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望むもの4


 がらんとした室内に立ちつくし、怜は長い棒を携えたまま、どうしたものかと途方に暮れた。

 あまり長い間、いなくなっていたわけでもないのに、悠良も莉啓も姿を消している。

 しかし、すぐにテーブルの上に置かれたメモに気づき、かがんで拾い上げた。

『悠良嬢、ちょっと借ります 翠華』

 いやに丁寧に書かれた文字。

「……借りるって……合意のもと? え、誘拐?」

 とまどいつつ、室内を見渡す。別段、争った形跡もない。しかし翠華なら、誘拐ぐらい痕跡を残さずさらりとやってのけるだろう。メモが残されているということは、合意のもとと見るべきか。

「……これ、啓ちゃん見たら暴れるなあ」

 数秒間思案し、怜は新たにメモに書き加えた。それから階段を下り、レグの部屋の戸をノックする。

「ユラさん? 知らないよ」

 とりあえず聞いてみるが、やはり何も知らないようだ。

「そか……たぶんさ、カンパニーに行ったんじゃないかと思うんだ。で、迎えに行くつもりなんだけど。レグ、どうする?」

 朝食の献立でも聞いているような口調で問う。レグは言葉につまり、一度うつむいた。

 覚悟はできたか、と聞いているのだ。

 うかつには答えられない。

「……ぼく、行くよ」

 顔を上げ、力強くそう答えた。

 怜はレグの栗色の頭を、くしゃりと撫でた。


 さして広くもない部屋。

 床にも天井にも、赤い絨毯が張り巡らされ、クリーム色の壁はところ狭しと生けられた赤い花々に隠されている。置かれた家具はダークブラウンの木製。

目を開け、まず飛び込んできた赤い色彩に、悠良は嫌悪感を抱いた。

「……悪趣味」

 思わずつぶやく。つぶやいてから、両手と両足に黒い文様が描かれていることに気づく。拘束されているわけではないが、手足が重い。持ち上げるのも億劫だ。

 身体全体に重りがあるような奇妙な感覚を覚えながら、悠良は身体を起こした。ベッドの上に寝かされていたようだ。セリーヌの術により、意識を失ってしまったのだろうか。

 ふと、赤い花にかたどられた、大きな鏡が目に入った。否応なく、自身の姿が映し出される。

「──っ」

 吐き気を覚えた。

 手足だけではない、全身に施された黒い文様。衣服も、レースのついた黒いワンピースに替えられている。

 悪趣味にもほどがある。

「……操られて、何かやってないでしょうね、わたし」

 そんなことをつぶやいてみるが、考えたところでわからない。脱力感が襲い、身体を動かすだけで目眩を感じたが、どうにか扉まで近づく。

 ノブに触れても、伝わるのは重い感触。鍵がかけられている。

「当たり前ね」

 諦め、ベッドに戻った。ソファのような気の利いたものは置いていないのだ。腰をおろし、黒い文様の描かれた両手を見つめた。

 術など解除できそうにもない。文様のせいだけでなく、部屋全体に満ちたよどんだ空気。呪いの類なのだろうか。

 試しに文様を消そうとしてみるが、やはり無駄だ。

 気配もなく、扉が開いた。悠良は顔を上げ、来客を見やった。

「お目覚めね、おはよう、悠良さん」

 上機嫌な様子で微笑んで、セリーヌ=エリアントは優雅に礼をした。その様子に違和感を覚え、悠良は眉をひそめる。

「ずいぶん浮かれているわね。何かあったのかしら」

「おわかり?」

 率直な意見に対しても、笑顔を返す。気味が悪いぐらいの、裏のない笑顔だ。

「わたし、まちがっていたんだと、気づいたの。これまでのような、なまぬるいやり方では、わたしの望むものは手に入らない」

 すっと近づき、悠良の前に立つ。身をかがめ、思うように動けない悠良の赤い髪に、そっと触れた。

「協力してくれるんでしょう、悠良さん」

 悠良は彼女の淀んだ黒い瞳を見つめた。光のない目だ。彼女の瞳は、光を失ってからどれぐらい経つのだろう。

「身体の自由を奪っておいて、お願いというわけはないわね」

