7.真実
「優一は、瀬美南ちゃんの正体って何だと思う?」
飛鳥が尋ねる。
「何って、それは…」
「いいの。私は全て知ってるんだから。今の光景を見ていれば分かるでしょう?」
「…猫の生まれ変わりだろ。1年前、下の広場に埋めた、あの猫の」
「うん、そうだね。確かに、瀬美南ちゃんは猫の生まれ変わり。だけど、猫“だけ”じゃないの」
「“だけ”じゃないって…どういう事だよ?」
混乱する優一に、飛鳥は続ける。
「ねえ優一、こんな話は知っている?この神社にまつわる伝説なんだけど」
―昔々、遠い昔…このあたりの村で、1組の男女が結ばれようとしていた。
親同士が相手を決めるのが当たり前の時代、2人は本当に愛し合っていたし、双方の親も2人の結婚を認めてくれていた。
誰もが羨む2人、そんな矢先…
女の方が流行り病にかかって、突然この世を去ってしまったのだ。
言うまでもなく、女の無念は余りあるもので、その想いが魂を現世に残してしまった。
そんな女の魂を哀れに思った神が、一つの提案をする。
「これから10年、彼を護りなさい。10年経っても、あなたの想いが変わらなければ、あなたを現世に蘇らせましょう」
神は、ある意味残酷な提案をした。
女はこれから10年もの長い間、黙って彼を護らなければならない。
でも…たとえ女の想いは変わらなくても、男はどうなのか。
彼は10年もの間、彼女を忘れないまま過ごしていくのか?
この先、彼が別の女性と出会って結ばれたとしても責める事はできないし、もしそうなっても彼女には何もできないのだ。
そんな辛い目に遭うかもしれない。10年護っても、想いは叶わないかもしれない。
それでも、あなたの想いは変わりませんか?彼を信じる事ができますか?
もしそうであるなら…奇蹟を授けましょう。
神はそう考えた。
それでも女は、神に言われた通りに10年、男を護り続けた。
そして男も、新しい伴侶を求める事無く、女性の菩提を弔った。
結果、10年後に2人は奇蹟を授かった―
「このお話はね、伝説ではあるけれど…“伝説”じゃない。れっきとした“事実”なの。ここに瀬美南ちゃんがいる事が…何よりの証拠」
「…ちょっと待て、飛鳥」
優一が口を挟む。混乱する頭の中で、1つの疑問が浮かんでいた。
「その伝説と瀬美南の生まれ変わりには矛盾があるんじゃないか?瀬美南が…猫が亡くなったのは10年前じゃなくて1年前だぞ」
「うん、そうだね。猫は私も一緒に埋めてあげたんだからハッキリ覚えてる。確かに1年前だったよね。でも…瀬美南ちゃんが生まれ変わったのは、間違いなく伝説と関係があるんだよ」
「そこから先は私が話すわ」
黙っていた瀬美南(?)が口を開く。
「優一さん、町で占い師に言われた事があるわね。“憑かれている”って」
そういえば、言われた事があった。瀬美南と出会ってからは、すっかり忘れていたが。
「その時に“憑いていた”のは、今ここにいる私」
「私は優一さん…あなたを10年護って、やっと貴方の傍に行けるはずだった」
「それってどういう…君はあの猫じゃないって事か?」
「そうよ」
瀬美南(?)はそっけなく言う。が、態度とは裏腹に、目は泣いていた。
「あなたは忘れているみたいだけれど、10年前にも別れを経験しているはずよ」
(10年前?)
