魔物の助言
天青がいなくなったあと、私は神社の近くにあるという泉を探しに行っていた。
むやみに危ないところに行くのは良くないということはよく分かっている。でも、夢で見たとき、その泉は綺麗だったから、きっと、昼間に見たらもっと綺麗だろうなぁと、写真を撮りたいなぁと思ったから、カメラに納めてすぐに帰れば問題ないと自分を肯定して、今、森の中を歩いていた。
「確か、ここら辺だと思ったんだけどなぁ……」
10分ほど歩いているが、見当たらない。
「あと少しだけ粘って、それでも見つからなかったら帰ろ」
私は森の奥へと足を進める。
「あ、あった……」
あれからほんの少し離れたところに、泉はあった。
夢で見たときよりもずっと綺麗だった。
「写真、写真」
カメラを取り出そうとかばんに手を入れたとき。
『おまえ、何をしている?』
突然、頭に直接響くような声がした。
「誰……?」
私の知っている声じゃない。
「みゃー」
私の足元に一匹の鎖を身体中に巻かれた青い猫。
『おまえは、風斬の一族か?』
猫が、私の足に触れる。
「まさか、あなたが喋っているの?」
私はしゃがみ、猫を撫でながら聞いた。
『いかにも。オレはリュミエール・ルアー。れっきとした魔物だ』
「みゃー」
「どう見ても猫にしか見えないんだけど」
するとリュミエールと名乗った猫が爪を立てる。
『失礼な。尻尾をよく見ろ』
そう言って(?)尻尾を振る。鎖がじゃらじゃらと音を立てる。
確かに。
その尻尾は二つにわかれていた。
『それで、おまえは何をしに来たんだ?』
「この泉の写真を取りに来たの」
『ここの、か? それはまた物好きだな。……それが済んだら、ここには二度と近づくな。特に日が沈んでからは』
「何で?」
『おまえは気づいていないのか? 自分が魔物たちに好かれやすい体質をしていることに』
私は少し悩み、
「どこが?」
と尋ねた。
リュミエールはため息をついた。
『おまえは、死んだ人間の魂は見えるだろ?』
私はうなずいた。
『魔物たちに好かれやすいヤツは一概には言えないが、オレ達のいる魔界の住人の本当の姿が見える』
「本当の、姿?」
『ああ。大抵の魔物には二種類の姿があって、夜なら誰でも見ることができる仮の姿と、今、おまえに見えている本当の姿だ。本当の姿が見えるヤツは、相当な力がある。例えば、妙に運がいいってことはないか?』
「うん、あるよ」
『それも、おまえの力が関わっている。おまえがこうでありたい、と願えば、その通りになることがある。力が強ければ強いほどその頻度が多い』
「うん、なんとなく私に力があるってのは分かったけど、何で魔物が狙うの?」
『おまえの力は、人間のままでは完全には扱えない。力を持っていても、その力で特におまえが何かできるわけではない。そこを狙って、弱い人間のうちに自分の物にしようとする魔物たちが大量にいる。そして明日の夜、オレの主人が、おまえを魔界に連れていくつもりだ。まぁ、本人が直接連れていくわけではないが』
「うそ……でしょ……?」
そんなの、イヤだよ。死にたくないよ。
『信じるか信じないかはおまえの自由。オレはお前らにこのようなことを伝えること以外、何もできない。オレは、使い魔だ。主人には、逆らえない。お前の近くにいる知り合いには気をつけろ。今回ここに来る魔物は、人間の体を乗っ取り、目的の相手に近い存在の人間に乗り換え、最終的にはお前を乗っ取って魔界に連れていくつもりだ』
「……うん……分かった。気をつける。でも、何でそんなことを教えてくれるの?」
『オレは魔物だけど、ちょっと変わっていてな。オレにとっていい人間は、守るべき存在なんだ。オレも、よく覚えていないんだが、以前、誰かと約束した気がするんだ。お前らは、いいヤツ。オレは、お前たちを傷つけたくはない。だが、主人には、逆らえない。だから、こうやって助言することぐらいしかできない。風斬の一族にも言っておいてくれるとありがたい。近くの神社にいるはずだ。気をつけろよ』
リュミエールはそういって、泉の中へ飛び込み、消えてしまった。