包帯男
今夜は月が出ていなかった。
普段は静かなこの森は、今日はとても騒がしい。
次から次へと魔物が出てくる。どうやら俺が泉へ行くのを足止めしようとしているようだ。
「お前ら全員、霧に還りやがれ! 剣術『霧散』!」
風斬りの剣術を使い、魔物を霧に還す。
10分ほど走ってようやく泉に着いた。
泉――『異界への扉』の中央に、穴が空いていた。全てを飲み込みそうなほどの、ブラックホールのような穴。
その少し上に、包帯男のような魔物がいた。
頭から腰にかけて包帯が乱雑に巻かれている。二つの目が、ギラギラと光っている。足はない。黒い煙のようなものがゆらゆらと吹き出ている。そして、包帯の隙間から、黒く長い触手が出ている。ひときわ目を引くのはこめかみ辺りから伸びる太い二本の触手。
『ヤハリ来タナ、風斬りのガキヨ』
俺は刀と紙の札を構え、上を見上げる。
『丁度ヨイ。ツイサッキ、作戦ヲ変えたトコロダ。マズ、お前の体カラ貰おうジャナイカ』
包帯男は触手を俺に向け伸ばしてきた。
俺は札を一枚投げ上げる。
襲ってきた触手を刀(竹光に呪術的な装飾を施したもの)で斬る。触手は黒い霧になって消えた。
目の前に落ちてきた札を斬る。
「斬術『七色陣』!」
札から七色の光が直線状に伸び、無数の光の針が放射された。その針が刺さった触手や包帯男から分裂した魔物が黒い霧に還る。
「剣術『刹那』!」
刀が包帯男の本体を八つ裂きにする。
『ヌルイ攻撃ダナ、ガキ』
切れたところから大量の黒い触手が生えてくる。
俺は、その触手を跳ね返すので精一杯だった。
『遅イゾ。ソノ程度ナノカ、風斬りの一族ノ力ハ』
先ほどよりもかなり早いスピードで触手が動く。跳ね返すどころじゃない。触手と触手の合間を縫って逃げる。
『イツマデモ逃ゲル力ガ残ッテイルモノナノカ?』
後ろと前から触手が俺を襲う。横に逃げようとするも、触手の方が速かった。
『ツカマエタ』
触手は俺の体をギリギリと絞め上げる。
「く……苦……しい……」
袴から数個の珠を取り出す。
「風術……『鎌鼬』……!」
珠から強烈な風が吹き荒れる。
『グ……』
触手の力が弱まる。力一杯触手を押し退け、脱出した。
『ヨクモ……ヤッテクレタナ……』
触手で俺の体を殴られる。
木にぶつかってそのまま倒れた。
意識が、朦朧とする。
『危ナイ危ナイ。人間の体ハ脆インダッタ』
体が持ち上げられる。
『手間ヲカケサセルナヨ、ガキが』
こめかみ辺りに、触手が押し当てられている。
『大人シクシテロヨ。人間』
体の中に何かが無理矢理ねじ込まれたような感覚がして――――――