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2-single-minded  作者: 偽鏡像
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3.正体

 ― ここは…私が眠る場所だから ―


 分からなかった。

 優一は瀬美南が何を言っているのか、分からなかった。

 いや、正確には「彼女が何を言っているのか」分からないのではなく、「彼女がなぜそう言うのか」が分からなかったのだ。

 普通に受け取れば、彼女の言葉は「何を訳の分からない事言ってんだコイツ」だろう。

 だが、彼は知っている。ここに何が、いや誰が眠っているのかを。


 「優一君が考えている通りだと思うよ。やっと…やっと会えたね」

 「伊関さん…何言って…」


 言葉を続けようとしたその時、午後6時のメロディベルが麓から聞こえてきた。

 万森駅前には大きな時計台があり、朝の9時から夜の9時まで、3時間ごとに違ったメロディベルが鳴る。

 時計台が奏でるメロディはとても綺麗で美しく、万森町の名所の1つになっている。

 そのメロディベルが、時を告げた。


 「いけない、もうこんな時間。もっとお話したかったけど…またね!」

 瀬美南はそう言うと、優一に背を向けて走り出す。

 「ちょっ…おい!何だよ急に…待てよ!!」


 優一は当然のように瀬美南を追いかける。

 相手が女の子だから、と言っては失礼だが、優一はすぐに追いつけると高をくくっていた。

 だが、彼女は速い。必死になって追いかけるが、彼女との差は広がるばかりだ。

 「くそ、何なんだよ!速すぎる…まるで人間じゃないみたいだ」


 (…!)

 何気なく呟いた自分の言葉で、彼はまた瀬美南の正体に近づいたような気がした。

 が、それはすぐに振り払う。

 (今はとにかく彼女を追うのが先だ!)


 追いかける内にメインの山道が迫ってきて、彼女がそこを右に曲がるのが見えた。

 (しめた!)

 左に曲がれば万森の町へ出るが、右は山頂へ向かう道、先にあるのは万森神社だけだ。

 万森神社は初詣や縁日などには参拝客で賑わうが、神社としては小さく、森に囲まれ普段はひっそりとしている。

 万森神社から先、山頂へ向かう道は森深く、夜に素人が登れるような道ではない。


 (ここまで俺の後をつけてきたんだろうが、転校生でやっぱり土地勘は無いみたいだな…何にしろ、これで追いつける!)

 やがて万森神社が近づくと、石畳の階段が見えてくる。この辺りはすっかり参道の装いだ。

 優一は参道を一気に駆け上がった。


 だが…参道の先にある神社の境内には誰1人としていなかった。いや、人の気配すらしない。

 時折、鳥たちの囀りが聞こえてくるだけだ。


 (そんな…確かに伊関さんはこっちに来たはずなのに…どこへ消えたんだ!?)

 小ぢんまりとした本殿の周りを一回りしてみたが、やはり彼女の姿はどこにも無い。


 (まさか、本殿に入ったなんて事は…無いと思うが)

 万森神社の本殿は、普段は頑丈な扉で閉ざされている。

 神社の関係者でもなければ、容易に本殿へ入る事はできない。


 (一体どうなってるんだよ…)

 文字通り、途方に暮れてしまう優一。日も暮れて、辺りは暗くなってきている。


 (仕方ない…帰ろう。伊関さんにはまた明日学園で会えるだろうし、絶対そこで聞き出してやる)

 明日必ず瀬美南に話を聞く事を誓って、彼は神社を後にしようとした。


 と、その時、

 「あれーーっ優一じゃん!優一がここまで登って来るなんて珍しいね!」

 「何だ飛鳥か…相変わらず巫女服で騒がしいギャップが凄い奴だな」

 「何だとは何よぅ。せっかく可愛い巫女さんが話しかけてあげてるのに、失礼しちゃう」


 彼女は藍本 飛鳥(あいもと あすか)。

 幼稚園の時からずっと一緒、今の学園でもクラスが一緒の幼なじみだ。

 この神社の娘なのだが、良く言えば元気一杯、悪く言えばお転婆。

 おおよそ巫女には似つかわしくない性格をしている。

 巫女らしいかどうかは別にして、いつも明るく元気な飛鳥はクラスの内外を問わず、学園の人気者だ。


 「そんな事より飛鳥、ここに女の子が来なかったか?今日転校してきた伊関さんなんだが」

 「伊関さん?今日ここに来たのは優一が初めてだよ?私が今日、巫女になってからの話だけどね」

 「そんな筈は無いんだが…おかしいなあ」

 「伊関さんって言えば、今朝は凄かったよね~。私もうびっくりしちゃったよ」

 「頼むからその話は勘弁してくれ…」


 そんな話をしている間に、辺りはすっかり暗くなってしまった。

 腕時計に目をやると、針は7時を指そうとしている。

 「もうこんな時間か…仕方ない、帰るわ。じゃあまた明日な」

 「うん、また明日ね!」


 そう言って飛鳥は優一を見送ったが、彼の姿が見えなくなると本殿に振り返り、そっと呟いた。

 「大変なのはこれからだよ、優一、瀬美南ちゃん…」


 翌日の放課後。優一と瀬美南は万森山の麓に来ていた。昨日2人が出会った、あの広場へ。

 優一は朝、学園に来るとすぐに美南をこの場所へ誘った。

 もちろん昨日の事、そして何より瀬美南自身の事を確かめる為だ。


 昨日逃げられているだけに嫌な顔をされるかな、と思ったのだが、

 「うん、いいよ。授業が終わったらすぐに行きましょう」

 とあっさり承諾されてしまったので、かえって拍子抜けだった。


 そして、放課後。学園からこの広場に来るまで、二人の間には一言の会話も無かった。

 優一は広場に着いたらどう話そうかずっと考えていたし、瀬美南も特に気にしてはいないようで、不思議と気まずい雰囲気にはならなかった。


 「ここは…な」

 桜の大木の下まで来ると、優一は切り出した。

 「俺にとって大切な奴が眠っている」

 「うん、知ってる。猫でしょう?」

 「…!」

 「だって、その猫…私だもの」

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