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死神と魔女3

 一際大きく咲き誇っていた深紅の花が、急速に枯れ、はらりと落ちた。

 ためらいもなく、くしゃり、と踏みつぶす。

「あっけない」

 セリーヌは、退屈そうに息を吐き出した。

 術を施している間は、その者の見ているものと、同じものを見ることができる。ほんの少しの、期待もあったのだが。

「こんなものなのかしら」

 視線を落とすと、まだ形を保っている枯れた花が目に入り、セリーヌは不快感を露わにしてそれを拾い上げた。

 花が枯れるところを見るのは、好きではない。

 人が死ぬのと、同じくらいに。

「だって不公平だわ」

 何もかもが癪に触った。

 あらゆる感情を忘れた彼女にとって、それはある意味では喜ぶべきことなのかも知れなかったが、胸にあるこの負の気持ちは、間違っても歓迎したいものではなかった。

「あの女……」

 赤い髪の、生きる光に満ちた目の女。

 セリーヌは、きゅっと指先を噛んだ。鮮血が垂れることなど、気にも留めなかった。


*   


 右手と右足に包帯を巻き、まだ足は縄でくくられたままで、怜は運ばれた食事に一心不乱に飛びついていた。さすがに目立ってしまうので、食堂ではなく、部屋のなかだったが。

「もう少しやり方があったはずだ……怜がかわいそうじゃないか。ケガさせるなんて。やだね、野蛮な術士は。やだやだ」

 先ほどから、我が物顔で一番いい席を陣取り、翠華がぶつぶつと文句をいっている。再発してもいいように、莉啓は怜の隣に、悠良は少し離れたところに座っていた。

 翠華はというと、カンパニーに戻ったところ、怜と入れ違いになっていたので、もう一度やってきたらしい。暇な男だ。

「あっさりと術にかかるのが悪い。悠良を手にかけようとしたことがなお悪い」

 翠華への反論なのか、怜への嫌味なのか、憮然と莉啓が吐き捨てる。

「怜は、私には何もしなかったわよ」

「何もしなかった? 服を血で汚した。十分だ」

「ああ、確かに大罪ね」

 この二人のペースは相変わらずだ。  

「だいたい、本気でやり合えば君なんかに怜が負けることはないんだ。怜はこう見えて頭脳派なのに。あんなただ突っ込むような戦い方……」

 なおもぶつぶつと、翠華が毒づく。耐えかねて、莉啓はため息と一緒に言葉を吐き出した。

「おまえは結局なにがしたいんだ。俺と怜を戦わせたいのか」

「君がキライなだけだよばーか」

 黙っていれば神秘的な美しさを誇るのに、口を開くとこれだ。あまりの幼稚さに怒る気も失せ、莉啓はもう一度嘆息する。

「それにしても久しぶりだな、翠華。何年ぶり? おまえこんなとこでなにしてんの?」

 どうやら皿の征服を終えたらしい怜が、かつての相棒に向き直る。翠華は、怜が聖者として悠良に選出されるより以前に、組んでいた相手だ。

「ここじゃない町でぶらついてたら、死んだはずの人間が行方不明だって話を聞いたんだ。気になって調べたら何件かあって、消息を追ううちにこの町にたどり着いた。一応、『仕事』中だよ」

「……すらすらと、あなた本当に怜には素直ね」

 驚いて、というよりは呆れて、悠良がそんな感想を漏らす。今朝の態度が嘘のようだ。

「じゃ、目的は一緒なわけだ。カンパニーの内部事情はばっちり?」

「や、目下調査中──ごめん、まだセリーヌに近づいて数日だからね」

 怜の問いにはよどみなく答える。そういえばこういう男だったわ、と思い出したくもないことを思い出し、悠良はなんだか疲れて窓の外を見る。ずっと組んできた絆、というものがあるにしろ、明らかにひとをみて態度を変えるのはやめて欲しい。かわいらしくいえば、人見知りということになるのだろうか。

