9.決断
優一が瀬美南たちの“真実”を知った日から3日後。約束の夜。
優一は、万森神社まで来ていた。待ち合わせ時間には少し早いので、まだ飛鳥達は来ていない。
“答え”は、もちろん持ってきている。
どちらかとは別れなければならない。だけど、どちらとも別れたくない。
でも、どちらとも別れないという結末は、ない。
だったら…
(俺は…俺の答えは…1つしかない)
「あっ、優一!早かったんだね!」
飛鳥がやって来た。が、瀬美南の姿は無い。
「よう。…って、肝心の瀬美南がいないじゃないか」
「今日は“2人”だからね。万が一、参拝客にでも見つかったら大問題だし」
「そうか…とにかく、例の答えは持ってきてる。2人を呼んでくれて構わないぞ」
「分かったわ。…ねえ優一」
「ん、何だ?」
「なんか…吹っ切れた顔してるね。いい答えが見つかったのかな?」
「それは…後のお楽しみだ」
「…うん、楽しみにしてる。それじゃ…瀬美南ちゃん」
飛鳥が森に向かって呼びかける。
やがて、2人が姿を現した。
「こんばんは、優一君」「こんばんは、優一さん」
2人が優一に向かって挨拶する。優一は思わず苦笑した。
「こんばんは…やっぱり、どこからどう見ても全く同じ姿だな」
もちろん、優一には見分けがついている。
まず呼び方が違うし(鳥の瀬美南は“優一さん”・猫の瀬美南は“優一君”、ちなみに飛鳥は“優一”だ)、性格にも違いがある事は分かっていた。
「それじゃあ、優一?早速だけど」
「…分かった。それじゃあ、言うぞ」
飛鳥も2人の瀬美南も、黙って優一の答えを待っている。
優一は感情の高ぶりを努めて抑えて、答えを口に出した。
「…俺は、どちらも選ばない。いや、選べない」
「優一さん!?何を言っているの?”どちらも選ばない”という事は、それはつまり…」
「2人とは、これでお別れって事だ」
「そんな、優一君…」
「こんな答え、わがままかもしれない。けど俺には…猫の瀬美南と鳥の瀬美南、どちらかなんて選べないよ」
「やっぱり…こうなるんじゃないかとは思ったよ」
飛鳥が微笑む。が、無理に表情を作っているのは明らかだった。
「優一は昔からとても優しい…ううん、優し過ぎるもの。どちらかを選ぶなんて…無理だと思ってた」
「…さすが幼なじみ。お見通しって訳だな」
優一も無理に笑顔を作る。この物語を…笑って終える為に。
「でも…優一は本当にそれでいいの?せっかくこうして、2人が…」
「良くないに決まってる」
優一は即答した。
「もちろん、2人とは一緒にいたい。この先も、ずっといつまでも…」
「俺にとって本当に“良い”と言える答えは、2人の瀬美南と一緒にいる事だけだ」
「優一…」
「けど、それは無理なんだろ?だったら」
「猫の瀬美南も鳥の瀬美南も、俺の事を想って俺の前に現れてくれた。そんな2人のうちどちらかを選んで、どちらかとだけ幸せに暮らしていくなんて…そんな事できる訳が無い」
「なら、答えはこれしかないんだ。良くはなくても、ベストな答えだと思う」
「優一さん」
鳥の瀬美南が優一に話しかける。
「私からもわがままを言わせて貰って良いかしら?」
「…最後だし、俺のできる限り何でも聞くよ」
「だったら、どちらも選ばないなんて優柔不断な事は止めて」
「!」
「あの日、言ったはずよ。私はもう十分だと。それに、想いは猫の方がずっと強いって事も」
「だから私の事は良いの。お願いだから、猫を…」
彼女の頬を涙が伝う。優一はそんな彼女をそっと抱き締めた。
「いいんだ。もう無理するな…。そうだろ、瀬美南?」
優一は振り返って、もう1人の瀬美南、つまり猫の瀬美南に話しかけた。
「うん、優一君」
猫の瀬美南はそう言ってから、鳥の瀬美南に悪戯っぽく微笑んだ。
「鳥さん?だったら私も同じ事を願いますよ?お願いですから、鳥さんを選んで…と。私の方こそ、猫さんに願いを聞き入れて貰って、優一君と幸せな時を過ごせて…もう十分です。だから、鳥さんに幸せになって欲しい」
「優一さん、猫…」
「な?想いの強さに違いなんかない。一緒なんだよ。もちろん俺だって、2人の事、2人に負けないくらい想ってる」
優一は変わらずに笑顔を作る。が、目は泣いていた。
「…ごめんな、飛鳥。“瀬美南”を2人にして貰って、色々と心配もかけて…なのに、俺は結局どちらも選ばないなんて、飛鳥の望んだ結末じゃないと思う。けど…」
「ううん、私の事はいいの。3人が納得できる結末なら、それが一番だもん」
「でも優一、本当に、本当に…これでいいんだね」
「ああ。伝説はあくまで伝説の方がいい。悲劇にしちゃいけない」
「…分かったよ。2人も…いいかな」
2人の瀬美南も頷いた。
「さよならは言わないよ、優一さん」
「私達、いつも優一君の傍にいるから」
「ああ、お別れじゃない。これからも…いつも2人を感じてる」
優一はそう言って、2人の瀬美南にキスをした。
「…それじゃ、儀式の説明を始めるね」
飛鳥が2人の瀬美南に確認する。2人の瀬美南は頷いた。
「儀式が終わった後、実体には本来の瀬美南ちゃん、つまり鳥の瀬美南ちゃんだけが存在する事になる」
「猫の瀬美南ちゃんは、桜の木の下で眠りにつく。ここでお別れって事だね」
「その後だけど…」
飛鳥は一旦言葉を切って、
「あとの事は、鳥の瀬美南ちゃん次第。あなたは、そのまま優一の傍にいられる資格を持っているのだから」
「でも、優一の出した答えを受け入れるなら…」
鳥の瀬美南は微笑んで、飛鳥の言葉を引き継ぐ。
「自ら眠りにつく、という事ね。分かっているわ、飛鳥」
「優一さんの、愛しい人が出した決断だもの。どんなものだって受け入れられる」
「それに、これでお別れじゃないんだし…ね、瀬美南?」
「もちろんです、瀬美南」
猫の瀬美南もまた笑顔だった。
飛鳥は3人を見渡して、
「3人とも、いい顔してる。…うん、これこそ私が望んだエンディングだよ!」
「飛鳥、お前も含めてだよ。飛鳥がいなきゃ、この物語は成立しなかったんだから。4人で紡いだ物語は…これで大団円だな」
そう言った優一の、そして2人の瀬美南の・飛鳥の笑顔は輝いていた。夜空に煌めく星々のように。
「じゃあ、2人を1人に戻す儀式を始めるわよ。優一は離れててね」
優一は言われた通りに距離を取った。
飛鳥が2人の瀬美南の前で、祝詞のようなものを唱え始める。
すると、2人の体を優しい光が包み込んだー




