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2-single-minded  作者: 偽鏡像
2/10

2.紛乱

 (う~ん…分からん)

 1時間目、国語。古木こと「古鬼」の授業中。

 (どっからどう見ても、どう考えても…分からんぞ)

 分からないのは、もちろん授業の内容ではない。そんなものは全く耳に入っていなかった。


 (一体、伊関さんは「誰」なんだ?絶対に、間違いなく初対面のはずなんだが…)

 瀬美南の席は優一のすぐ横なので、まともには見られない。

 優一は頭の中で、瀬美南の姿を思い浮かべた。


 (人違いとか悪戯じゃないとしたら、やっぱり…)

 過去にどこかで、彼女と会っている。それしか考えられない。

 しかも瀬美南の態度から見て、よほど印象的な出会いをしている筈なのだ。

 (なのになぜ、俺は彼女を知らない?)

 (…出会ったのが小さい時だったら、姿形が全く変わっている可能性もあるか??)


 (…いや、そうだとしても…)

 こう言うと失礼かも知れないが、彼女の名前(瀬美南)はかなり珍しい。

 例えば「愛」とか「美穂」のように、よく見かける名前とはいえないだろう。


 (一度でも名前を聞いた事があるなら、印象に残っているはず…)

 (たとえ忘れてしまっていたとしても、名前を聞けば「ああそういえば」ぐらいは思い出せる気がするんだが…)

 (なのになぜ、俺は彼女を知らないんだ?)

 優一の考えは巡り巡りの繰り返し。思考はまさに「メビウスの帯」状態だ。


 「あーもう訳分からん!」

 「ほう…藤堂、どこが分からんのだ?」

 …思わず口に出してしまったようだ。

 「分からんなら、廊下に立って考えるか?(ギロッ)」

 「い、いえ!疑問は先生の授業で解決するはずです!ここにいさせて下さい!」

 「…ちゃんと聞いてろよ?」

 古鬼はそれだけ言うと、黒板に向き直って授業を再開した。

 (やばいやばい…古鬼の「お仕置き」なんて、もう二度と受けたくないぜ)


 優一は以前、良太の巻き添えを食らう形で古鬼の「お仕置き」を受けてしまった事がある。

 その内容は…廊下に1時間立つ事プラス、漢字の書き取り1000字。

 精神的にも肉体的にもキツ過ぎるお仕置きだった。


 (…とにかく、1人で色々考えたって仕方ない。まずは伊関さんに聞いてみるしかないか)

 優一は半ば無理矢理考えを結論づけて、授業に集中する事にした。


 休み時間。優一は早速瀬美南に聞こうとした。もちろん「彼女がなぜ自分を知っているか」をだ。

 だが、良太をはじめとするクラスメイト達がそれを許してはくれない。

 たちまち、2人の席には人だかりができた。


 「おい優一、ホントに彼女の事知らないのかよ?」

 「だから知らないんだって!」

 「しらばっくれてんじゃねえぞ!伊関さんがかわいそうだろうが!」

 「かわいそうとか言われてもなあ。戸惑ってんのはこっちだよ…」

 「伊関さんも、本当に間違いないの?藤堂君は全く知らないみたいだけど」

 「うん…。彼で、間違いはないよ」

 「ねえねえ、藤堂君とは?やっぱり過去に何かあったの?」

 「うん、あったんだけど…ごめんね、言いふらす事じゃないから」


 こんな感じで、2人共質問攻めにあってしまったのだ。とても瀬美南に聞ける雰囲気ではない。

 それに瀬美南の方も、優一との事を皆に言い回るつもりはないようだった。

 ならば、何とか2人きりの時間を作って聞いてみるしかないだろう。


 しかし、いくら向こうがこちらを知っているらしい・自分に好意を持っているらしいとはいえ、自分の知らない女の子をいきなり誘う勇気を、優一は持ち合わせていなかった。

 まして、瀬美南は優一にとってまさに理想の女の子(少なくとも見た目は)だったのだから。

 余計、気軽に声はかけ辛い。

 そうこうするうち、お昼休みもすっ飛ばしてあっという間に放課後になってしまった。


 「やっと退屈な授業が終わったな…。優一、この後どうする?」

 「悪い、今日は用事があるから先に帰るわ」

 「おっ?やっぱり伊関さん絡みか??そうかそうか、そうだよなあ」

 「もう反論する気も起きん…じゃあな、良太」

 「おう、明日詳しい話を聞かせろよ!」

 「だから違うってのに…。伊関さんもまた明日」

 「うん、さようなら…優一君」

 瀬美南とも短い挨拶を交わして、優一は教室を出た。


 (伊関さん…何も言ってこなかったな)