10年前といえば、優一はまだ小学生だ。
猫をガキ大将から助けたのもその頃だが、別れなどあっただろうか。
優一は必死に考えた。この答えを出さないと、前には進めない気がする。
(思い出すんだ…絶対に何かあったはずだ)
優一が必死に考えている横で、数羽の鳥が飛び立った。
6時を過ぎて、夜のとばりが下りてきている。ねぐらに帰るのだろう。
その鳥たちが、優一が過去に置き忘れた記憶を呼び戻す。
「…もしかして、飼っていた鳥、か?」
確かに小学生のころ、家で鳥を飼っていた。とても可愛がっていたし、鳥が死んだ時は悲しかった。
母親と一緒にあの広場へ埋めてあげた記憶もある。
ただ、何分小さい頃の話だし、何より、その後の猫(瀬美南)との出会い・別れの印象が強過ぎた。
いわば、猫との記憶が上書きされる形で、鳥の事は忘れてしまっていたようだった。
「そう、その鳥が…私」
「生まれ変わってあなたに会う為に、10年待った。でも、10年待ってやっと…という時、同じ広場に同じ想いがある事に気がついた。それが、あなた達が埋めてあげた、あの猫」
「猫のあなたに対する想いは…とても強いものだったわ。私でさえ及ばないぐらいにね」
「でも、その想いの強さが災いして、猫は10年待つ事に耐えられそうも無かった」
「それで、私が今ここにいる、鳥の瀬美南ちゃんに相談したの」
飛鳥が口を挟んだ。
「鳥のあなたが生まれ変わる時、魂を分け合って猫も一緒に生まれ変わらせたい。もちろん、1つの体に2人が同時に存在する事はできないけれど、最終的に残るのは鳥のあなただから、猫に一時だけでも時間を分けてくれませんか…って」
「私は飛鳥の提案を受け入れたわ。猫の強い想いは痛いほど分かっていたし、最後に残るのは私なのだから…そう考えて、昼の時間を猫に譲る事にした」
「いつも瀬美南が6時にいなくなっていたのは、そういう事だったのか」
優一は合点がいった。夜になれば、鳥の瀬美南と入れ替わる必要がある。そのタイミングが6時だったのだろう。
「猫には優一さんとの想い出を十分に作って貰って、最後には…私が残るつもりだったわ」
「でも、惹かれ合うあなた達の想いの強さは…予想以上だった」
「猫と広場でキスをしたでしょう?あの時、私は思ったの。このまま、この体を猫にあげるべきなんじゃないか…って。その方が、優一さん…あなたにとっても幸せなんじゃないかって」
「けど…ね」
鳥の瀬美南は優一に抱きついた。
「私だってあなたに会う為に10年待ったのよ?それを猫に譲って、私は消えるって…じゃあ私が過ごした10年って、いったい何だったのよ?私は何の為に10年待ったの?」
彼女の秘めた想い・10年越しの想いが、優一の胸で爆発する。
「瀬美南…」
「…私の事も“瀬美南”って呼んでくれるのね。嬉しい…」
「優一」
飛鳥が静かに名を呼ぶ。
彼女の表情は、幼なじみの優一が今までに見た事が無いほど真剣で、悲しい。
「この物語の結末は…優一が決めて」
「飛鳥!私はいいの。猫が優一さんの傍にいた方がいい事は分かっているから」
「それに、私は一度だけでも優一さんと結ばれた。優一さんは真実を知っても、私の事を“瀬美南”って呼んでくれた」
「それで十分、私は幸せ…優一さんとの幸せな想い出を胸に、私は眠るわ」
言いながら、彼女の頬を涙が伝う。
飛鳥は首を振って、
「ううん。“瀬美南”が決めちゃダメ。どちらが残っても、残った方が辛い思いをする事になる。それなら、2人が愛する人に決めて貰った方が良いわ。違わない?」
「飛鳥…」
飛鳥は、優一に向き直る。
「優一。選択は2つに1つよ。これから、優一はどちらの瀬美南ちゃんと一緒に過ごしていきたい?」
「…」
「さっきも言ったけど、1つの体に2人が同時に存在する事はできないわ。どちらかとはお別れするしかないの」
「…そんなの…答えられる訳…ないだろ」
「優一…」
「…実は瀬美南は2人でした、でも片方は消えなければなりません、どちらかを選べって…いきなりそんな事言われても答えられるかよ」
「…そうだよね。幾らなんでも急過ぎるよね…ごめん」
飛鳥は優一に謝った後、しばらく考えていたが、決意した目で切り出した。
「じゃあ、3日後」
「3日後の夜、またここに来て。その時、2人を1人に戻す儀式を行うわ。彼女の体も、そろそろ2人は限界だし…ね」
「その時に、優一の答えを聞かせて。いい?」
「…分かった。正直、答えを出せる自信は無いけど、時間も無いみたいだからな…必ず、出すよ」
「じゃあ、もう遅いから、今日はこれでお別れにしましょう。瀬美南ちゃんもいい?」
瀬美南は黙って頷くと、優一の胸に体を寄せた。
「優一さん、ごめんなさい。私、こんなつもりじゃなかった。本当はあなたと結ばれて、その後黙って消えるつもりだったのに…本当にごめんなさい」
「瀬美南が謝る事じゃないさ。誰も悪くない」
優一は瀬美南を優しく抱き締めた。




