乗っ取られた体
どれくらい時間が過ぎたのだろう?天青はまだ帰ってこない。
「どうしよう……嫌な予感しかしないよ……」
がらっ。
戸が開いた。
「天青……!」
私はかけよった。
「よかった……何も、無くて。……あ」
頬が切れて血が出ていた。
「血、出てるよ? 大丈夫? もしかして、他にも怪我してる?」
「大丈夫、だよ」
「じゃあ、もう、ここから出ていいの? 家に、戻ってもいいんだよね?」
天青は戸を閉めた。
「……天青?」
なんか、様子が変。
「天青? 本当に、大丈夫?」
「……平気、さ。ちょっとこの体の主がうるさかっただけだよ」
「え?」
『この体の主』? それって天青のことじゃ――
「早くしないと、夜が明けてしまうな。早く、おまえの体をくれ!」
天青が私の両腕を掴む。
――――――『お前の近くにいる知り合いには気をつけろ』
あのリュミエールが言っていたのはこの事!
とはいえ、両腕を掴まれ、どうしようもない。
「大丈夫。この体とは違って、おまえの体は痛めつけないから」
体が壁に押し当てられる。
『抵抗するなよ。痛い目二遭ウゾ』
リュミエールの時と同じ、頭に直接響く声。だが、リュミエールの時と違い、その声はとても怖かった。
「天青……助けて……!」
天青の手が離れた。私は慌てて天青から離れる。
『クソッ……邪魔ヲ、スルナ……』
天青の後ろから黒く長い触手のようなものが伸びてくる。
『コウシテヤル』
触手は天青の体を絞めつけた。
「くっ……あぁ……!」
「天青!」
とても苦しそうにもがく。
『抵抗スルカラ痛イ目二遭ウンダ』
「やめて! そんなことしたら、天青が死んじゃうでしょ!」
『我ニハコノ体ノ痛ミガ分カラヌ。コウシタラ、死ヌノカ』
触手はさらにきつく絞まる。
『サア、ハヤクソノ体ヲ我二ヨコセ。サモナケレバ、コノ体ハ、死ヌ』
「瑠璃……早く……逃げろ……。俺は……お前を……襲いたくない……死んでも……かまわないから……だから……」
「天青! しっかりして! 嫌だよ!」
床に数珠が落ちていた。
―――――これを、使えば……!
『ソウダ。イイコトヲ思イツイタ』
触手が外れる。
さっきまで苦しそうにしていた天青が、再び私を捕らえる。
『二人トモ、連レテイケバイイノダ』
「やめて……!」
触手が私を縛る。
数珠の効果も、魔物ではない天青には全く効かない。
『我ナガラ名案ダ。用は済ンダシ、帰ルカ』
「そうはさせるか!」
戸が開き、強い風が吹き込んだ。




