事の始まり
「ふぁー。暑いよー」
私、泉 瑠璃は山道をトランクを引きずりながら歩いていた。
汗が次から次へと流れる。
「何で夏は暑いのー……?」
蝉がみんみんと大音量で鳴いていた。
今日は7月28日。
なぜ私が、こんなところを歩いているかというと、その理由は1ヶ月ほど前にさかのぼる。
私は小さい頃、お守りとしてペンダントをもらったことがある。それが、1ヶ月ほど前に壊れてしまったのだ。落としてもいないのに突然、水晶玉が割れてしまったのだ。
それだけならよかったのだ。
しかし、ちょうどその頃から、ある夢を見るようになった。
はじめはただ、暗い森の中から何かが出てくるような夢だった。それが、日がたつにつれて、だんだんとはっきりと見えるようになった。森も、どこの森か分かった。出てくるものも、悪霊とか、そういった類いのものだということが分かった。
私は小さい頃から幽霊やその類いのものが見えるし、正夢を見ることも少なくない。もしかして、この夢も本当ではないか、と思った。
というわけで、私は今、夏休みという休暇を使ってその森に来ていた。
目的地は私のペンダントをくれた神社、「風斬神社」。
「あー。自転車とか……あっても登りだから意味無いか……」
がらがらとトランクが音を立てていた。
「つ、着いたぁ……」
山の頂上、風斬神社の鳥居前に、やっとたどり着いた。
木陰に座り、汗をふく。
––––––少し、涼んでからにしよう。
空を見ようと、ふと、顔を上げたとき。
視界の中に一人の少年の姿が入り込む。巫女さんの男バージョンのような服。(ごめんなさい。名称知りません……)ここの人かな?
その人はこちらに向かって歩いてくる。
––––––も、もしかして、ここにいちゃいけない感じ!?
私は慌てて立ち上がる。
「お前、ここに何の用?」
「あぁ、えっと……私、ここの神主さん? に少し聞きたいことがありまして……」
「父さんは二日前から、出かけてる。いつ帰ってくるか分からないから、また日を改めた方がいいと思う」
「えぇ!? そんなぁ……」
私はその場に座り込み、肩を落とす。
「せっかくここまで登ってきたのに……」
––––––ん? 待てよ。今、神主さんのことを「お父さん」って言ったよね……
「ねぇ、あなたでもいい!! 少し聞かせて!!」
私はその少年の顔を見上げた。
「相談は、俺じゃあ無理」
––––––ダメかぁ……
「電話番号と名前を教えてくれれば、帰ってきたときに連絡できるけど」
「あ、お願いします。私は––」
「中、上がって。ここじゃ暑いし、何しろ俺、書くもの持ってないから」
私は少年のあとについて鳥居をくぐった。
「俺は、風斬 天青。ここの神社の跡取りだ。今は父さんの代わりにここにいる」
部屋に入ると、少年はそう名乗った。
「あ、私は泉 瑠璃って言います。以前、ここでペンダントをもらった者です」
「それで?」
天青は覚えていないみたい。ちょっと悲しい。
ポケットからペンダントを取り出す。
「壊れちゃったの。1ヶ月くらい前に」
「それを直せって言うのか? たかがそんなことで、この山を登ってきたのか」
天青は自分では相談は無理とか言っていたけど、なんだかんだ言って聞いてくれていた。
「そうじゃなくて。ペンダントのことも少しは聞きたいけど。もっと聞きたいことがあるの」
「何?」
「普通の人は信じてくれないと思うんだけどさ……」
私はそう前置きして話す。
「夢を、見たの」
「夢?」
「うん。ちょうどペンダントが壊れた日辺りから、神社の近くのこの森から、何かが出てくるような夢。毎日毎日見るから、さすがにおかしいなって思ったの。私、正夢とかもよく見ているから、もしかして、その類いじゃないかなって、思って。それで、ペンダントのことと、この夢について神主さんに聞きたかったの」
「話は全て聞かせてもらったぞ!!」
突然、部屋の戸が開かれた。
「父さん!!」
天青は驚いて立ち上がる。
「いつの間に帰ってきたんだよ!」
「ついさっきだよ。ほら、二人が家の中に入った頃。いいムードだったからぶち壊すのはよくないかと思ってな」
「で、盗み聞きしていたのかよ……」
天青はため息をついた。
「あの、私、泉 瑠璃って言います。今日は、あなたに伺いたいことがあってここに来ました」
私は立って、お辞儀をする。
「いいよ、聞こう。私にとっても興味深い話だったからな。天青、お茶を持ってきてくれ」
「父さん。その前に一つ聞いていいか?」
「? なんだ?」
「さっきの、部屋に入ってくるときのセリフ、なんだっんだ?」
「アニメのヒーローが言ってそうなセリフだけど。お前、興味あるのか?」
「一ついいですか?」
私は片手を挙げて言う。
「それ、たぶん悪役が言うセリフだと思うんですが……」