 優一はただ挨拶を返した瀬美南の言動を、かなり意外に思っていた。

 自惚れではないが、いきなり大切な人呼ばわりだの、キスだのされた身としては、絶対何らかの誘いがあると思ったのに。


 (それに…不思議なんだよな)

 今日1日、瀬美南と過ごした中で、優一がもう1つ疑問なのは、優一がいくら瀬美南の事を知らぬ存ぜぬと否定しても、瀬美南に全く残念・気落ちした素振りが見られない事だ。

 (「大切な人」に自分の事を全く知らないと否定されたらショックだろうし、「何で覚えてないのよ!」って怒ったりするんじゃないのか?)

 優一は瀬美南が何を考えているのか、ますます分からなくなってしまった。


 (まあ、「おいおい教える」とか言ってたしな。今はそれよりも…急ごう)

 そう思いながら優一は校門を出て、学園のすぐに近くにある万森山(まもりやま)に向かう。

 放課後こそは瀬美南とじっくり話をしたかったが、今日はどうしても外せない用事が優一にはあった。


 万森山は標高200m程の小さな山で、山の中腹には700年以上前に創建された万森神社(まもりじんじゃ)がひっそりと建っている。

 普段はあまり人が足を踏み入れない、緑豊かで静かな山だ。

 緑深い山道を歩く事10分。メインの山道を外れて、更に歩く事5分。

 そこにある小さな広場が、彼の目的地だった。


 「やっと着いた…ここに来るのも久しぶりだな」

 ここはメインの山道から外れているし、今は平日の夕方。当然のように、広場には誰もいない。

 優一は広場の奥にある、桜の大木の前まで歩いていく。


 (あいつがいなくなってから…今日で1年なんだな…)

 優一は、桜の木に向かって静かに手を合わせる。

 と、ふいに声をかけられた。


 「こんにちは」

 「………伊関さん?」

 振り返ると、そこには瀬美南が立っていた。

 (…なんで、彼女がここに?)

 優一は混乱した。

 (まさか、後をつけられていた?いや、そんなはずは…)


 確かに、後をつけられるなどとは全く考えていなかったから、後ろに気を配ってここまで来た訳ではない。

 それでも、この場所へ来るには人気のない山道を通るしかないのだ。

 ましてや、ここは一般の登山客や参拝客が通る山道からは外れている。

 相手がプロの探偵でもない限り、後ろに人が歩いていれば気づくだろう。

 それでも、彼女がここにいる可能性は、後をつけられたとしか…優一には考えられなかった。

 ましてや、転校初日の彼女が、何かの用事でこんな場所に来るとはとても思えない。


 「まさか、ずっと俺の後をつけてきたのか?」

 「いいえ、違いますよ…それじゃストーカーじゃないですか」

 瀬美南は優しく微笑んだ。

 「そんな事をしなくても、あなたはきっとここに来てくれるだろうと思ったから」

 「……………え?」

 (…彼女、今なんて言った?「来てくれるだろう」??)


 優一は混乱した。瀬美南は、まるで優一がここに来るのを知っていたかのような口ぶりだ。

 (一体なぜ分かったんだ?俺が今日この場所に来る事は、良太でさえ知らないはずなのに…)

 彼女の言動、彼女の行動、そして彼女の存在。もう、何もかもが分からない。


 「何で…俺がここに来ると分かったんだ?」

 混乱する優一は、どうにかその一言だけを絞り出す。

 「分かりますよ」

 瀬美南はまた微笑んで、桜の木の下…その一点に目を落とす。


 ― ここは…私が眠る場所だから ―

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