萩野がいるとろくなことにならない
なんだかんだ言っているうちに、修学旅行当日になった。
「仕事、よろしく頼んだぞー」
ただでさえ憂鬱な修学旅行が、余計に重くなる。
仕事というのは、長らく閉じていた異界への扉が急に開き、魔物が現れ始めたため、もう一度閉じてほしいということらしい。最後に開いたのが室町時代前半だったらしく、それ以降一度も開かなかったため、番人はとうのむかし昔にいなくなってしまったようだ。そのため、オレが出張して閉じに行くという事態になってしまった。
――――ただでさえ調子崩しやすい行事だっていうのに……旅行に来てまで仕事かよ……
出発前だというのに、ため息をついてしまった。
「よう、風斬。もう寝てるのか。」
バスの座席に座って目を閉じていたら、同じ班の男子生徒、萩野に話しかけられた。
「……悪いか?」
「せっかくの旅行なんだから、行きくらい起きてろよ。まだ疲れてないんだし。」
隣にどかっと座ってくる。
「そういやぁ、あの時は大丈夫だったか?」
「あの時?」
心配される覚えはない。
「もう忘れたのか?ほら、あの時だよ、この間、川に落ちたじゃねぇか。」
萩野がばかでかい声で恥ずかしいことを言うもんだから、クラスメイトがこちらに注目する。
「ばかっ!!大きな声で言うなよ!」
「わりぃ。もう遅いわ。」
ほかのやつらが、「川に落ちたぁ?」「何してたらそんなことになるんだよ」などと口々に言い始めた。
「萩野、お前、まさか風斬と喧嘩でもして川に突き落としたのか?!」
そしてなぜか萩野が悪者扱いになっている。
「オレじゃねぇ!こいつが勝手に落ちたんだよ!」
俺の方を見て同意を求めてくるから、寝たふりをする。
まぁ、確かに、オレが勝手に落ちたんだけどな。
さかのぼること一か月前―――――
修学旅行の班決め。オレはいつも通り居眠りをしていた。
そして勝手に決められた班。そこは、あの瑠璃の班だった。
「天青、よろしくね。」
瑠璃があの笑顔でオレに話しかけてきた。
その時、視界に入ってきた瑠璃の友達の声が視えた。
『なんで?あいつ、不気味なんだけど。』
『せっかくの修学旅行が、台無しじゃん。』
――――どうせ、そうだろうと思ったけどさ……
「……なんで、俺を入れたの?」
「だって、天青がいると安心するから。」
オレの質問に無邪気な笑顔で答える瑠璃。
「友達、嫌がってるだろ。」
「そんなの、関係ない。みんな、知らないだけだよ。天青は、確かにちょっと無愛想だしぶっきらぼうだけど、優しいよ。」
「別に、俺は――――」
否定するより早く、瑠璃は去っていった。
――――――別に、俺は、優しくなんかない……
夕焼けの中、学校から家への道をゆっくり歩いていた。
「風斬。」
後ろを向くと、萩野がいた。たしか、修学旅行の班が一緒だった気がする。クラスのリーダー的存在のやつ。どんなやつとも馴れ馴れしいこいつが、俺は苦手だった。
「なんだよ、文句でも言いに来たのかよ。」
「なんでてめぇはいつも喧嘩腰なんだよ……。」
「そんなもん、俺の勝手だろ。」
「それがダメだって言ってんのに……。」
「そんなこと、言いに来たのか?」
「半分正解、って感じだな。」
「残り半分は?」
萩野が俺の前に立つ。
「お前、何に怯えてんの?」
心臓がドクリと音を立てた。
「小学生の時は、そんなんじゃなかっただろ。」
萩野とは、保育園時代からの付き合いだった。嫌でもお互いのことを知っている。
「……ガキの頃と比べんなよ。」
「今もガキだろうが……。」
「なんだよ、そんな戯言を言いに来たのかよ。」
「ちげぇよ!お前が一々口答えするから話が逸れるんだよ!」
はぁ、と萩野が大きなため息をついた。
「……やっぱお前、優しいんだな。」
「はぁっ!?」
突拍子のないことを言われ、思わず声がでる。
「瑠璃って、小1のとき同じクラスだったあの瑠璃だろ?」
「……なんだ、覚えてたのか。」
瑠璃は小学校一年の夏まではここにいた。萩野と瑠璃は隣のクラスだったから、ほとんど関わりがなかったが。
「お前ら、付き合ってんだろ?」
「……は?」
何言ってんだ、こいつ?
