表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

得たもの4


 レグがホールに走り込んできたときには、あれほど飾られていた花々は燃やし尽くされ、人々は皆、倒れ伏していた。

 壇上では、セリーヌが座り込んでいる。感情のない瞳で、ぼんやりと、何もないところを見つめている。

「少し、わかる気もするよ、セリーヌ……本当はね」

 着衣の乱れを整えながら、すっと翠華が彼女のとなりに降り立つ。

 焦点の定まらない瞳を見た。

「僕も……下界で、ときの流れの違うなかで、過ごしてきたから。君の気持ちは、少しわかるんだ。君が似ているといったのは、そういうことだね」

 まわりの人々が通り過ぎていく感覚。確かにそこには、言葉に出来ない、寂しさがある。

「でも君は選択を誤ったんだよ」

 翠華はセリーヌの黒髪に触れた。

「望むだけでは、手に入らない」

 三百年近くのときのなかで、彼女はただ、求めたのだ。

 きっと、望みの叶ったときも、あったのだろう。

 しかしそれに気づき、見つめることが、出来なかった。

「……ひとりにしないで」

 セリーヌは、力のない声を絞り出した。

「一緒に、いて」

レグは拳を握りしめた。セリーヌのもとへと歩み寄り、手にした分厚い書物を置くと、彼女の両肩をつかんだ。

「セリーヌ、ぼくじゃ、だめかな」

 できるだけ明るくいおうと思ったのに、声が震えた。

 遅れて到着した悠良が、莉啓と怜の隣で、成り行きを見守る。

「ぼくがいるよ。どこにも、いかないよ。一緒にさ、これからも、一緒にいようよ」

 明るい声を出すが、泣き笑いのような顔になる。

 自分を恥じた。

 自分は、彼女のもとを離れてはいけなかったのに。

「セリーヌは頭がいいし、優しいから……いろいろ、考え過ぎちゃうんだよ。ぼくが、いるから。それじゃ、だめかな」

「レグ……」

 セリーヌは肩を震わせた。

 笑いがこみ上げた。

「馬鹿な子」

 突き放すような笑顔。

「あなたじゃだめよ」

 かっとして、莉啓が身を乗り出す。怜はそれを制した。

「死人の子は最初から死人──あなた、ほんとうは、生まれていないの。あなたじゃ、足りないの」

「子……?」

 翠華が眉を顰める。

 死人の子、と彼女はいった。

 それならばレグは。

「リストにないのは当たり前ね……セリーヌ、あなた、死んでいる身で、レグを宿したのね。レグは、あなたの子でしょう?」

 確信を持って、悠良が問う。知らなかったの? とセリーヌは笑った。

「あのひとのことが忘れられないでいるうちに、お腹が大きくなっているのに気づいたわ。それから何年も経って、生まれてきた。何十年も経って、急に成長した。──わかる? あなた、ここでしか、わたしのそばでしか、生きられないの。それが当たり前なのよ」

 だって、生まれながらにして、死んでいるんだもの。

 愛おしそうに目を細め、セリーヌはレグの頭を撫でた。馬鹿な子、と、もう一度繰り返す。

「うん」

 レグはうなずいた。

「だから、これからはずっと、一緒にいよう、……お母さん」

「いらないわ! わたしから離れていったくせに!」

 しん、と静寂が訪れた。

 セリーヌはすぐに後悔した。

 いま、自分は、何をいった?

「ごめんね」

 レグは笑った。

 その頬を、涙が伝った。

「狂ってるとか、嘘だよ。大好きだよ、セリーヌ」

 それだけだった。

 それだけの言葉を残して、レグは光のなかに消えた。

「……存在を生んだ者から、存在を否定されれば、消えるのは当然よね」

 悠良が告げる。

「満足?」

 

 セリーヌは頭を抱え込み、声を限りに叫んだ。

 望んだのはこんなものではない。

 こんなものではない。

「嘘よ、戻ってきて……あの子だけは、ずっと、一緒だったのに……」

 どこから歯車が狂ったのか。

 望んだことがいけなかったのか。

 得ていた、大切なものに、気づかなかったのがいけなかったのか。

怜は、セリーヌの足下に転がる書物を拾い上げた。

 無造作に、彼女に手渡す。

 セリーヌは震える手で、ページをめくった。



 ○月×日

 セリーヌとはじめて町に出た。見たことのないお店ばかりで、なにかひとつだけ買っていいっていわれたけど、決めることができなかった。店がしまって、ざんねんにおもいながら帰ったら、セリーヌがおかしをくれた。町で見た、うまの形をしたやつだ。セリーヌはやさしい。


 △月○日

 セリーヌとケンカした。ケンカというより、おこられた。ぼくがそうじをさぼったからだ。セリーヌはこころがせまいとおもう。もう口もきかないとちかう。

 やっぱりあやまった。ごめん、ここに書いたこともうそです。ごめんなさい。

 きらいにならないで。


 ○月△日

 今日、初めて仕事をした。町の工房の手伝いだ。よくわからなかったけど、いわれるとおりに仕事をした。たくさんほめられた。

 帰ったら、セリーヌにもほめられた。

 もっとがんばろう。


 ×月○日

 セリーヌが誕生日を教えてくれない。しかたないから勝手に決めて、花をプレゼントした。セリーヌはよくわかってなかったみたいだけど、ぼくは決めた。今日がセリーヌの誕生日だ。

 これからは毎年、プレゼントをあげよう。



「馬鹿な子……」

 もうこれ以上、ページをめくることが出来ず、セリーヌはつぶやいた。

 涙がこぼれていた。

 ひとりだなどと、どうして、そんな思い違いをしていたのだろう。

「望むものなんて、手に入るわけがないわ」

 悠良の静かな声が聞こえる。

「もう、とっくに、終わっていたのだから」

 ただそれに気づかなかっただけだ。

 愚かにも、求め続けただけだ。

二百七十四年──それだけ遠回りをして、そうしなければ、気づくことさえできなかった。

 セリーヌは理解した。 

「馬鹿なのはわたしね」

 自嘲する。

 いまならわかる。殺してなどと、自分が認めない限りは、不可能だったのだ。

 ここにとどまることの無意味さを。

 死んでいるのだという事実を。

「やっと、本当に、死ぬことができるわ……向こうで、レグに、会えるかしら」

 誰もその問いには答えなかった。セリーヌも本当は、気づいていた。

 会えるものならば抱きしめて、ありったけの愛を注ぐのに。

 セリーヌは、ゆっくりと舞い上がった。他の魂がそうであるように、手足からゆっくりと薄らいでいく。

 そうして消えた。

 気の遠くなるほど生きた魔女は、静かに、光に溶けた。

「ごめんなさい」

 悠良はつぶやいた。

「あなたを、救えなくて」 




 その日、町には光が降り注いだという。

 天界への扉を開けた影響なのか、魂が流れ込んできたせいなのか──。理由はわからないが、町にいる人々は、幾つもの光が流れていくのを、見た。

 それは不思議な輝きだった。

 煌々と存在を主張するのでは決してなく、ぼんやりと、優しさに包まれたような光だった。

しかしそれは、悲しい光だった。

 光を見た人々は、我知らず、涙した。

 何かをなくしたのだと、彼らには、わかったのだろうか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