休みの理由
天青が学校を休んだ。
「大丈夫かな……?」
「瑠璃、どうしたの?あいつのこと、心配?」
友達が話しかけてくる。
「私、あいつ苦手なんだよね。すぐ睨むし、冷たいし。心あんの?って思っちゃう。」
学校での天青は、私の知っている天青と少し違う。何だか、わざと人と関わるのを避けているようだった。
「そういえば瑠璃、知ってる?」
「何のこと?」
「天青、あいつ、人の心が見えるらしいよ。」
「え?」
そんなこと、初耳だった。
「いつも、誰かがなんかいう前にわかったように行動してんだよ。授業中もそう。寝てるのに質問を聞き返すことなく答えるとか、そうとしか思えないんだけど。」
「それは……デマでしょ。」
「あーやだなぁ。あいつと修学旅行一緒とか、ほんと勘弁。ビクビクして楽しめやしない。」
先生に頼まれて、三者面談に関するプリントを天青の家に届けに行った。
ピンポーン……
反応なし。
ピンポーン……
「どうしよう……」
仕方なく、ポストに入れようとした時だった。
「何の用?」
後ろから天青の声が聞こえてきた。
戸から出てきた気配もないから、びっくりして声も出ない。
「どうしたの?こんな時間に?」
久しぶりに見る天青の姿は、酷く疲れているようだった。熱があるのか顔は赤く、左目には眼帯をしている。
「あの……えっと……このプリント……。」
「中に入っていいよ。開いてるから。」
「え?あ……っと」
「俺は受け取れない。ただの式神だから。」
どういうこと?
そう聞く前に風が吹き、天青の姿は消えていた。
カサリ、という音がしたので足元を見ると、紙切れが落ちていた。
何か文字のような模様が描かれている。
この紙が、天青に化けていた?
「お邪魔……します。」
とりあえず、言われた通り中に入った。
『悪いけど、俺の部屋まできてくれない?今、手が離せないんだ。ついでに、冷蔵庫からアイス取ってきてほしい……。』
どこからかそんな声が聞こえてきた。
勝手に人の部屋をあさるのは好きじゃないんだけど、何だかその声は辛そうだから、大人しくいうことに従う。
二階に上がっただけでわかる。––––天青の部屋に、何かとてつもなく禍々しいものがいる。
扉をノックする。
「天青、大丈夫?」
「入っていいよ。」
部屋に入ると、なんか、変な感じがした。
「気分悪くなったら、すぐ外に出ろよ。」
部屋には祭壇?御札が貼ってあったり、数珠で結界のようなものが作られており、その中央には台座に乗せられた珠が置かれていた。
「この部屋に、魔物を閉じ込めているんだ。」
天青はベッドで横になっていた。
「嫌な空気だろ?お前には、ちょっときついんじゃないか?」
それで、変な感じがするんだ。
「大丈夫……って、その目、どうしたの?」
「え?……あ。」
近くに眼帯が落ちていた。
「ちょっと……ね。呪いかな?実は、よくわからない。」
天青の左目には、何かよくわからない、紋様のような痣ができていた。
––––––これのせいで、学校休んでいるの?
「違うよ。」
「え?」
––––––今……なんて……まさか、考えていること……
「考えていること、読まれた、って?」
天青の痣に、青い光が走ったような気がした。
「アイス、ちょうだい。」
そう言って天青は私の手からアイスを取っていく。その手は、熱かった。
「先に言っておく。っても、もう遅いか。俺は、瑠璃が思っているほど、優しくないよ。」
「それって。」
「わかるだろ?俺には、みんなに開かせない秘密ってのがあるんだ。あんまり他人と馴れ合うと、それだけ隠すのが難しくなる。それに––––」
天青は半身を起こして私を見る。
「噂になってると思うけど、俺は、人の心が視える。」
また、青い光が走る。
「嘘だ、って?種も仕掛けもないよ。生まれつきだ。俺の家系では、たまにそういう人が生まれるんだって。書物に書いてあった。……まだ、読み途中だけど。」
––––––それも、休んでいる理由……?
「いや、全く関係ない。まだ、父さんたちには、この痣は秘密にしている。」
「それって、つまり」
「俺も初めは、この魔物のせいかと思ったんだけど、『呪い殺し』が効いてなくって、おかしいと思って、昔の書物を引っ張り出してみた。ってか、『冬桜』が意地悪だからこんなの読んでんだよ。答え知ってるくせに、教えてくれねぇからさ。」
––––––冬桜……?
何のことか聞こうとした時だった。
パキンッ!
珠にひびが入った。
「またかよ!いい加減、大人しくしろ!」
ベッドから降りて、御札を構える。
「斬術『七色陣』!」
光が空間を交差する。
『無駄だ、小僧。』
光の中でかすかに見えたのは、大きなヘビ。
「これは……」
「川の邪念の集まりだ。入水自殺した奴らが成仏できずに、こんなにでかくなったのさ。川に落ちた時、呪われそうになったから、逆に捕まえて退治しようとしたんだけど、中心が見つからなくて、苦労してんだ。」
「川に落ちた?」
「……それ以上は言えねぇ。」
『小僧なんかに浄化できるものか。今に見てろ、お前も道連れだ。』
ヘビが私を睨む。
『いい餌がいるじゃねぇか。』
天青は私の体を押して、ベッドに倒す。
「結界の中にいろ。そこなら、大丈夫。」
「でも、天青は––––」
「いいから!」
御札が宙を舞う。
「風術『嵐』」
強烈な風が部屋の中を吹き荒れる。
「狭い部屋だから、威力が跳ね上がるだろ。」
数個の珠を宙に投げる。
「斬術『七色陣』」
光が縄のようにヘビを縛り、新たな珠の中へねじ込まれた。
「はぁ。疲れた。」
天青がベッドに倒れてくる。
「ちょっ……大丈夫!?」
私の上で、そのまま動かない。
「……ごめん。」
「……なにが?」
「嫌だよね……俺みたいな……気味の悪いやつなんか。」
–––––もしかして、心が視えること、気にしているの?
「ちっとも嬉しくないんだ……。みんな、俺のこと、嫌ってるからさ……。」
「天青……。」
小さな寝息を立てて、寝始めた。
「……あ。」
天青の右手に、何か模様が浮かんでいた。
––––これ……もしかして……あのヘビの中心……!
『小娘!気づきおったな!』
次の瞬間、珠が割れた。そして、結界に向かって激突してくる。
「て、天青……!どうしよう……」
(大丈夫だから。)
––––!今の声は、一体……?
天青の声のようで、そうでない。
結界にはすでにひびが入っている。しかしまだ、天青は起きない。
『喰ってやる!』
結界が破壊された。
「あっ––––」
襲われると目を瞑る。
「還れ。斬術『邪気浄化』」
天青が、寝たまま自分の右手の模様を『斬った』。
『し、しまっ––––』
ヘビは光となって消えてしまった。
「まさか、俺があいつを捕まえた時に、こんなところに移したとはな……。」
天青は体を起こし、右手をさする。
「やっと体が軽くなった。瑠璃、ありがとな。」
「え?あ……うん。」
「……やっぱ『嵐』は部屋で使う術じゃねぇな。片付けが大変だ。」
部屋は御札の残骸とガラス玉(?)とその破片で荒れていた。
「手伝おうか?」
「いや……遠慮しておく。」
天青は大きく伸びをして立ち上がる。
「帰れるか?」
「大丈夫だよ。天青も、お大事に。」
「……あぁ。」
私は天青に見送られて神社を後にした。