「この間の夏休み、お前、あそこの遊園地に行ってただろ?救護室から二人で出てきたとこ、ちょうど見かけたけど雰囲気よさげだったから温かく見守ってやったんだ、感謝しろよな。」
え、待って、何でそうなった?
「恥ずかしいのも分かるけどさ、彼女が頑張ってくれたおかげで同じ班になれたんだから、ちょっとは素直になれよ。ってか、いっそ公言して堂々とすればいいじゃないか。」
ポンポンとねぎらうかのように肩を叩かれる。
「昔っから、お前、瑠璃にはむっちゃ優しかったもんなぁ。ガキでも分かるくらい贔屓してたしな。」
冗談だよな?こいつ、俺をからかってるだけだよな!?
「だから、瑠璃が引っ越したって聞いて、お前、無茶苦茶ショック受けてただろ。その頃からだよな、お前が他人とつるまなくなったのは。」
普段なら相手の本心を見るのには躊躇するが、今回ばかりはそんなこと言ってられなかった。
「でもまさか、ちゃっかり付き合ってたとはなぁ。一体いつの間に、瑠璃に手だしたんだ?」
『こいつ、どんだけ瑠璃のことが好きなんだよ。手放したくないからって付き合ってるの隠そうとしてるけど、俺様には通用しねぇ。なにせ、保育園時代からの付き合いだからな!』
うわ、くそ真面目に信じてやがる。しかも、自分で様づけしてるし。
「瑠璃への優しさの1ミリでいいから外に向ければ?そうすりゃほかの連中もお前に親近感持つって。」
その言葉を無視して頭を抱えた。
「……何をどう勘違いすれば、俺と瑠璃が付き合ってることになるんだよ?」
「いや、手、繋いでたし、てっきり。」
「……」
しまった、自分で墓穴を掘ってしまった。
「おい、大丈夫か?顔、赤いぞ?」
萩野が顔を覗き込んでくる。
「あ……う、うるさいっ!」
頭の中がパニックでわけわからなくなる。
「おい、待てっ!危な――――――」
萩野の静止も聞かず脱兎の如く逃げ出した俺は。
ばっしゃぁぁあん!
雨上がりのぬかるんだ地面で盛大に滑り、川に落ちた。
「だから待てって言ったのに……ほら、立てるか?」
「……自分で立てるって――――――」
そう言って立ち上がろうとした時、俺の右足が誰かに掴まれた。
体は水の中。当然、生きている人間なわけがない。
ゆっくりと足元を見る。
おぞましいほど負の念を持った不浄霊が、俺を川底に引きずり込もうとしている。
萩野も様子がおかしいことに気が付いたらしい。
こいつの言う通り、俺たちは保育園時代からの知り合い、だから俺は萩野も見えることぐらい知っていた。せいぜい、姿だけだが。
「風斬、それ……」
「あぁ、大方ここで亡くなった人たちの未練の念が集まったものだろう。」
頭を無数に持った大蛇。
『小僧、貴様も道連れだ。』
大蛇は俺には目もくれず、まっすぐと萩野に向かって頭を伸ばす。
「斬術『一閃』」
自分の霊力でその頭を切り落とす。
腕の護符のブレスレットを取り出す。
「斬術『七色陣』」
玉の一つが砕け、七色の光が蛇を斬り裂いていく。しかし、それでも負の念が弱まる気配はない。
「俺から離れる気がないなら、いっそ家まで連れてってやるよ。風術『旋風封印』」
つむじ風が不浄霊と共に玉に収束した。
俺はため息をつくと、川から上がる。
「わ、わりぃ……助かった。」
「……別に。」
「大丈夫か?」
「寒い、重い、風邪ひきそう。」
「と、とりあえず家に――――――」
「帰る。」
俺はさっさと自分の家に帰った。それからは……まぁ、いろいろあった。