「怜、そっちはどうだったんだ。まさか、術をかけられただけじゃないだろうな」

 いつもより不機嫌な相貌で莉啓が問う。ほとんどそのとおりだったが、怜はなんとか記憶を巡らせた。

「あー、少しあるな、収穫。資料貸して」

 悠良が、荷物から紙の束を取り出す。

 受け取り、一番下の紙に走り書きされた名のなかから、ひとりを指した。

「これだ、エイン=リーダ。上からの資料にもある名前。ここの一つ前の町で、馬車にぶつかって亡くなってるはずの」

「会ったの?」

「会った」

 怜は、金髪の気の弱そうな少年のことを話した。話すといっても応接室への案内だけなので、たいした情報ではない。

「ということは、やはりターゲットはあの屋敷に集まっているとみるのが自然か」

「あそこで住み込みで働いている子は、把握する限りみんな生きていてはいけない人間だよ。セリーヌがどうやって連れてきたのかは知らないけど」

 協力する気になったのか、莉啓の台詞に反応し、翠華の口からも情報が提供される。それぞれ、思い思いに思考を巡らせるような、沈黙が訪れた。

「……でも、おかしいわ」

 静かな声で、悠良が異論を唱えた。

「お母様に確認したの。セリーヌ=エリアントという人物は、魂の未回収リストのなかに存在しない」

「悠良嬢、それは確か?」

「……偽名でなければね」

 今度は翠華が、いぶかしげに眉根を寄せる。

「……じゃああの女は本当に化け物か」

「化け物か恐ろしく博識か、どっちかだね。とりあえず、術を扱えるということはわかったし、異様に知識があることもわかった」

 手持ちぶさたなのか、包帯をいじりながら怜がいう。少なくとも術を扱えるということは、怜の手によって証明されたのだ。身を持って、ということになってしまったが。

「博識、というのはそのとおりだろうな。『術』というものが廃れてから経った年月は、術そのものを風化させたはずだ。それを扱えるということは、そうとうな知識だ」

 しかもまねごと程度ではなく、見事に怜を操っていた。精通しているとみるべきだろう。

「基本的に、君はわかってないね、莉啓。怜がいってるのはそれだけじゃないよ」

 笑うようにして、翠華が莉啓を見据える。

 怜が続けた。

「セリーヌ=エリアントは俺を見て、東から来たのか、といっていた。疑問っていうより確信だったね、あれは。しかも俺のこの棒を、棍、って正式な名前で呼ぶし。あれは単に博識っていうよりは、もしかしたらものすごく……」

 ものすごく──怜は言葉を飲み込んだ。それは、あってはならないことだ。

「……長く生きているのではないか、ということ?」

 悠良が確信をつく。鼻先で翠華は笑った。

「ありえないね。だったら、大昔に死んだはずの人間、ってみるほうが自然でしょ。悠良嬢の情報の元になるリストだって、そんな大昔からは把握されてないんだろうし」

「……そう、そうだわ」

 そもそも、魂の回収という役割は、代々次期天女候補に課せられる仕事だ。母親も、その母親も、ずっと前の代まで、当たり前のようにこなしてきた。

 しかし、もし何代も前に回収されなかった魂がそのままになっていたのだとしたら──リストから漏れている可能性も、十分に考えられる。

「そこはもう一度、弥良様に確認した方がいいだろうな」

 弥良とは、悠良の母親の名だ。またあの人に会いに行くのかと、悠良の表情が曇る。正直、あの母親の相手は疲れるのだ。 

「いつまでもこんなとこでくすぶっててもね。僕はセリーヌのところにもどるよ。そっちはそっちで好きにやりなよ、別に邪魔はしないからさ」

 翠華は立ち上がった。窓から出て行こうとして、ふと振り返る。

「怜は僕と一緒に行動しない? そこの二人より役に立つよ」

「えー、俺は愛しの悠良ちゃんを離れるわけには……」

 うそぶいた怜の鼻先すれすれを、ひゅっと包丁が飛んでいく。隣の莉啓が剣呑な目つきでこちらを見ている。

「……と申しますかこっちはこっちで頑張ります……っつーかとっさに出る武器が包丁ってどうなんだおまえ……」

 遅れて垂れる冷や汗。莉啓は無表情のまま、もう怜には注意すら払っていない。

「そ、残念。じゃ、またね」

 ぞれほど残念な素振りもなく、そうだろうと思ったけど、という調子で、翠華はそのまま窓へと直進した。がらりと引き上げ、まるで玄関から出て行くかのように、慣れた様子で身をくぐらす。

 そして、ふわりと飛び降りたように見えた。かすかに聞こえる笛の音。

「やー、あいつ相変わらずだなー」

 他人ごとのほうに、ぽつりと怜がつぶやいた。


「レンさん! お帰りなさい!」

 遅れたものの、夕食をとりに階下へ向かうと、手伝いをしていたらしいレグが駆け寄ってきた。先ほどの騒動については、翠華の笛の音のおかげでなかったことになっているようだ。

「お、ただいま。働いてんじゃん、偉い偉い」

 しゃがんで、レグの頭をぐりぐりとなでまわす。くすぐったそうに彼は笑い、それから少し気を引き締めた顔で、莉啓を見上げた。

「莉啓さん、夕食は? ……やっぱり作る?」

「もちろ……」

「いいわ、ここのものを出して」

 莉啓の言葉を遮り、悠良が答えた。莉啓の食事の方が格段においしいが、そんなことよりもいまは早く落ち着いて食事がしたい。

「じゃあ、お待ちくださいね」

 席を勧め、ぺこりと頭を下げてレグは去っていく。

「悠良、俺は別に」

「気分の問題よ。また明日お願いするわ」

 そういわれてしまえば、それ以上食い下がることも出来ず、悠良に続いて莉啓もテーブルに着く。

「じゃ、俺ちょっと手伝ってくるわ」

 そんなことをいい残し、怜は厨房に姿を消した。

「怜は子どもに好かれるわよね。莉啓のときと随分態度が違ったわ、あの子」

 後ろ姿を目で追いながら、ため息混じりにつぶやく。異論の唱えようがない。莉啓は咳払いを一つ。

「仕方ない。特性の問題だな」

「しゃがんで男の子の頭を撫でる莉啓も想像しがたいものね」

「…………」

 まったくそのとおりだ。

 厨房から、皿を両手にレグがこちらに向かってきていた。棒を置いていけばいいのに、棒と四枚の皿とを器用に抱えた怜も続く。

「日記」

 突然思い出して、悠良はつぶやいた。

 莉啓も、ああ、と声を出す。

「忘れていたな……」

 今朝、「ヒント」として、翠華に見るようにいわれていた。結局それについては、先ほどの話題に出てこなかった。

「あとで、見せてもらいましょう。あの子の名も、天界のリストにはなかったから、何か別のことだわ」

「怜の担当だな」

「そうね」

 無表情二人組は勝手に結論を出す。食事の礼をレグに告げ、席に着いた怜と共に、食事に取りかかった。

 

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