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死神と魔女4


 カンパニーのタイムスケジュールでは、食後に簡単なミーティングが開かれることになっている。

 食後、大きな長テーブルにずらりと座った少年たちの元へ、セリーヌは現れた。

 あまり派手ではない、ホールのような室内。目を引くものといえば、花瓶に飾られた深紅の花と、天井のシャンデリアぐらいだ。

 その中央に置かれた長テーブルには、ざっと二十数人の少年たちが並んでいた。十代の初めから、半ばくらいまでの少年たちだ。圧倒的に男子が多いが、女子の姿もある。

「報告から聞くわ」

 用意された、他のものよりも大きな椅子に座り、セリーヌは右端から順番に、仕事の報告を聞いていった。基本的なスタイルは人材派遣型の何でも屋なので、今日仕事のなかった者ももちろんいる。

 皆それぞれ、礼儀正しく、必要事項を告げていった。ほとんどが問題なし。

「じゃあ、なにか特別に、ある? なければ明日の割り振りをしましょう」

 事務的に次へ移る。

 しかし、左側の奥に座っていた金髪の少年が、遠慮がちに声を発した。

「あの、セリーヌ」

 小さいが、決意を込めた声だ。カンパニーの最高権力者であるとはいえ、呼びかけるときは名前を呼び捨てにすることが義務づけられていた。そのこと自体にためらいがあるのも事実だろうが、それ以上に聞きづらそうに、逡巡する。

 金髪に青い目の少年。怜を案内した、エイン=リーダだった。一斉に視線が集中する。

「なあに、エイン」

「あの……レグはもう、戻っては来ないんですか」

 しん、と静まり返った。それは、ここにいる少年たちの誰もが知りたいことだった。泊まり込みの仕事ならそう発表があるのに、突然姿を消してしまった仲間のことを、気にかけないはずがない。

 沈黙のなか、今度はセリーヌに注目が集まる。どういう言葉が出るのか、固唾をのんで見守っている。

「戻ってくるわ」

 当たり前のことであるように、セリーヌは微笑んだ。

「知ってのとおり、ここでの歴史がいちばん長いのはレグよ。少しお休みをあげただけ。もうすぐ戻ってくるわ」

 セリーヌは立ち上がった。緊張の面持ちを崩さないエインへ近寄り、愛しくて仕方ないというように、そっとその頭を撫でる。

「何もいわなかったから、心配したのね、ごめんなさい」

「いえ、そんな……」

そうして、その場にいる全員に告げる。

「みんなも、もし休暇が欲しいようならいってちょうだいね。この時期はそう忙しくないから、正規の休み以外にも、休暇はあげられるから」

 優しい笑顔だ。室内全体に、安堵するような空気が訪れた。

 レグがいつ戻るかはわからない。しかし、そう遠い先のことではないだろうと、セリーヌは喉の奥で笑う。

「だって、ここでしか生きられないものね」

 誰にも聞こえないように、そうつぶやいた。  

 

