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風斬る夜に  作者: 縦院 ゆい
二学期
17/21

冬桜

 俺は、瑠璃を見送ったその足で、神社の鳥居の方まで来た。

 鳥居の横には、一本の大きな木がある。御神木のようなものだ。


 緑の葉が少しだけ、色が変わってきている。

「ここに、瑠璃(あいつ)が座っていたな……」

 再開したことを思い出す。


 あれから俺は、強くなっただろうか?


 桜––––この桜は、冬に花を咲かせるから「冬桜」という––––にもたれかかる。

『焦るなよ、天青』


 ただのご神木ではない。

 この神社の結界の中心で、俺たち風斬一族の先祖で、風斬りの術と剣技を生み出した剣士巫女「風斬東冬桜かぜきりあずまのふゆざくら」が眠っている、意志のある冬桜なのだ。


『そなたの一番の弱点は焦り、だ。心を鎮め、静かに、波立たぬように。』

「あぁ。わかってる。で?話す気にはなったか?」

『せっかちだなぁ、そなたは。』

「お前は俺が困っているのを見て楽しんでいるだろ。」

『ははは。試練だよ。』


 風が吹く。


『いいだろう。話してやる。』


 風が吹く。



 昔々、それはずっと昔のこと。

 この地球に初めて空間の歪み––––つまり、異界への扉(クラック)が出来た時、異世界から1人の少女が迷い込んできた。

 彼女は姿こそその地の人間とそっくりだったが、能力は全くの別物、到底人間の理解できる能力ではなかった。

 そう、天青は気付いているだろうね。彼女は、界の狭間の主––––まぁ、神みたいなものか、そいつから特別に力を与えられた地球の異界への扉(クラック)の初めての番人、つまり手本だからな。

 彼女の力は全部で3つ。

 1つ目は風を扱う力。

 2つ目は空間を扱う力。

 そして3つ目は魂を視る力。

 魂を視る––––これがどういうことかわかるか?

 この世の全てに魂は存在する。生きているものにも、死んでいるものにも、お前達人間が作ったものにも、はじめはただの空っぽの容器さ、だが、それを使う魂が少しずつだがその容器に移る。残留思念とかいうだろ?あれさ。あとは……例えば、新品のコップと使い古した湯呑みを比べてごらん。湯呑みの方がなんとなく温かい感じがするだろう?うーん……言葉で言うのは難しいな。

 とにかく、彼女にはその魂が視えたんだ。ただ、この魂はこんな形や色をしている、っていう見るじゃないぞ。感じる、の方が近いかもしれん。魂の今までの思い出とか、感情とか、それらを直截的に感じるのさ。

 彼女は2人の弟子を育てた。どちらも素直で真面目なやつだった。

 だから彼らに、自分の力を分け与えた。その印がその左目の紋様さ。弟子の1人の末裔がそなたさ。

 もう1人は、って?もう1人は、ちょっと色々あって、別世界に飛ばしたよ。かつての彼女のようにね。其奴らには右目に紋様が出るはずだ。

 わかったから、早くコントロールの仕方を教えろって?


  そう急かすなよ。今、消してやるから。さっきも言ったろう?それは印だ。そなたらを我のところに来させるための、ちょっとした仕掛けさ。


 その印が現れたってことは、そなたに受け継がれた空間の狭間の主の力が覚醒しつつあるということだ。

 そなたは特に強いな。だが、臆することはない。そなたなら、きっと、自在に使えるようになる。彼女のようにね。


 怖がるな。恐怖心が、敵だ。恐れや不安が、余計に魂を視る力をより不安定にさせる。皮肉なことにね。


 そなたの気持ちは分からなくもない。視て、いやな気分になる魂もいっぱいある。視たくない魂もたくさんある。なのに、視えてしまう。苦しいのはよくわかる。でも、そなたは、その力と向き合っていかねばならぬ。この世界に、「界の狭間の主」の力をもって存在してしまった以上な。


 いいか、恐れるな。自分の力を不安に思うな。無理を強いているのは重々承知しておる。あんなことがあったばかりだからな。だが、その力を扱うには、術者自身が波一つない水面のように、静かな精神の状態を保たねばならぬ。

 そなたの力は、すでに人間を超えておる。彼女に匹敵――――いや、それ以上かもしれぬ。加えて、そなたの心はまだ成長途中、苦しいのはよくわかる。彼女も同じように、苦しんだからな。


「冬桜」はその時、どうしたのかって?


 難しいことを聞くな……。


 結論から言うと、「人間であることをやめた」だな。

 まぁ、つまり、彼女は自分の心を捨てたのだ。

 そんなこと、どうやってやるのかって?

 ――――やめておけ。そんなことをしても、何も無い。役目を終えたとき、後悔するだけだ。

 それに、そのことが、彼女の失敗でもあった。


 何を見ても無感動、何を見ても無関心、何を見ても、何一つ言葉が出ない。

 非常に、非情な人間、いや、人間とはもはや呼べぬ。そなたらで言う、ロボットのようなものさ。界の狭間の主から課せられた仕事をただ淡々とこなすだけ。

 何千人と殺されようが、顔色一つ変えることはない。

 何万人救われようが、安堵の顔一つ見せやしない。


 彼女は確かに、多くの人間を救った。ところが、感謝されるどころか、逆に、気味悪がられた。 それでも、彼女は何も感じない。


 晩年、弟子二人に囲まれ、少しだけ心を取り戻した彼女は、後悔の言葉を残してこの世を去った。


 『私は、力の使い方を誤った。』


 だから、彼女は最後の最後に、その力を捨てたのさ。


 お前は、同じ道を辿りたいか?


 どうすればいいか、よく考えるんだ。


 そなたなら、彼女の導けなかった答えに、辿り着けるだろう。


 風が吹く。

 優しい風が、木の葉を舞い上げた。

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