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得たもの3

「ひとりになりたくなかったのよ……」

 セリーヌはつぶやいていた。

 果たしてそれは、そんなに大それた望みだったのだろうか。

 ひとりは嫌だと、誰かとともにいたいと思うことは、そんなにいけないことだったのだろうか。

「最初は……そう、最初は、ただあのひとといたかっただけ。あのひとを、愛していただけ。それだけだったのに」

 二十歳のとき、恋をした。

 焦がれ、結婚も決まり、毎日が幸せであった。

 いまでも鮮明に思い出せる。花羅、と優しく呼びかける、あの声。幸せはこのまま、永遠に続くのだと、信じて疑わなかった。

 しかし、彼女は崖から落ち、命を落とした。ただ彼とともにいたいと願い、死にたくはないと願い、思いが通じた。

 始まりは、ただそれだけの、思い。

「でもあのひとはいなくなった……老いていかないわたしを気味悪がって、おかしくなって、先に死んだの。卑怯だわ。わたしはあのひとのために、死を捨てたのに」

 それから二百七十四年──懲りずにひとを愛し、ともにありたいと願い続けた。

 しかし、願いなど、叶わないのだ。

 自分は死んでいるのだから。   

「ねえ、あなたたち死神なんでしょう? だったらどうしてもっと早く、来なかったの?わたし、生きていたいと願ってなどいないわ……早く終わらせて、終わらせてくれればよかったのに……こんなひとりのときを、気の遠くなるほど長いときを、望んでなどいなかったのに!」

「──ひとりだったの?」

 静かな声で、悠良が問うた。

 真っ直ぐな瞳。吸い込まれるように、目が離せない。

「あなたの望みは、本当に、叶っていなかったの?」

「……?」

 何をいっているのか、わからない。

 セリーヌは首を左右に振った。

 責めているのか。

 まだわたしを責めるのか。

 ならば、どうすればよかったのか──

涙が、一筋、こぼれ落ちる。

「セリーヌ、泣かないで」

 少年がひとり、歩み寄ってきた。

「セリーヌ」

「泣かないで」

「セリーヌを苛めないで」

 二人、三人──カンパニーで働く少年たちが、いつのまにか皆、セリーヌの周りに集まってきていた。

 黒の魔女をかばうように、数人が彼女を囲む。

 セリーヌは嘲笑した。

「馬鹿ね、あなたたち、死んでるのよ……ただの私の操り人形なのに。こんなときでも、ご主人様に忠実なのね……」

 ひとりひとりを、その存在を確かめるように、じっと見つめる。それでも、彼らを屋敷に連れてきたときには、望みが叶ったような気がしていた。決して老いることのない、自分と同じ死人と暮らしていけるのだから。

「──くだらない! もういらないわ! さっさといなくなりなさい! 操られていることにも気づかない、馬鹿な子たち! そんな作り物では……あなたたちでは、わたしの望みは叶わないの!」