 自室に戻ると、当然のように翠華がいた。窓辺にもたれかかるようにして、腕を組んでいる。

「あら」

 セリーヌは方眉を上げた。

 悠良たちが滞在する豪華客室よりも、さらに豪勢な室内。赤絨毯が床にも天井にも張り巡らされている。やはり花瓶には、赤い花々が咲き乱れている。

「座ったら?」

 ガウンを羽織り、セリーヌは部屋の中央のソファに座った。赤い布の、シングルソファだ。勧められた翠華の方は、動く気配はない。

「あの子の様子を見てきたの? それとも、旧友にでも会ってきたのかしら」

「なんのことでしょう」

 とぼけるようにして、目を細める。いいのよ、とセリーヌは笑った。

「あなたが向こう側に味方したところで、事態は別に変わらないわ」

「味方? 僕はどっちの味方でもないよ。自分のやりたいようにやるだけさ」

 それは、そのとおりなのだろう。セリーヌは、考えの読めない青年の顔を見やった。うっすらと浮かべられた笑み。自分と、同じ種類の人間の表情だ。

「でも、セリーヌ。ひょっとすると、君にとっての誤算があるかもね」

 くっと唇の端を上げる。黒髪を後ろに払うようにして、興味深げにセリーヌは先を促す。

「誤算?」

「レグは戻らないかも知れない。ずいぶん、楽しそうにやっていたよ」

 ぴくり、と彼女の眉が動いた。

 それでも平静を装う。

「馬鹿ね……それではあの子はやっていけないのよ」

「そうかな。彼はそんなに弱くない。意外となんでもやっちゃうかもね」

 セリーヌは沈黙した。その可能性を考えるが、うまくイメージが出来ない。それは、彼女にとって、あってはならないことだ。

「結局さ」

 翠華は妖艶な笑みを浮かべた。ひどく残酷な笑み。

「君はなんでも手に入れられるつもりでいて、なにも手に入れてなんかいないんだ」

 セリーヌは立ち上がった。

 まっすぐ窓に向かい、翠華の隣の窓を開け放つ。

「どうぞ」

 翠華は肩をすくめた。

「図星を突かれて怒るの? 幼稚だね」

 でもいうとおりにしてあげる──そう告げて、翠華は窓から姿を消す。セリーヌはすぐさま窓を閉め、カーテンを強く閉め切った。

 胸に渦を巻く、負の感情。

 あの男は何だ。なんでも知っているような顔をして、こちらをかき乱す。すべてわかった顔をして、誰よりもわかっている事実を突きつける。

「……不愉快だわ」

 ある日突然現れた男は、自分と同じ目をしていた。何も受け入れていない目。だからこそ、側にいることを許したのに。

「レグが、戻らない……?」

 意味のない嘘をいう男ではない筈だ。

 セリーヌはむりやりゆっくりと歩み、もう一度ソファに身をうずめる。

「馬鹿な子」

 自ら傷つく道を選ぶというのか。

 あの子まで、自分を置いていくというのか。

 セリーヌは力任せに髪をかき上げた。

 胸の中に渦巻くものは、消えそうにもなかった。    



 食後、莉啓特製のデザートを抱え、怜はレグの部屋の戸をノックした。顔を出したレグは、見たことのない豪勢なデザートに目を丸くする。何があったの、開口一番がそれだ。

「親睦を深めようかと。入っていい?」

「親睦? 変なの。どうぞ」

 笑いながら、怜を招き入れる。デザートなどなくても良かったのだが、単に食べたかったので、手ぶらではレグに失礼だと莉啓を説得したのだ。釈然としないままに、莉啓は豪華フルーツ盛りをあっという間に作成した。夕食に腕を振るわなかった分、包丁が暇をしていたのかも知れない。

