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1.臨時議会

フレスコ画で壁一面が装飾されたヴァルプギ宮殿の舞踏会場には、中央にテーブル、テーブルを挟んで左右に肘掛の無い粗雑な椅子が並べられ、座する600人のウィンドリー共和国議員が声を荒げている。世界で唯一、君主ではなく、法律と国民を国権の頂きに置くウィンドリー共和国の臨時議会は、陽が落ち、蝋燭が灯る時刻になっても、終わる気配が無い。


政権与党ブレヒト党の党首ツァール・ヴァルタザールは金色の長い髪を無造作に手でかきあげたあと、テーブルを強く叩いた。


「ですから。800万シリング程度の予算では、南方連隊をカンブリア砂漠に派遣できません。兵に飢え死ねと仰っているのですか」


ヴァルタザールに相対するのは、丸縁のメガネをかけた肥満体の男。リブール党党首のヘンリー・ポッター議員である。


「派兵を見送ればよいと言っているでしょう。セイ・ハバロフスク連合軍が勝手に始めた戦争です。我が国民の血税を化け物退治に費やすことはない」


そうだ、というリブール党議員の声が次々と折り重なり、議会を埋め尽くす。


「異形生物は我々にとって脅威なのです。それは、70年前の第一次世界大戦で陣頭指揮をとった我々ウィンドリー国民が一番良く知っているはず」


「良く知っているからこそ反対しているのです」


ポッターは、目を見開き、ヴァルタザールを食わんとするかのごとく前に乗り出した。


「第一次世界大戦でどれだけのウィンドリー兵が犠牲になり、また、かさむ戦費によって国民が苦しんだか。ウィンドリーだけではない。旧植民地の各国も、総力を挙げ、血肉を削って異形生物と戦った。それで得たものはなんであったか。我々は豊かになったか?否。貧しくなった。貧しくなった我々に代わって、

セイとハバロフスクが大国にのし上がった。我々は指を咥えてその躍進を見ていただけだ。同じ過ちを繰り返してはならない!」


腹の底に響くような喝采。リブール党だけでなく、与党ブレヒト党の議員もが、椅子から立ち上がり、ポッターの言葉に喝采を送っている。


「大戦によって我々が得たもの。それは平和主義という先進的で、崇高で、輝かしい指針です。この指針に反する派兵には断固として反対します」


「カンブリア砂漠の最北、サヴァン平野に足をかけようかという場所に要塞が建設されているのです。一息で我が国の領土にラムダの群れが押し寄せる。平和主義を掲げて迫りくる脅威に目を瞑るなど、愚行と言わざるを得ない」


「先にセイの同盟国トラキアがあるではないですか」


「ポッター議員はトラキアを見捨てろとおっしゃられるか!」


「国政には優先順位があると言っているまでです!」


ポッターは、こめかみに滴る汗をハンカチで拭いながらも、ヴァルタザールから目を離さない。


「先の嵐で被害を受けたユニオン市の再建、疫病保険機構の運営費など、我が国民の生活を保障する予算を拠出するのが政府の役目。それをなおざりにして他国の心配などできません!」


「しかし」


「調査隊の報告によれば前線に陣を敷くラムダの数は5万に過ぎない。トラキア本軍がうってでれば、ウィンドリーが大軍を寄越すまでもない」


「新たな異形生物の戦力が把握できていない今、単純にラムダの数で推測するなど…」


「政府提案の戦時国債発行臨時法案は、我が国の保障を担保するものではなく、膨らむ歳出の他政策への影響を鑑みれば、悪法と云わざるを得ません。よってリブール党は全員一致でこの法案に反対致します!以上!」


再び、議会が喝采に包まれた。テーブル奥の椅子に鎮座する議長が両党首に着席を命じると、ヴァルタザールは右翼、ポッターは左翼の席へと戻った。ヴァルタザールは、眉をひそめながら、両手を胸の前で組み、震える拳を握り締めた。


「首相」


隣に座るウィンドリー国軍元帥ジェームズ・フォン・ウィンドリーが肩にそっと手を置き、微かな声でヴァルタザールに耳打ちした。


「予算調達は諦めましょう」


「ジェームズ」


「ポッター議員が言う通り、兵数だけを見れば我々が大軍を寄越すまでもない。トラキア軍とセイの援軍でなんとかなるでしょう」


「今回の派兵は見送ると」


「そうではありません。知性を持った新たな異形生物…」


「"オブジェクト"ですか」


「ゲートの防壁を破壊したのもオブジェクトによるものだとの調査結果が。奴らの生態を把握するために、我が国も限定的に派兵する。第一大隊を行かせます」


「…ではウィンドリー少佐の」


「行くと言って聞かんのですよ。無論反対はしましたが、無駄でした」


ウィンドリー元帥は、険しい顔で口角を上げた。


「わが軍で一隊だけを派兵するとして、皆が納得する精鋭部隊は"血の女王"が率いる第一大隊の他にありません。彼女の父親としては、なんとも言えませんが」


「また英雄に頼ることになりますか…。ウィンドリー少佐はセントソクラテス市に戻っていたのでは」


「カンブリア軍の進軍を聞いて、即刻、列車でユニオン市へ向かいました。全く、たまの休みだというのに」


ヴァルタザールは後ろに振り返り、背後に掲げられた女王マリア一世の肖像画を一瞥した。


「共和制という制度を否定するわけではありませんが、有事の際に、之ほど歯がゆい仕組みはありませんね」


「首相。大戦からの復興は共和制あってのもの。非効率であること、政府の意思を否定する意見が尊重されること。これらはウィンドリーの美点であって汚点ではない」


「…ええ、わかっています」


中央のテーブルには、ヴァルタザールに代わって政府の財務大臣が立ち、臨時国債償還までの歳出入のプランを話し始めた…。

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