「もちろん」

 くすくすと、セリーヌは笑う。

「むりやりにでも」

 そう続けて、いとおしそうに、悠良の髪に指をとおした。そのまま髪を梳くように、すっと手を滑らす。

「もう信じないわ。まわりにいる者すべて。きっとみんな離れていく」

 セリーヌは遠くを見るような目を見せた。見つめたままで、悠良は問う。

「あなたは、何に執着しているの」

 ゆっくりと、彼女はもう一度悠良を見た。

 薄く笑うような唇。

「あなた、ひとを愛したことあるかしら」

 逆に問われ、悠良は迷わず首を振った。

「ないわ」

「嘘」

 すっと目を細め、悠良の揺るがない瞳を見据える。

「あなたのまわりにいるひとたち……みんな飾り? あの棍を持った子、あなたを殺すように命令したのに、わたしの術に逆らっていたわね。よほどの精神力がなければできないわ。もうひとり、黒い姿の子は、いつもあなたに付き従って。まるでナイトね」

 怜と莉啓のことだ。飾りといわれたことに反論しようと口を開くよりも早く、セリーヌは続ける。

「あれだけ想われているのに。あなたは想っていないの?」

「大切に思っているわ」

 きっぱりと、悠良は告げた。

「まわりにいるひとたちすべて、愛しているわ。……愛してるという言葉の意味を、そうとらえてもいいのなら」

「でしょう? ひとはひとを愛さずにはいられないものよ」

 うっとりとするように、セリーヌは瞳を閉じた。

「わたしも愛した。これまでに何人も、本気で、愛してきた」

 何かを思い出しているのか、そのまま彼女は口をつぐんだ。手は悠良の髪に触れたままで、ぴたりと動きを止める。

 奇妙なときが流れた。悠良は、身動きがとれないでいる。

「……でもみんな裏切った」

 ぐっと、セリーヌは悠良の髪を握りしめた。

「みんな裏切った。みんな死んでいった。愛したひとはみんなわたしをおいていった。それだけじゃない、みんな、わたしとは違うときのなかで幸せに生きて、幸せに死んでいったのよ。……どうして? どうして当たり前に与えられるはずのものが、わたしには与えられないの?」

 首をかしげて、悠良に問う。悠良には答えられるはずもなかった。ただ彼女の瞳から目をそらさず、答える代わりに問うた。

「だから、死んだ子どもたちを集めたの?」

 そうよ、とためらいもなく、セリーヌは肯定する。

「最初のうちはね……行き場のない生きている子たちを雇ったわ。でもみんな死んでいったの。だから、死なない子を集めたのよ。思いつくまでに、ずいぶん長いときを要したけれど」

 自嘲するように笑い、彼女は立ち上がった。

「でももうやめるわ。そんなものでは、わたしは満たされない。わたしの望むものは、こんなものではないのよ」

 セリーヌの両手が、何かを形作るように、宙を舞った。どこからか、鈴を鳴らすような音が響く。

「まさか……?」

「わたし、これでも高位の術士だったの。あなたの力があればできるわ……つなげることが」

 止まらない鈴の音。急速な脱力感が襲い、悠良は目を開いていることにも苦痛を感じる。

 しかし彼女は見ていた。

 目の前で、見慣れた扉が、少しずつ形を成していくさまを。

「あなたのその文様が、この部屋の花が、少しずつあなたの力を吸い取るの……やがて開くわ、この扉が」

「やめなさい……こんなことをしても、あなたの望むものなんて……!」

 セリーヌは艶やかに笑い、悠良の身体にそっと触れた。それだけで、力を失った身体はベッドの上に倒れ伏す。

「協力してくれるんでしょう。おとなしく寝ていなさい。──いいのよ、たとえ、わたしの望むものが得られなくても」

 何かが変わるのならば。

 セリーヌの顔にぴたりと張りついた笑顔は、いまや泣き顔のようにも見えた。肩を震わせるようにして、しかしひどく落ち着いて、意識の遠のく悠良へと、微笑みかける。

「わたし、狂っているの」



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