「啓ちゃんにいろいろ聞いた。仲間を助けるんだってね」

 レグより先にデザートを食べ始めながら、ついでのように怜がいう。レグはしっかりとうなずいた。

「うん。そう、決めた」

「そか。なら、協力するよ、力の限り」

 レグは静かに微笑む。きっとこの人たちなら、何の心配もないだろう。

「ねえ、その……死神、って聞いたんだ、レンさんたちのこと。それって、どういうこと?」

 危うく喉に詰まらせそうになり、怜は激しく咳き込んだ。

「だ、……誰がいったの、それ」

「ユラさん」

「悠良ちゃんが? ……ばかだねえ」

 呆れたように、首を左右に振る。レグがじっとこちらを見てくるので、怜はおとなしく説明することにした。

「レグはさ、ひとが死んだらどうなると思う」

 緑色の目をまたたかせ、レグは首を振る。

「考えたこともないよ。……そんなの、誰も知らない」

「ま、ふつうはな」

 怜は、フルーツの盛られた二つの器を、簡易テーブルに並べた。

「俺のがいまいるこっち側。レグのが、死後の世界ってやつだとしよう」

 怜の器に残った数少ないフルーツから、オレンジを一つフォークで刺し、持ち上げる。

「このオレンジ、死んだ人の中身、魂ってやつね。魂は死ぬと同時に、死後の世界に──俺らは天界って呼んでるけど──とにかくそこに、移動する」

 そのままフォークごと、レグの器に移す。

「ただその時、生前の記憶とかは一切なくなる。で、天界で長い年月を過ごした魂は、だんだん生きてた世界のあらゆることから解放されていく」

 いいながら、もう一度フォークを持ち上げ、オレンジのかけらの半分以上を口に入れた。

「その結果、ほとんど原型をとどめない、とってもきれいな新しい中身ができる。周りのいらないもんがなくなって、小さくなると思えばいい。で、そのあと……」

 残った小さなかけらを、今度は怜の器に移動させた。

「またこっちに戻って、ゼロの状態で生まれることになる。これが、だいたいの仕組みだ」

「……いったりきたりする、ってこと?」

「そういうこと。記憶とかないから、別人だけどね。俺たちの仕事は、死んだら当たり前に移動してくるはずの魂が来ない場合に、それを回収するって仕事だ」

 深く、レグはうなずいた。莉啓や悠良のいっていたことが、やっとつながった。レグに協力することが自分たちの仕事というのは、つまりそういうことなのだろう。

「じゃあ、カンパニーにいる子たちを、……回収しに来たってことだね」

 あるべき姿に戻す──莉啓の言葉が脳裏に蘇る。

「……ぼくのしようとしていることは、正しいのかな」

 ぽつりとつぶやいた。

 一緒に暮らしていた仲間が、もう死んでいたのだとして、再び死を突きつけることは、果たして正しいのだろうか。もしかすると、恐ろしい偽善なのではないか。

「考えるなよ。レグの決意が何だろうと、俺たちは仕事をするだけだ」

「……うん」

 あるべき姿にすべきなのだ。ぼんやりと、正義感のようなものがそうささやく。

「だって間違ってる。……狂ってる。死んだ人間をむりやり生かすなんて」

「それだけの理由があるんだろ」

 一概に間違っているとはいえない。そんな安易な結論を出せる問題ではなかった。

 死んだ人間が、自然の条理に逆らってまでこの世での時を得る──生半可なことではない。それだけの強い思いがなければ、できることではない。

「な、レグ。確か最初に会ったときにも持ってたけど、あの本はなんなんだ?」

 がらりと話題を変え、怜はベッドの脇に置いてある分厚い本を指した。カンパニーから逃げてきたレグが、唯一持っていた物だ。

「これ?」

 手を伸ばして、怜に手渡す。ずいぶんと分厚い、重い本だ。

「たいしたものじゃないよ。なんでか、思わず持って来ちゃったんだ。習慣になってるからかな」

「見ていいの?」

「恥ずかしいけど」

 しおりの挟んであるところを開いてみる。昨日の日付と、出来事が簡単に記されていた。

 恐らくそうなのだろうと予想はしていたが、そもそもこの部屋に来た目的の品があっさりと手元にきたことに、怜は心のなかで自身を賞賛する。さすが俺。

「でかい日記だな」

 素直な感想を口にすると、照れたように、レグは笑った。

「最近じゃ、ほとんど毎日書いてるからね。これだけなんだ、ぼくが持っているの。ぼくは拾われた子だから、いつか、もしかしたらだけど、お母さんやお父さんに会えたときに、見せたいと思って」

「そっか」

 ぱらぱらと、怜はページをめくっていった。昨日、一昨日、とさかのぼる。翠華が見てみろといったらしいが、別段、変わったことは書かれていないように見える。

 すべてのページに目を通していたのではきりがない。ペースを上げ、どんどんめくっていく。

 だんだん、日付の間隔が広くなっていった。週に一度、一ヶ月に一度──

「……?」

 違和感を感じて、怜は最初のページを開いた。

 そして、信じられない思いで、目を見張る。

「レグ、これ……」

「何? ああ、懐かしいな」

 開かれたページを見て、くすぐったそうにレグが笑う。

 怜の頬を、冷や汗が伝った。

「このころね、書き始めたんだ」

 そこに記された日付は、およそ四十年前のものだった。



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