6.二人
瀬美南と結ばれた日の翌朝。日曜日で学園は休み。
優一は自宅のベッドで放心していた。
ベッドで仰向けになったまま腕を伸ばして、握ったり開いたりを繰り返す。
(あれは…いったい何だったんだろう)
瀬美南と結ばれてこれ以上なく幸せなはずなのに、優一の心は晴れない。
(あれは…本当に瀬美南だったのか?)
(…何をバカな。目の前にいたのは間違いなく瀬美南だったじゃないか)
(けど、あの夜の瀬美南は、会った時からおかしかった気がする。本当に別人みたいだった)
(そういえば、瀬美南とは夜になったらいつもお別れだったな。逃げられた事もあったし…けど、あの夜だけはそうじゃなかった)
(…というか、そもそも瀬美南っていったいどこに住んでるんだ?)
昨日、瀬美南と結ばれた後、優一はいつの間にか気を失ってしまっていた。
急に眠気が襲ってきたような気もするのだが…ハッキリとは思い出せない。
そして気がつくと、瀬美南の姿は忽然と消えていたのだ。
最初にあの広場で会った時は逃げられて、結局万森神社で見失っていたし。
(瀬美南に聞いても答えてはくれないだろうしな…よし!)
瀬美南には申し訳ないけど、確かめさせて貰おう。
翌日の放課後。優一は瀬美南をデートに誘った。
万森駅前でウインドウショッピングをしたり、バーガーショップでお茶したり。
そして夕方には万森山のあの広場へ行き、瀬美南と寄り添い他愛もない話に花を咲かせる。
そのまま広場の桜の木の下で、瀬美南と肩を寄せ合っていると、優一の携帯が時を告げた。
[時間ですよ、急がないと!時間ですよ、急がないと!…]
「もうこんな時間か…ごめん、今日はこれから用事があるんだ」
「うん、わかった。寂しいけど…仕方ないわね」
「瀬美南はどうする?途中まで一緒に帰るか?」
「ううん、私はもう少しここにいる」
「分かった。それじゃ、また明日な」
「優一君、また明日」
そう言って、広場で2人は別れた。
優一は広場を出て万森駅の方向へ少し歩いた所、瀬美南から見えない位置まで来ると、木陰へ身を隠して瀬美南が広場から出てくるのを待った。
(瀬美南、ごめん。けど、どうしても君の事を確かめたい)
しばらくして、瀬美南が広場から出てきた。
瀬美南は万森駅ではなく、山頂近くにある万森神社へ向かって歩いていく。
(最初にここで会った時も、瀬美南は万森神社へ向かって逃げた…神社と何か関係があるのは間違い無さそうだな)
気づかれないよう、優一は距離を置いて瀬美南を追う。
神社までは一本道、気づかれないよう慎重に行動する必要はあるが、見失う可能性は低い。
やがて麓から、午後6時のメロディベルが聞こえてくる。瀬美南は道を逸れる事無く、万森神社に入った。
「瀬美南ちゃん、お帰り~」
そこには、飛鳥が待っていた。彼女達は神社の奥に向かって歩いていく。
(瀬美南と飛鳥は知り合いだったのか…瀬美南は神社に住んでいるのか?)
今では優一も受け入れているが、瀬美南は猫の生まれ変わりだ。
現実離れした彼女からは、家が神社というのはかえって納得がいく気がする。
そう考えながら、優一は2人の後を追う。
そのまま本殿に入るのかと思ったが、2人は本殿の横にある森の奥深くへの入口で立ち止まった。
「……て……ね」
距離があるのでよく聞き取れない。優一は見つからないよう、慎重に2人との距離を詰めた。
そうして更に2人の近くへ寄った時、優一の目に信じられない光景が飛び込んできた。
何と、森の奥から別の瀬美南が出てきたのだ。
(そんな、彼女が…瀬美南がもう1人いる!?)
何度見ても、見間違いではい。その姿は…見紛う事なく瀬美南その人だった。
「時間よ、瀬美南」
後から出てきた瀬美南(?)が、そう言って瀬美南の手を握る。
その瞬間、まばゆい光が2人を包んだ。優一は思わず目を瞑る。
優一が目を開けた時、そこに…瀬美南は1人しかいなかった。
「な…なんだこれは!?」
あまりの衝撃に、優一は思った事が思わず口に出てしまう。2人が気づいて振り向いた。
「ゆ、優一!何でここにいるの!?」
驚く飛鳥に対して、
「…知ってしまったのね」
瀬美南は意外な程に落ち着いていた。
「瀬美南ちゃん…」
「いいの。遅かれ早かれ、彼は知ったに違いないのだから」
瀬美南はそう言って、優一の方へ向き直る。
「優一さん」
「…」
「さっきあなたが見た通り、私は瀬美南であって瀬美南じゃない。あの娘は…今は私の中にいる」
「…」
優一は言葉が出ない。が、頭の中は驚くほど冷静だった。
確かに、今の瀬美南は今日学校で会ってデートした瀬美南じゃない。
(―呼び方だ)
そういえば、結ばれたあの日もそうだった。
目の前にいる瀬美南(?)は、優一の事を「優一さん」と呼ぶ。
でも、いつも昼間会う瀬美南には「優一君」と呼ばれているのだ。
「…君は、いったい何者なんだ」
衝撃の中、最初に出た言葉はそれだった。その言葉に、瀬美南(?)の表情は悲しげに曇る。
「それは…私から話すよ。瀬美南ちゃんに話させるのは酷だから」
飛鳥がそう言って、瀬美南(?)に代わり話し始めた―




