宇治上の神様とお話
修学旅行2日目、今日は班行動で自分たちが調べた観光地に訪れている。私たちが選んだのは宇治の辺り。私はあまり詳しくないけど、私たちの地域とはまた違った街並みを楽しみながら歩いていた。
宇治上神社に向かう道中のことだった。
「天青!おい、しっかりしろ!」
天青が、急に倒れたのだ。幸い、すぐに目を覚ましたが、明らかに具合が悪そうだった。顔色が悪く、血の気がない。
「無理すんな。」
萩野君が背中を向けてしゃがみ、嫌がる天青を無理やり担いだ。私は天青と萩野君の荷物を持とうとしたけど、他の男子が持ってくれた。
「天青、大丈夫?」
心なしか、顔をしかめているような気がする。まるで、痛みに耐えるように。
「どこか痛いところ、あるの?」
「いや、別に……。」
天青は青白い顔をそっぽ向ける。
――――――あ、嘘ついてる。
「痛いところ、あるよね?」
覗き込んでも、天青は目を閉じて寝たふりをする。
「て・ん・せ・い、正直に!隠れて怪我でもしたんでしょ?」
きっと、清水寺で見つけたあの『異界への扉』を閉じるときに、何かあったんだ。そうに違いない!それに私から顔を反らす様子から、狸寝入りだってばれてるんだよ!
「ははは、痴話喧嘩はここでやるんだな。」
萩野君は近くにあったベンチに天青を下ろした。
「天青、少し休んでろ。その間に俺たちは参拝してくるわ。瑠璃も、それでいいか?」
私は大きく頷く。
「……俺一人で大丈夫だよ。瑠璃、行ってきなよ。」
私は首を横に振って天青の隣に座った。
萩野君たちは神社の方に歩いて行った。
「天青、本当に大丈夫なの?」
天青はため息を吐いて、上着を脱いだ。襟が立っていて気付かなかったが、首に包帯が巻いてある。
「ちょっとヘマしてね……それで貧血。」
「貧血になるくらい血が出てるってことでしょ?病院とか行かなくていいの?」
「……大丈夫だろ。たかが切り傷だ。」
天青は包帯を取り始める。ガーゼが当ててあるが、血が滲んでいる。慣れた手つきで新しいガーゼを傷口に当て、また包帯を巻き始める。
「手伝うよ。」
「悪い……助かる。」
私は天青の手から包帯を取り、巻いてあげる。
「はい、終わり。」
「……やっぱちゃんと、止血できてなかったんだな……。」
「病院、行った方が――――――」
「ヤダ。」
うーん、この即答ぶり。天青、病院嫌いなんだ。
「頭は、痛くない?」
「……ちょっと痛い。」
「病院―――――」
「絶対、ヤダ。」
本当に大丈夫か心配だが、本人が行きたくないという以上、無理矢理は連れていけないな。
「瑠璃、いいのか?」
「何が?」
「参拝、行かなくても。」
「かといって、天青のこと放っておくわけにもいかないじゃない。自覚ないと思うけど、頭打ってるんだよ?いつ倒れてもおかしくないんだから。」
天青はそっぽ向く。
『そんなおぬしらに朗報じゃ。儂の方から来てやったぞ。』
「わっ!」
突然、目の前に小さな男の子(?)が現れた。服が明らかに現代のものではない、歴史の教科書で見たような平安時代くらいの着物姿。
「え、えーっと……どちら様でしょうか……?」
『儂はなー―――』
「菟道稚郎子命、だろ?」
『な!儂の台詞!』
やっぱり、普通の人間じゃないんだ。ただの幽霊かな?
「宇治上神社に祀られた二柱の神の一人だ。」
「か、神様、なんですね……!」
『そうじゃぞ!凄いじゃろ!……まぁ、元はただの人間だったんだがな。』
神様はエッヘンと胸を張る。
「で、神様がわざわざ何の用だ。」
天青、神様にため口は、ちょっと失礼じゃないかな……。
『暇じゃから、遊びに来た!』
「帰れ。」
『ひどっ!』
うん、それはひどいよ、天青。
『うわーん!番人が意地悪じゃー!』
と神様は私にじゃれつく。
「神様は、どうして天青が番人だって知ってるんですか?」
『ん?そりゃあ、この辺り一帯は儂が見てるからな、昨日こやつが扉を閉めてるのを見てたからじゃ。』
なるほど。
「そうだ、昨日、天青の怪我ってどうしてできたか知っていますか?」
天青が正直に言わないなら、神様に聞いちゃうもんね。
『それはな――――もごっ!』
天青が神様の口を乱暴に塞ぐ。
「おい、それ以上しゃべるな。」
『ふごもごもごもが!』
「天青!乱暴はだめ!」
相手は神様なんだよ!少しは敬うとかないの?!
『何するんじゃ!』
「潰すぞ。」
『ゴメンナサイ。』
神様が涙目で頭を下げる。
あ、あれ?なんだか、天青の方が上に見える……。
『そこのお嬢さん、儂ら神よりも、番人の方が立場も力も上なんじゃぞ。』
「え、そうなんですか?」
神様よりも上があるなんて思いもしなかった。
『儂らみたいな神はもともとはただの人間じゃからな。長年神をやっていても、所詮はそこらの幽霊たちにちょっと毛が生えた程度じゃ。流石に天照大神くらいになれば、番人と対等になれるがな。』
「へぇ、ちょっと意外です。」
『まっ、それでも伊達に神をやってるわけじゃない。例えば、こんなこともできるぞ。』
そう言うと神様は天青の肩に乗り、傷のあるあたりにふぅと息を吹きかけた。
「……痛みが、引いたな……。」
『そうじゃろ、そうじゃろ!ちょっとは治っとるぞ!』
「す、すごいです!」
「……ありがとう。」
『気にするでない!おぬしらの連れがもうそろそろ戻ってくるみたいじゃし、儂は帰るな!』
「はい、さようなら。」
そして神様はふわふわと神社の方へ飛んでいった。




