとは思いもしなかった。

 俺の想像以上に、瑠璃は可愛かった。

 だから思わず、帰ってしまいそうだった瑠璃を家に泊まれとか言って引き留めてしまった。嘘までついて。


 どうしよう。俺に、好きな女の子を遊園地に誘うなんて真似、できるのか? 友達ですら誘ったことの無いやつに。

 瑠璃はどう思うだろうか? いきなり男の家に泊まれとか言われて、もしかしたら嫌な気分かもしれない。そんなことを言ってきたやつに遊園地に誘われて、一体、どう思うのだろうか?


 近くで砂利が踏まれる音がした。

 顔をあげると、瑠璃がいた。

 俺は慌てて立ち上がり、チケットを袴に隠した。

「お前、何しに来たんだ?」

「ここ、神社でしょ? だからお参りに来たの」

 そう言って瑠璃は手を合わせた。

「天青君は何してるの?」

 君付けされていて、何かよそよそしい。

「……“君"付け、やめてくんない? 俺、そういうのあんま好きじゃない」

「あっ……ごめんなさい」

「何でお前が謝るんだよ」

「ご、ごめん」

 瑠璃は何も悪いことをしていないのに、謝る。

「ごめん、が口癖か」

 すると瑠璃はうつむいた。

 気にしてたのか。

「悪い。責めるつもりで言った訳じゃない」

「ううん、大丈夫だよ。ただ、前にもそう言われたなぁって思って。ダメだよね、謝ってばっかは」

 瑠璃は、あはは、と笑う。

「どうにかなんないかなぁ、これ」

「そういっているうちは、無理だな」

 自分を見ているようだった。

「自分で変わろうと思わない限り、無理だ。……父さんは、そう言ってた」

 数年前。

「やっぱ出来ないよ」

 俺は修行の休憩中に呟いた。

「どうしても、人と話すのは苦手だ。友達なんか、出来ないよ」

 ため息をついた。

「どうにかなんねぇのかな、これ」

「自分で変わろうと思わない限り無理だよ、天青」

 俺の独り言に父さんは言った。

「他人や、時間任せにしちゃだめだ。自分で、変わらないと」

「うん……」


 強い風を吹かせる。

 俺は黙ってその場をあとにした。


 そして、今に至る。

「どうすりゃいいんだよ……」

 悩むこと1時間。そして、そのまま寝てしまった。

「天青! 夜ご飯できたよ!」

 母さんの声で、俺は目が覚めた。

 もう7時。俺は着替えて部屋を出た。


 部屋にはすでに瑠璃もいた。母さんや父さんと仲良く話している。

 俺は黙って父さんの隣に座った。

「いただきます」

 父さんがこっそり俺に話しかけてきた。

「瑠璃ちゃんを、遊園地に誘ったのか?」

「……まだだよ。どうすりゃいいのかわかんねぇ」

 ってか、何で父さんがそんなことを知ってんだよ。

「普通に誘えばいいじゃないか」

「その普通がわかんねぇんだよ」

「まぁ、頑張れよ」

 はぁ、とため息をついた。


 結局、食事中やそのあとも、誘うことができず、夜の9時が過ぎてしまった。

 窓を開けると、夜の冷たい風が中に入ってくる。

「?」

 微かに、声が聞こえてくる。魔物の声じゃない。誰かの声だ。よく聞くと、歌だった。

「誰だ? こんな時間に」

 俺は裏口から外に出た。

 歌は、神社の方からだ。

 こっそりと近づく。

 長い髪が風になびく女の子。

 瑠璃だった。

「綺麗……」

 歌声はとても綺麗だった。


 真っ暗な闇夜 明かりがないなら 

 僕たちで 照らせばいい

 心配しないでよ 約束したでしょう?

 ずっとそばにいるよって……


 瑠璃が、こちらを向く。そして、俺がいることに気づく。

「て、天青……!」

 どうやら聞かれたくなかったらしい。

「ご、ごめん。その……、わざとじゃなくって……。ただ、気になったから来ただけで……」

「勝手に外出て、ごめんなさい……」

「いや、それいいんだけど……。それでさ、歌、上手いね」

「あ、ありがとう……」

 瑠璃ははにかみながら笑う。

「あのさ……」

 まだ遊園地に誘っていないことを思い出した。

 チャンスは、今しかない。

「明日、近くの遊園地に行かない? ……二人で、だけど」

 恥ずかしくなって、視線を反らす。

「うん、行きたい!」

 俺はその言葉を聞いて、素直に嬉しかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