 少年たちは少し悲しそうに笑った。なかのひとりが、セリーヌにキスをする。

 彼らはふわりと浮かび上がり、やがて輪郭がうっすらと色を失い、消えていった。

 セリーヌは、目を見開いて、空中を見つめる。

「本当に、いなくなったの……?」

 また、自分は置いていかれるのか。

 またひとりになってしまうのか。

「悲しいひと」

 悠良のつぶやきが、ひどく遠くで聞こえる。

 何かが、セリーヌのなかで、破裂した。


 ホールに倒れていた人々の頬に、手足に、黒い文様がみるみるうちに浮かび上がっていく。彼らはゆらりと立ち上がり、ひどく緩慢な動作で、悠良たちの方を向いた。

「あちゃー、そう来たか」

 さして危機感のない声で、怜がいう。莉啓は剣呑な目つきで彼をにらみつけた。

「貴様……計画は万全のようなことを、いっておきながら……」

「考えてなかったねー」

 飄々とした答え。そもそもここは敵の本拠地なのだ。こうなる可能性は予測しておくべきだったのだろうが、魂流出の件で、それどころではなかった。

 莉啓の怒りがふくれあがり、一瞬、一触即発の空気が流れる。だがここでやりあうほど、馬鹿でもない。

「啓ちゃんは悠良ちゃんよろしく。こっちは俺と翠華でなんとか」

「いいだろう」

「了解」

 三人は跳躍した。瞬時に悠良の手をつかんだ莉啓が、ホールの端に避難する。入れ替わるように二人はホール中央に躍り込み、各々の武器を構えた。

「そういえばおまえ、笛吹いてもだめなの?」

「だめ。こっちの術で寝かせているところを起こされたってことは、悪いけど向こうの方が上手だよ」

「使えないな……ま、魔女相手じゃね」

しかしこれは、やっかいな相手だ。まさか怪我を負わせるわけにもいかないが、気絶させないことには何度も起きあがって襲ってくる。

 セリーヌは、壊れた笑顔で、その様子を見守った。

 もう、みんな、いなくなってしまえばいい。

「あなたたちさえ来なければ……こんなことにはならなかったのに! 邪魔をするなら、いらない! いらないわ!」

 狂気に満ちた笑い声が、ホールに響く。

 ずいぶん勝手ないい分だ。思い通りにならなければ、まるで子どものように癇癪を起こす。

 悠良は莉啓の後ろにかばわれつつ、ホール内を見渡した。

「レグがいないわ」

 莉啓も見る。

 少し前までは、ホール内にいたはずだ。しかし、確かにいまは、その姿はなくなっている。

「さっき一緒に消えた……わけではないな。あそこにはいなかった」

「探してくる」

「──悠良!」

 制止しようと、細い腕をつかむ。悠良は静かに、莉啓を見つめた。無言の言葉。

「……わかった」

「莉啓はここで援護を」

 反論を許さない口調。莉啓はおとなしく手を離す。

 悠良は走るようにして、ホールから出て行った。

 残された莉啓は手を振り上げ、ホールの様々な箇所に飾られた赤い花を見やる。恐らく、あの花が元凶だ。

 空中に、陣を描く。何もないはずの空間が赤く光り、炎が生まれた。 

   

   *


 レグは、見ていた。

 仲間たちが消えていくのを、ホールの端で、見ていた。

 彼らの笑顔が脳裏から離れない。

 どうして。

 一緒にいたのに。

 確かに、みんなで、──生きて、いたはずなのに。

 あまりにも残酷だ。

 混乱するままに、彼はホールを逃げ出していた。

 消えてしまいたくないとか、生きていたいとか、そんな単純なものではなかった。

 ただ恐ろしくなった。

 彼らがやはり、死んでいたのだという事実と、何もできなかった自分が。

「……どうしよう、どうしよう、どうしよう……」

 自室にこもり、抱いた枕に顔をうずめ、自分に問いを投げ続ける。

 どうするのが正解なのか。

 好きなようにすればいいと、怜はいった。

 好きなように?

 好きってなに?

「そうやってまた逃げるのね」

 頭上から、声がした。

 顔を上げずとも、誰なのかわかった。見上げる勇気はなく、沈黙を守る。

 何をいえばいいのかわからない。

 自分はまた、逃げてきたのだから。

「あなた、ともだちを助けたいと、いっていたでしょう。助けられたの?」

 答えられなかった。

 助けてなどいない。

 助けるというのがどういうことなのか、もうわからないのだ。

「そこで、ずっと、そうやっているの?」

 レグは泣きそうになった。

 なぜ、この人は、いつも正しいことを突きつけるのか。

 ならば何をすればいいのか、教えてくれればいいのに。

「……悠良さん」

 声を絞り出した。

 悠良は黙って、続きを待つ。

「みんなが、死んでいたって……どうして? 何が違うの? 生きていることと、何が、違うの?」

「わからないの?」

 感情のこもらない声が、投げかけられる。

「ときが止まっていたのに」

 レグは顔を上げた。

 悠良の瞳を見つめた。

 毅然としたいつもの目の奥には、悲しい色があった。

「ときが、止まっていた──?」


 変わらない幸せ。

 変わらない日々。

 そんなものは本来、存在しないのだ。


 急速に、レグは悟った。



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